ベッドに横たわっている男は、やつれて

眼の回りが黒ずんでいたが

呼吸は静かで、穏やかに眠っている。

「眠剤も投薬されてるので... 」ってことだが。


ただ、枕元に何かいる。

左眼 塞いで、右眼だけで見ると

猫又の露くらいの大きさの 真っ黒い何かだ。


猫のように丸まって、男と 一緒になって寝ている。形は人に近いが、細い腕や脚。無毛。

腹がポコンと出ていて、頭の両脇から

三角に尖った薄っぺらい耳が出ている。

極めつけは、背中にある蝙蝠みたいな翼と

先が鉤になった尾。ボティスもルカも無言だ。


「... ガーゴイル?」と、勇気を出して

口に出してみると

「インプだ」と、ボティスが

ため息混じりに答えた。


「えっ? そんなのいるんだ」と ルカが言うけど

琉地は?って ちょっと思う。榊とか山神もさ。

下手するとハティとかも。

いやオレも、人のこと言えない立場だけど。

でも実際 見るには、インプはファンタジー過ぎた。


ルカが地の精霊に拘束させようとしたが

ボティスが そいつを、むんずと掴んだ。

そいつは でかい眼を開けキーキー言うが

オレらの後ろにいる依頼人には見えていない。


「お前のぬしを出せ」


ボティスが命じると、強膜のない琥珀色の眼で

オレらの方も見て、またキーキー言った。


寝ていた男が瞼を開く。鮮やかな黄緑色の眼だ。

オレの後ろから覗いていた依頼人が息を飲む。


「拘束。中身もだ」


ボティスの指示に従って、ルカが

地の精に 男の身体を拘束させ

琉地も呼んで、煙の形で男の口に潜り込ませると

憑依した何かも内から拘束した。


「何か分かるか?」と ボティスがオレらに聞く。

「こいつは使い魔だ」と、キーキー言うヤツを

顎で示して。


「あっ! 魔女契約?」


ルカが答えるのに ボティスが頷く。


「ハティ、幽体で。プレゼントだ」と

姿を見えなくしたハティを呼び

キーキー言うヤツを見せると

ハティは『ほう、インプか』と

ちょっと嬉しそうに受け取って消えた。

地界の城で飼うらしい。

蜘蛛女の頭も飼ってるしな。


「さて、どう契約解除する?

ジェイドはいない。お前等でやってみろ」


ええ...  普通は、祓魔が聖母に祈るんだよな?


どうする? って、ルカと眼を合わせる。

背に差したピストルを持ってみたけど

やっぱり死神は来ない。


「ゾ... 」

「無しだ」


ゾイも無しか...


拘束されている男は、黄緑の眼に警戒の色を浮かべて、じっとボティスを見ている。


ボティスが眼を向けると

『まさか、オティウス か?』と

焦ったように聞いた。


オティウス?


ボティスはベッドの隣に しゃがみ

男と眼を合わせた。


「そうだ。よく知ってるじゃあないか。

俺は お前を知らんが、どうやら実際にドイツ住みの悪魔が来たらしい」


男が読んだ解説書は

ドイツのグリモワールの解説書だったようだ。


同じ悪魔でも、グリモワールによって

記載名が違ったりすることがあるみたいで

男が読んだ物には、ボティスは “オティウス” 。

ツノは三本、軍は 36になっているらしい。


『すぐに退く。契約も解除する。

拘束を解いてくれ。揉める気はない』


えー、焦ってんな...


『退屈だっただけだ。上級の者を召喚したい というから、魔女契約した。まだ術も教えていない』


「だが 釘は吐かせた、と?」


ボティスが確認すると、ますます焦る。


『からかっただけだ。

“俺が憑依しただけで お前はこうなる” と。

上級の者など喚べば... 』


「お前にも喚べんだろ。契約の贄は何だ?」


喚べんだろ、と言われて

うっ と口を閉じたが

『贄は、こいつ自身だ』と言う。

『10年後に魂』


「ふん、そうか。本人の魂では 魔女契約は結べんはずだが。元々 魂狙いだったようだな。

ルカ、筆で こいつの印章を出せ。

泰河が浄化しろ。まだ試したことないだろ?」


ルカが天の筆で 男の額をなぞると

焦げ臭い匂いと煙を上げながら

二重円の間に文字が出て、中には記号のような

模様が出た。


「Bauer、“農夫” だ。チェスのポーン。

そうだろうな」


白い焔が浮き出した手を向けると

『待ってくれ!』と、男が叫んだ。


『それは何だ?! 何をする気だ?!』


「さあな。どうなるかは解らん。

推測上では 何もならんか、地界に送るか塵になるか、の どれかだ。今 お前で試す」


『やめてくれ、頼む!』


黄緑眼の悪魔は、拘束されたまま憑依を解き

透明な幽体で男の前に転がったが

すぐに実体を伴った。

さっきのインプみたいな耳した男だ。黄緑の眼。

額には印章が浮いている。


実体を伴う場合は、右手は作用しない。

ルカが 地の精霊を放して、眠っている男の拘束は解いたが、琉地はまだ悪魔から退かせない。


どうする? って、ボティス見たら

「いや、こいつは懲りんタイプだ。

まだ魔女契約も解いてないだろ? やれ」と

言う。


「すぐに解く! ただ、契約書が手元に... 」


ボティスが、自分の胸に手を宛て

「Ave Maria, gratia plena,

Dominus tecum,

benedicta tu in mulieribus,... 」と

たぶんラテン語で何か詠唱し出した。


「聖母への祈祷... ?」と、黄緑眼の耳悪魔は

口を開けている。

アヴェ マリアのようで、魔女契約解除する気だ。

ボティスがまだ悪魔だと思っているから

そりゃ唖然とするだろう。


悪魔の胸元で 何かが燃えた。

胸をはたいているが、契約書らしい。

オレもルカも、手元にあるじゃねぇか って眼になる。呆れた。下級っていうか低俗悪魔だ。


「そうだ。俺は最近、人間に昇格した。

いや、堕ちた か」と

ボティスは着ているベージュのシャツを

首の下まで上げた。

胸のクロスには、ミカエルの加護がある。


悪魔はもう、言葉も出せずに震えているが

「心配するな。お前ごときのために

ミカエルは呼ばん。アコ、幽体で」と

地界の軍の副官、アコを呼んだ。


「狭いな」と、まんまアコが出現した。

姿を消すのは忘れたらしい。

ハーフアップにした黒髪に黒いスーツ。

ボティスが軽く ため息をつく。

忽然と顕れたことを、ルカが依頼人に

「すみません、また増えて」と 謝っている。


「泰河」と、ボティスが悪魔を顎で示すので

天の筆が出した 額の印章に、右の指で触れる。

しゅう という音を立て、印章が消えたが

悪魔の見た目には 特に変化はない。


「アコ、こいつを観察しとけ」と

悪魔に黒い鎖を巻かせると、ルカに琉地を出させ

「牢でもてなしてやれ。観察後は好きにしろ」と

アコに悪魔を連れて行かせた。


「えーっと、悪魔でしたね。魔女契約してたみたいですが、契約解除して祓えたと思います。

料金は、如月の方に お願いします。

また何かありましたら... 」と、ルカが挨拶したが

「あの、その方は... ?」と

依頼人が ボティスに興味を持ってしまった。

ボティス 一人で解決したもんな...


「エクソシストです!」と すかさずオレが言うと

ボティスが「俺が祓魔だと?」とケラケラ笑うが

もう、今後は これでいく。


ボティス自身も気に入ったらしく

「そう、バテレンというやつだ。

そいつには “二度とやるな” と 言っておけ」と、寝っぱなしだったベッドの依頼人の弟を指を差した。


「伴天連って、今時 誰も言わねぇよ」

「そ。もう行きましょう、ルチーニ神父」


解決した割りに、腑に落ちない顔をされながら

とりあえずボティスにスニーカー履かせて

「では失礼します」って、依頼人の部屋を出た。



バスに乗ったら「珈琲。珈琲屋の」って言われて

カフェの前に停車して、ルカが買いに行く。


オレが沙耶ちゃんに、仕事完了の連絡してたら

「今回は... 」と、ボティスが

ハンドルに置いてる方の オレの指の指輪を見出したから、通話 終えて

「いやこれは待て!」って 焦って振り向くと

「じゃあ、今日ジェイドが着てたやつにするか」と言うので、胸を撫で下ろす。あぶねぇ...


ジェイドが着てたのは、確か 春に買ったロングカーディガンだ。黒で、前が軽くドレープっぽいやつ。きれい目なとこの。

だいぶ探して、やっと残ってたとこから買ってたし、簡単には渡さん気はするが、指輪は護れた。


ルカが戻って来て、オレらにコーヒー渡しながら

「どーするう? どっか行く?

けど 置いてくと、あいつら うるさいよなぁ」とか言う。騒がしいのは おまえが 一番だけどさ。


でも確かに、ボティス混ぜて出掛けると

朋樹もジェイドも うるさくなる。

オレとルカだけじゃ何も言わねぇし、むしろ

『おまえら出て来たら?』って言う時あるのに。


「カーディガン」って ボティスも言うし

「じゃ、一回 教会に戻るかぁ」ってなって

バス出してたら、スマホが鳴った。


仕事、多いな と 思ったが、着信はジェイドだ。

オレは運転中なので、ルカが出る。


「え? ... うん、マジか。じゃあ今から行くし。

山 越えたら、また電話するしさぁ」


山越え?


通話が終わったルカに聞くと、朋樹とジェイドは

一の山の向こう側にいるらしかった。

面倒な呪詛っぽいが、オレが右手で解除出来る類いなので、今から来い という。


「遠いから まだ仕事 終わってなかったのか」


「ま、それもあるけど

今さぁ、朋樹に 依頼人の呪詛 移してるみたいだぜ。長く掛かったままだとヤバいやつっぽい」


「えっ、じゃあ それたぶん

呪詛 移し終わるのに、朝まで掛かるぜ」


「うわ、マジで?!」


人形ひとがたに移せないなら、結構キツいやつだ。

すぐに依頼人から自分に移す必要があったんだろうけど、手で解除して構わないんなら

こないだの海みたいに、厄介なやつではない ってことだろう。


「ホテル取れよ。俺はバスでは寝らん」


ボティスが言うと、ルカも

「じゃあ、オレもー」とか言う。

オレも、呪詛 移し終わるまでは ホテルで寝たいところだが、たぶん朋樹が文句言うだろうな...


「ジェイドも連れて行く。話があるからな」


「はっ? なんで? 朋樹とオレだけ仕事かよ?」


一の山の山道走りながら、車内ミラー越しに

ボティスのゴールドの眼を見ると

「新しい暇潰しを思い付いた」とか言った。


「なんだよ、ジェイドだけってさ!」

「オレら省くのかよ?! 妬くぜ そんなの!」


ルカが また振り返ると、うるせぇなって眼だ。


「お前等と逆のことをやるだけだ」


「えっ? なになに?!」

「逆って、祓いと逆ってことか?

呪詛掛けなら朋樹も出来るぜ。やらねぇけどさ」


「そんなもん、個人で勝手にやればいいだろ」


じゃあ何だよ? すげぇ気になるじゃねぇか...


「もう、教えろよー!」と、ルカが騒ぐと

ボティスは ニヤッと笑って

「地上の者と地界の者のニーズに応える。

パイプ役だ。“召喚屋”」と 答えた。




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