召喚屋... ?


「えっ、悪魔召喚ってことー?」


「そうだ。さっき絵本読んで 召喚しようとしてた奴がいただろ? クズに憑かれて終わっていたが。

だが俺が召喚すれば、確実に喚ぼうとする者が降りる」


それ、召喚ていうか、呼びつけるんじゃねぇか...

こいつ “ボティス” だし、地界の地位も軍も健在で

今はミカエルの加護があるしさ...


「で、なんで ジェイドがいるんだよ?」


「ゴネたら祓わせる。ゾイでも構わん」


ひでぇ...


「悪魔召喚したい程の奴等の 願望のリサーチも出来るだろ? 生命系やくだらんモノは却下するが。

地上にいながら、地界の奴等に契約相手を売って

そいつらに “貸し” も出来る。

司令クラスの連中の 横の繋がりの強化もな」


ああ、なるほど...


「えー、オレもやるし!」


オレが言う前に ルカが言うと

「お前等、何も出来んだろ」とか 返って来た。


「いや、召喚したい人間の方の相手するしさ!」

「そ! 召喚円も描くし!

省いたら もうセロリ漬けねーからなー!」


「なあなあ」ってゴネる ルカとオレに

「わかったわかった」と うるさそうに答えて

「飲み物。先の自販で停めろ」と

少し先にある自販だけが並ぶ駐車場を指定するし

もう、すぐに駐車場に入れて停める。


買ってこい って言うかと思ったら

めずらしく ボティスも車を降りた。


「ちょっとー、おまえさぁ

マジで オレら使うんだろうな?」

「依頼人の人間相手に喋るなら、おまえより

オレらの方がさ... 」


「わかった って言ってるだろ」


ボティスは 面倒くさそうに

「と なると、朋樹にも話さんと

あいつも うるさくなる」と

ジーパンから小銭 出して、自販機に入れている。


出てきたコーヒーを取ると、釣りは取らずに

オレらに「買え」って 自販機を指差した。

五百円玉を入れたようだ。


こういうのも最近よくある。

仕事の外飯代とかガソリン代は、ハティ板 一枚で

まだ全然 足りてんのに、外飯ん時に『払え』って

マネークリップごと渡して来たりする。

服とか買わせるくせに、面倒見いいんだよな。


「サンキューな」って ルカとコーヒー買って

缶 開けてたら、ボティスはバスの方見て

「おい... 」と オレらを呼んだ。


ボティスの視線の方向を見ると

バスの隣に、真っ白な男が立っていた。



「は?」

「なんだ、あいつ」


男は全身 髪まで真っ白で、素っ裸だ。

その真っ白な髪が逆立って 揺らめいている。


眼が合った。虹彩も真っ白なのに。


男が足を 一歩 踏み出すと、身体が変異し出す。

肩幅が狭くなり、頬や腰が丸みを帯びると

腕や脚が細くなる。

真っ白い男は、同じ色で 女に変異した。


この女、見たことある...


「矢上 妙子」と、ボティスが言う。


そうだ... 海で見た。オレらに呪詛掛けして

悪魔のゾイの蠱物まじものになったヤツだ。


女は別の女に変異し、また男になり 女になり

体高を沈ませると、狼になり 狐になり...


これ...  


獣だ 白い焔の


「泰... 」


白い獣は、馬や虎、鰐、蛇、鳥... と

目まぐるしく姿を変えながら、俺に歩み寄る。


身体が 動かない。動かし方を忘れたみたいに。

ルカもボティスも ただ立ったままだ。

「ハティ」と ボティスが呼ぶ。


獣は、細い四本の脚を持った

首の長い、犬でも馬でもない 美しい何かになり

たてがみと尾、ひずめの周りにも 白い焔をくゆらせる。

首に空いた 浅くくらい穴。


もう あと三歩、というところで

助走もなくアスファルトを蹴ると

オレの背後に跳んだ。




********




ハティが顕れたのは、獣が消えてからだった。


「現れただけか?」


「そうだ。泰河の背の影に消えた。

声は出たが、まったく動けなかった」


ハティは、ボティスの呼ぶ声が届いて

すぐに動いたらしい。

それなら、まだ獣がいる内に顕れたはずだ。


「オレさぁ、コドモの時に 一回 見てるんだけど

人にはならなかったぜ」


ルカが言うには、今 オレらが見たように

白い焔の獣になる前に、いろいろな動物にはなったらしい。だが、人の形にはならなかったようだ。オレもガキの頃に見ているはすだが

やっぱり覚えていない。


「最初は、男の形で出た。

気になるのは その後だ。海で見た女になった」


矢上 妙子。魔人だったヤツだ。


けど 海で、月夜見が魂を解放して

幽世へ入ったのを、オレたちも見ている。


蠱物マジモノの方は、お前が祓ったな」と

ボティスがオレに言う。


そうだ。人形ひとがたじゃないボティスが来て

『祓え』と言われて、冷たい額に手を置いた。


「でも、他のヤツは... 」


ルカが誰に聞くでもなく言うと、ハティが

「推測に過ぎんが、泰河の右手により

祓った者等というおそれはある」と 言った。


祓ったって、人に憑依したヤツを

ルカが天の筆で出したりした後とかか...


いや、最初の男は?

髪が 獣と同じ、白い焔に見えた。


「どうやら、血が混ざっているだけでなく

獣と泰河には、繋がりのようなものがあるようだ。今まで祓った者に変異したのであれば

情報を共有している ということだ」


「えっ? 泰河が食って、獣の血が混ざったみたいに、向こうにも泰河の何かが混ざってるってこと?」


「おそらく。まあ、混ざっているというか

さっきも言ったように 繋がりだろうがな。

泰河の姿には変異しなかっただろ?

混ざっていれば、泰河になってもおかしくない」


ボティスとルカの話を聞いて、ハティが

「また獣は、不要な者には姿も見せぬとみえる」と言う。


「我は、ボティスに呼ばれるまで 地界にいた。

呼ばれてすぐに出向いたが、時間に誤差が生じている。これは、ボティスの声が我に届くことを遅らせたか、界の繋ぎにズレを生じさせた、ということが考えられる」


もう この辺りから、オレとルカには

ハティの言っていることは よくわからないが

ボティスは

「地上側において、と いうことだろう?

あれ地上ここの万物や現象から成ったものと考えている。

地界や他界、天には作用しない」と

答えている。


「だが、その場合であっても

地上こちら側からの意思を遮断したということだ。

別界にあってもそうであるなら、同じ地上にあるならば、より容易たやすく為せることだろう」




********




ハティが地界に戻ると、オレらも 一の山を越えた。

そのまま山にいても、今すぐ また獣が現れることはないだろう。


ジェイドに電話して、依頼主の住所を聞いて向かうと、オレや朋樹の実家とは 離れた場所だった。

越えて来たのは 一の山だが、ほとんど 二の山の裏だ。


着いた家は 結構 大きく、外塀には マンションに付いてるような鉄柵のシャッター付きだ。

インターフォンを押すと、自動で それが開く。


バスごと乗り入れて、玄関前の朋樹の車の隣に

バスを停め、また玄関のインターフォンを押した。


出て来たのは、50代くらいの おっさんで

緊張が見てとれたが、先にジェイドを見ているせいか、ボティスに ギョッとはしていない。


簡単に挨拶すると「どうぞ」と通され

なかに上がり、廊下で左右に別れた部屋の右奥に通された。


家具の少なさから、客間だろうと思う。

家の造りの感じ的に、廊下の左側がリビングや

ダイニングで、二階が寝室や私室だろうな。

オレの実家もこういう造りだ。いや、もっと狭いけどさ。


通された八畳くらいの部屋には、部屋の真ん中のテーブル脇にジェイドが座っていて

朋樹は、テーブルから少し離れて

こっちに背を向けていた。

もう、窓を開ければ 充分に涼しいが、季節外れに

エアコンから冷風が吹き出している。


テーブルの上には、ジェイドに出されたコーヒーカップと、ストローが刺してある水のペットボトルが二本。

テーブルのジェイドの向かいには、50代くらいの女の人。

今 玄関を開けて、この部屋に案内してくれた人の奥さんだろう。


その人が立って、また挨拶し

「飲み物をお持ちしますので」と

部屋を出ると、おっさんの方に

「どうぞ」と 座布団を出されて座る。


朋樹は、高校生くらいの女の子を

後ろから抱いて座っていた。


陰陽の術のひとつで、このまま 一晩 過ごして

自分に呪詛を移すものがある。

これをするのは、もう呪詛返しも出来ず

人形ひとがたにも呪詛を移せず、呪詛が掛かった人への影響を考えると、そのまま解除も出来ない時。

高名な陰陽師、安倍晴明も行った術だ。

これを開始すると、途中でやめることは出来ない。


つまり、呪詛が掛かってるのは

今 朋樹に背中から抱かれている女の子ってことになる。この家の 一人娘らしい。


「依頼内容を説明するよ」と言うジェイドに

呪詛の概要を聞くと、この家の神棚の神札とは別に置いてあった木箱を、娘さんが興味本意で開けてしまい、言葉が出なくなった と。


病院へ行っても原因不明。

そのうち 一日に何度も気を失うようになり

起きると、立てた人差し指で 空中に何かを書く。

ペンを持たせて紙に書かせてみると

支離滅裂な文の中に、何度か同じ名前が出てきた。

調べると、五代前の家主の名で

娘さんが開けたのは、その人が掛けられた呪詛を封じた箱のようだ。


「ふうん。じゃあ、呪箱?」


依頼主のおっさんも 一緒にいるのに

つい いつもの調子でルカが聞く。


「いや、呪箱は呪物だ。

海の蠱物箱や 魔女の呪い袋などは、この呪物だが、これは “念” ってやつを封じたものだろ。

どちらも総称すれば 呪箱と呼べんこともないが

これは、呪うために作ったんじゃあない。

呪詛を封じるためだ」


朋樹じゃなく、ボティスが答えた。

オレより全然 詳しくなってるぜ。


封じた呪詛は、言葉を発せなくなるだけでなく

言葉の意味も忘れさせていくもののようだ。

支離滅裂な文を書く、というから

もう その辺りまではきている。すぐに呪詛は移した方がいい。


言葉の意味を喪失、つまり情報を喪うと

気が触れ出してしまう。

わからないもの、知らないものに囲まれる恐怖心で。


封箱を神棚に収め、神力頼りにして念を抑えていたようだが、たぶん これを勧めたのは、呪詛をよく知らないヤツだ。封じたヤツとは別だろう。

神に穢れを奉納しているようなもんだし

念が神力を得る場合もある。


朋樹がオレらを呼んだのは、呪詛を自分に移して

万が一 朋樹が呪詛に掛かり、言葉が出なくなると

祓いが出来なくなるからだ。

自分に掛かった呪詛は、自分で祓えないものもある。

今までは こういう呪詛の場合、呪詛を移すと

朋樹を 朋樹の実家の神社に連れて帰り

おじさんか透樹くんが、伊弉諾尊いざなぎのみことを降ろして

祓い清めていた。


紅蟲の時のように、亡くなった人に掛かった呪詛じゃないから、今回は 移し終わりさえすれば

ルカが筆で呪いを表面化して、オレの右手で

呪詛解除が出来る。


憑依系の依頼も多いけど、呪詛系も多いんだよな。あとは、実害はあったりなかったりだけど

“何か出る” ってやつとか、依頼主が自ら呼んだ何かの後始末。


「大丈夫? 暑くない?」


ルカが、朋樹に抱っこされたに聞くと

その娘の眼がルカに向く。

朋樹は黙って、時々小声で 自分に呪詛を移す呪を唱えている。


ジェイドが 水のペットボトル二本を両手に持って来て、女の子と朋樹に 一口ずつ飲ませた。


テーブルから、自分の娘とオレらを見る おっさんの眼は、まだ解決していないのに

最初より少し安堵したように見える。

コーヒーを持ってきてくれた おばさんも。

こういうことがわかるヤツが増えただけでも

心強いようだ。

自分の娘が、知らんヤツに 一晩 背中抱かれるとか

心中は穏やかじゃないだろうけどな...


「お食事を用意しますね。娘をお願いします」と、また おばさんが部屋を出て行くと

「休まれるように、隣の部屋を片付けて

布団 運んでおきますね」と、おっさんも出て行った。


「休まれる?」


オレが言うと、ジェイドが

「たぶん ご両親は、お前たちにも居て欲しいんだと思う。

僕らが ここに着いた時は、彼女は気を失ってたんだけど、ご両親も 二人とも取り乱していたからね。

朋樹が彼女を視る間に、僕が話して落ち着かせて、さっき ようやく呪詛の転移を始めたとこだ。

僕にも “朝は和食でも大丈夫ですか?” と

気を使われていた。暗に、朝まで居てくれってことを言っていると思う」と、説明した。

ジェイドが、自分は神父だ と名刺を出したので

余計に安心したらしい。


「そっかぁ。うん、不安だよなー。

じゃあ朝まで居ようぜ。な、ボティス」


自分に同じくらいの歳の妹がいるせいか

ルカは、女の子が心配になってきたみたいだ。

ボティスも別に構わないようなので

どっちにしろ朝までいる班だったオレも

ちょっとホッとする。

だってオレ、召喚屋 省かれるのイヤだしさ。


テーブルに置かれたコーヒーを飲みながら

なんとなく、ボティスがピアス弾いてるとこ見てたら

「隣の部屋も使われて、寛がれてください」って、おっさんが戻ってきたけど

言葉を無くしたルカとジェイドが、おっさんを凝視して、ボティスも振り向く。


おっさんの後ろには

髪の無い、真っ赤な女がいた。














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