泰河は、ゴールドのインゴットも

倍ずつ増やしていった。今は 8本。

この36倍なら 約13億。

支払ったら、店は潰れるんじゃないか? と思う。


ディーラーの口の端がピクピクするけど

手が震えないのは、さすがだ。


もし、8の目が出たら?

オレら、事故死とかするんじゃね?


喉が鳴りそうになるのを、受け取ったシャンパン飲んで 誤魔化す。


いつの間にか、ジェイドと朋樹も近くまで来ている。和服のじいちゃんと警護のヤツも。


盤が回る。出たのは赤32。


泰河が、インゴットを淡々と重ねて積む。

黒8に。ディーラーを見る。


ディーラーは額を汗ばませて、和服のじいちゃんに 眼をやったけど、じいちゃんは ただ立っている。


ディーラーの手は、盤に伸びない。

泰河は “どうした?” って眼だ。


シェムハザが、何か呪文を唱えると

オレらだけに声が聞こえ出した。

“お腹が空いた” だとか “お金があれば” だとか

困っている人たちの声だ。


『わかっているな、泰河。

それは積木じゃない。ハティの契約書だ』と

シェムハザが広げた手に皮紙を出して掴んだ。


『期限は5年。獣ごとハティが身に取り入れる』


詰め出しやがった。

嘘だとしても、もし オレが泰河の状況なら

精神 持たねーだろうと思う。


泰河が シャンパンを飲み干し

「勝ちてぇ」と呟いた。

ディーラーが 泰河を見る。


見てるよな? ボティス。

イヤって程 注目 浴びてる大勝負だ。


盤が回り、玉のスロットの数字は、黒17。


「次は倍に出来ん。これで最後だ」と

泰河がインゴットを積む。

積み終えると、またディーラーを見る。


リンちゃんが、オレのスーツの袖を掴んだ。

「... あのね、思い出した気が する」と。


「こういう時に、お願いするのは... 」


シェムハザが、オレと泰河の背後から退いて

白い召喚円を敷いた。姿を顕し

泰河の向こう側に 防護円を敷いて立つ。

ルーレットの周りにいる人の視線が

シェムハザに集中する。


ジェイドが召喚を始める間に、盤が回る。


「Domine, obsero, ne nos

Praeditus sapientia et prudentia: ... 」


ディーラーが 泰河の眼を見て、玉を投げた。


「... lta ut posset ducere populum

Sub nomine Domini Hic nunc usque get,... 」

「... “バラキエル”」


リンちゃんが、召喚の名を言うと

隣から、オレの肩に腕が掛けられた。

泰河の肩にも。  降りやがった...


『よう。いい負けっぷりだ』


白い召喚円の上、オレと泰河の間に立ったのは

耳にピアスが並ぶ、イカサマ天使だ。

くそ。オレ また泣きそうだし


『気に入った。加護を与えてやる』


盤の回転が緩やかになる。

玉のスロットの数字は、黒8だ。


周囲から喝采が上がり、ディーラーが愕然とする。和服のじいちゃんの眼が、泰河に向いた。


『どうする、泰河』と、つりあがった眼で

積まれたインゴットを示す。

『俺は今、天使だ。気に入らせてみろ』


「... 勝ち分は、ここの開店祝いだ。

半分は、どこかに寄付してほしい」と

泰河が じいちゃんに言うと

『良し。なかなかだ』と、ボティスが笑った。




********




「おまえ、なんだよ そのカッコ!」


休憩スペースの隅に、また召喚円を敷いて

ボティスを移動させた。


ボティスは、天衣なんか着てやがった。

おもしれーし!


腕 組んだボティスは

『うるせぇな。だから服 買っとけ って言ってるだろ?』と、つり上がった眼でオレを睨む。

眼の色はゴールドになってた。


青い防護円の中で、シェムハザが

「そうだ。お前は もちろん “バラキエル” だ」と

笑ってシャンパンを飲む。

「まったく “らしい”。何故 忘れていたかと思う」


バラキエル。

守護天使たちの首領。雷を操る。

何故か 熾天使にも顔が利き、熾天使の長の 一人として 名前が挙げられる書もある。


ただ、博打の守護天使でもあるから

ギャンブルやるヤツは、こいつに祈る。

堕天使としての記述も多い。


「すごく納得した。それ以外はないな」と

ジェイドが頷く。


「まだ戻れないのか?」と、朋樹が聞く。

朋樹は、ボティスが降りた時に

“ごめん。もう自分の店に戻って” と

見もせずに、さっさと女の子たちを帰した。


『まだだ。仕事がある。お前も働いとけ』


泰河は、魂 抜けたような顔して

椅子に座って、ぼんやりボティスを見てる。


「... オレら、おまえに会いたくてさ」と

涙ぐむと

『ダンスは気に入ったか?』って ニヤッと笑う。

一気に涙は引っ込んだらしい。


「オレ、なんで ベートーベンじゃねぇんだよ?」

「オレ 学校の七不思議ですらねーじゃん!」


『お前等の仕掛けは、適当に敷いた。

面倒臭くなったから。

天から 術 行使すんのは、いろいろ大変だからな』


うわ むかつくう。


「僕のは何だ?」


『お前に似てただろ?

本には、名言ってやつがある。読め』


「おまえ、榊には... 」と、泰河が聞くと

『まだ会わん』とか言う。


「またそんなかよ!」って オレが言うと

『触れられん』って 答えた。

『あいつがいる時に召喚しても、俺は応じん。

それにだ。俺は賭場にしか降りん』


もうさぁ、なんて天使なんだよ。おまえは。


「帰る時は “開く” のか?」と シェムハザが聞く。


『そうだ。方法は それしかない。

俺は管理されているしな。

この姿で降りる。うまく頼むぜ』


諦めたような顔で、“了解” というように

シェムハザがシャンパンのグラスを軽く挙げると

『合図は お前に出す』と

ボティスはゴールドの眼を ジェイドに向けて

胸の天衣を引き、クロスのタトゥを見せる。


『お前も十字架ロザリオ 持っとけよ』と、オレを見ると

『またな』って、片手 上げて 消えた。




********




「博打の天使 ってなんだよ」

「いるんだな、そんなヤツ」


朋樹と泰河が、おもしれーって顔で言う。


「賭け事の歴史も長いからね。

実際は、熾天使に顔が利く天使で

守護天使たちのトップだ。

賭けの方は、おもしろがって兼任したんだろう」


熾天使っていうのは、天使の階級の最高位。

なんで顔が利くのか 不思議でならんよなー。

“俺はモテるからな” って理由なんだろーけどー。


守護天使っていうのは、人間 一人につき

一人ついて、守護する天使のこと。

まあ 平たく言えば、半分 見張りらしいけど。

バラキエルは、その天使らを束ねる。

あいつ、面倒見いいもんなぁ。


そして博打の守護。俗な天使だぜー。

これが 一番ボティスっぽい。


地界のハティに報告に行ってたシェムハザが

ハティと 一緒に戻ってきた。


「よくやった!」と、ハティが泰河を誉める。

泰河、照れてやがるけど

すげぇ嬉しそうだし。


「そう。見事なハッタリだった」って

シェムハザも頷くけど、誉め言葉なのかよ?

けどオレも、マジですげぇと思った。

泰河、肝 据わってやがるよなー。


「契約は破棄する」と、ハティが

四枚の皮紙に息 吹いて、粉にすると

それを窓から飛ばす。


「えっ? 契約って マジだったの?」


「期限は 50年だったが」


ええー...  署名もしてねーのに...


「ふざけるな。悪魔と契約などすれば

僕は、祓魔と見なされなくなる」


ジェイド怒ってるけど

「サンダルフォンが権利の剥奪はさせんだろう」とか返されてるし。


「失われたバラキエルの名を

取り戻した功績は大きい」と、ハティは

テーブルの上のグラスとワインボトルを

きんに変えた。

「残りのインゴットも好きに使え」


悪魔って、羽振りいいよなぁ。好きだぜー。

その代わり オレら、弟子みたいに教育されるし

ワイン係だけどさぁ。

また新しいワインとグラスを用意する。


「その、バラキエルの名を思い出した娘だが... 」


そう。オレらじゃなくて

ショーパブのリンちゃんなんだよな。

名前、本名じゃないだろうけどさぁ。


「地上に上がった悪魔か、使命を持って降りた

天使ということも考えられる。注視しておけ」


注視 って言われても、もう行かねーしなぁ。

あーいうとこって、別に 何回も行こうとは思わねーんだよな。まだ はしゃいではないけどー。


行くとしたら、カジノの方だ。

ボティス召喚しに。

オレらは 店を出る時に、和服のじいちゃんから

直々に 会員カードをもらった。プラチナの。


今日は、出資者の家族として無料で店に入ったけど、普通なら両方共 店に入るだけで

一人五千円いるらしい。

カード提示すれば、ショーパブの方は出入りも

飲食も無料。

きんを賭けないのであれば』カジノにも

好きに出入りして遊んでくれって。


だから、フラーっとカジノに入って

召喚だけして帰って来れる。


「じゃ、シェムハザが たまに見に行ってくれよ」

「オレらもイカサマ天使 召喚しに行く時は

その子も見てみるけどさぁ」


まぁ、見たって何もわかんねーけど。

話したら何か出てくんのかな?


「まあ、行かんこともないが」


シェムハザも ちょっと面倒メンドくさそうだ。


「だが、ボティスを召喚する時は

必ず俺も呼べ」


シェムハザ、ボティス好きだよなー。


「それで、“開く” と?」


朋樹にワイン注がせながら

ハティが シェムハザに聞く。


「そうだ。それ以外に方法はない、と。

天での役割を終えてからになるだろうが... 」


「サンダルフォンの元からか... 」


二人とも、むずかしそうな顔だ。


「その、開くって何なんだよ?」って聞くと

「天のゲートだ」っていう簡単な答えだし。


「その時は、お前達も協力することとなる」


「何なんだか わかんねーよ」


「そう。状況次第となるのだ。

こちらも今は、何とも言えん」


余計わかんねー。“そう” じゃねーし。


「だが、ボティスが戻るのであれば 何でもしろ。こちらが ある程度の仕度をする。

一度 地界へ戻るが、何かあれば呼べ」と

ハティが消えた。ハティもボティスきだ。


そりゃ、何でもするけどさぁ...

なんかこう、そうやって難しい顔されると

ちょっと不安になるよなー。


「さて。俺は 毎夜 来るが」と

シェムハザもソファーを立ち

「泰河、本当に良くやった」と

もう一度 誉めて、自分の城へ戻って行った。

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