鴉天狗 4


ボティスが 小瓶を出して 息を吹き

地に 青白の魔法円を描いた。


儂に「入れ」と

つり上がった赤き眼を鋭くするので

一応 ベンチは立ったが、近付く この気配は

充分に覚えのあるものであった。


「のう、ボティス... 」

「黙れ」


ぬぅ。ちぃとムッとする。

泰河等とおる時も、何やら雰囲気は違うが

有事の際は高圧的になるようじゃ。


「俺は、円に入れ と言った」


仕方あるまい、と 円に入ると

周囲に円の文字が浮く。


「相手次第では軍を呼ぶ。まずは使い魔だ」と

また瓶に息を吹き、新たな円も描いておるが


「儂の見知った者の気配じゃ」と、言うと

“何?” という顔を 儂に向けた。


「この気配の主が か?」


ふむ、と 頷いておると

紺の絣の甚平を着たわらし

たた と公園に走り込んで来た。


ボティスの眼が 童に向く。


童は まっすぐに滑り台に向かい

「ハハハ。ひなたは、すばしっこいのう」と

気配の主も姿を現した。


身の丈七尺。長く赤き髪を うねらせ

頭には、ボティスの如き 二本のつの

衣類は、緋と白の市松模様地に

金の毘沙門亀甲と獅子巴紋様が入った

華美な能装束のような狩衣。酒呑童子しゅてんどうじじゃ。


「うん?」


酒呑の方も、ボティスに気付き

頭の角に眼を止める。

しゅ しゅ と 華美な狩衣を擦らす音を立て

近付いて来た。


腕を伸ばせば届こうか という距離に

向き合うて立ち

互いを “何だ これは” という眼差しで

見つめておる。


ふむ。がわから見ておると、鬼と鬼である。

能... いや 歌舞伎鬼と、異国鬼じゃのう。


「酒呑殿。これは 異国の蛇神じゃ」


儂が声を掛けると、酒呑は「うん?」と

キョロキョロ辺りを見回し

滑り台の上から、ひなたが「さかき?!」と

同じくキョロキョロとする。


ボティスが、腹の位置の高さに出した手を

軽く下げると

儂の周囲に浮いた 青白き文字が、円に戻った。


「狐ではないか」


酒呑は、おお という顔を儂に向け

滑り台を滑った ひなたが、儂に駆け寄る。


ボティスが ふっと息を吹くと

青白の円が消え、ひなたが儂に飛び付いた。


「して、これが蛇だと?」


「これとは なんだ」


「これは、俺と同じ鬼ではないか」


「これと言うな。ボティスだ」


ボティスが、黒き大蛇の姿に変じると

酒呑は「おっ!」と 声を上げ

「成る程、蛇じゃ。蛇鬼じゃ」と納得した。


また 人の姿に戻るボティスに

「俺の父は ヤマタの大蛇オロチじゃ。

俺は酒呑童子という。俺も蛇鬼である」と

整うた美貌の顔に、何やら 豪快な笑みを浮かべ

握手などの手を出した。


差し出された手を握りながら、ボティスは

「その首の線は何だ?」と聞く。

酒呑には、儂と同じように

首に ぐるりと紅き線が巻いておる。


「一度 討たれて死したが、戻ったのだ」


「話を統合するとだ。大蛇と人の混血の鬼で

一度 死に、地界... 冥府などから

地上に戻った ということか?」


「そうだ。何故かは知らんが」


「俺は 天にいたが、地界へ堕ち、蛇オニになった。今は 地上任務だ」


「ほう。異国のパライソや インヘルノは

聞いたことがあるぞ。指の それは何だ?」


「指輪だ」


「耳は?」


「ピアスだ」


酒呑は「良いのう... 」と

ボティスの耳に顔を近付け、繁々と見ておる。


「お前はミヤビで良い。

ピアスが欲しいなら、後でやる」と、

ボティスは、儂の両腕を掴んで ピョンピョン飛んでおる ひなたの傍にしゃがみ

「ボティスだ」と言うて、ひなたと握手した。


「ツノがある」


「そうだ。俺は酒呑と同じ 蛇オニだからな」と

言いながら、ひなたを抱き上げる。


「お前は何だ? オニじゃないな」


「ひなた」と、ひなたが答え

「俺の友だ」と、酒呑が言うが

質問の答えにはなっておるまい。


ひなたを抱いたまま

ボティスが 儂に眼を向けたので

儂は「座敷童というものよ」と、説明した。


それが、どういったものであるかも

簡単に説明すると

「口減らしの贄 とされ、それをしたクソ共を

守護する者になっただと?」と、愕然とする。


「それこそ オニとなって構わん。

何故、自分の食い扶持などのために

子殺しなどをした クソ共を守護し

幸運すら与える者となる? まるで 聖子だ!」


憤っておる。わからぬでもない。


「汚れぬ内に死したからだ」


ボティスは まだ、信じられん という眼を

酒呑に向ける。


幼子おさなごまで屠らねばならぬということなど

繰り返させぬ為ではあるまいかのう?

情け というものよ」


儂も言うと「... 罪を許したのか?」と

ひなたに赤い眼を向け

「お前は尊い」と、儂の知らぬ顔で

ひなたを見つめ、きゅ と抱いた。


ふむ... これは、もしや

天に在った時の顔なのではあるまいか?


儂が 獣である故か

何か ちぃと、遠くに感じる。


「呑め」


酒呑が、うんうん頷きながら

ボティスの背を とんとんと叩き

腰に携えた陶器の白瓢箪を開けて渡す。


ボティスは「ん? 酒か?」と

多少 戸惑いつつも 白瓢箪を受け取り

一口 飲んで「旨い」と 返した。


「そうであろう。酒は、冬に呑むも良いが

今のような春も良い。夏になれば キリリと冷し

秋ならば 茸などをツマミに... 」


いつでも良いのであろうのう。酒呑さけのみである故。


「して、酒呑殿。ひなたの滑り台などをしに

参ったのであろうか?」


儂が問うと「おお!」と

酒呑は、瓢箪酒を 一口 飲み

「お前等の相談所に向かうておる 途中であったのだ。ヨロズ相談なのであろう?」と、笑顔になって

ボティスの腕から、ひなたを受け取り

「また帰りに ここに寄る」と 肩に乗せると

「さあ、行こう」と、先に歩き出した。




********




「頼もう!」


酒呑や ひなた、ボティスと共に

桃太の相談所へ参った。


神隠しをかけ、人避けもしながら参った故

誰に会うこともなかったが

まだ早い時間であり

夜間は酒呑が気配を消せぬ故

道中、冷々しておった。


儂等が相談所に近付くと、桃太や葉桜は

すぐに酒呑の気配に気付いたようで

座敷の飯台テーブルには、酒がずらりと並んでおった。


「おっ!」


桃太が ボティスを見て、銀縁眼鏡の奥の眼を

ちぃと丸くする。


「邪魔する」と、ボティスは片手を上げ

葉桜にも「ボティスだ」と、挨拶しておる。


ボティスが来たのが 嬉しかったものか

「早速 巻いたのだ」と

桃太が首のネクタイを示すと

「茶のベストに青を合わせたか。

色選びが上手い。イタリア式の合わせ方だ。

似合っている」と 褒められ

桃太は、また嬉しそうな顔をした。


「おお、これは気が利く。右から もらおう」


酒呑は飯台の酒を

端から順に 飲んでいくものらしい。


葉桜は、ひなたに蜜柑ジュースを

儂等には珈琲などを出したが

酒呑が また「呑め呑め」と聞かぬ。


「動けぬようになる故」と 一杯だけもらい

後の酒の相手は、ザルである葉桜と

ボティスがすることとなった。


「さて、御相談と申しますのは?」


桃太が聞くと「わからん」と酒呑が答え

儂や桃太は ため息をついたものだが

ボティスが「なんだ こいつは」は笑うておる。


「相談に来て “わからん” とは。

何か出たか? 祓魔などに追われたか?」


「うむ、出た。柘榴ザクロにも見せたが

“妄念であろうのう。ほほ” と、笑うておった」


「ザクロとは何だ?」


「親類の蛇だ。同じ山に棲んでおる」


「それで 何を困っている?」


「その妄念が、毎夜 俺の屋敷周辺を彷徨く。

何やら暗い者だ。鬱々としており

俺も鬱陶しくあるが、女共が怖がっておる」


明るい妄念など 聞かぬからのう。

女共とは、やはり拐ったものであろうか?


しかし、ボティスが 一つ一つ聞いた故

何に困っているかは、何とはなしに見えてきた。


「それに対して、何か対処したのか?」


「柘榴は、“儂には何も出来ぬ” と退き

“だが ひなたを預かる。危険かも わからぬ故”

などと言い出しておる。

何度か 茨木が斬ったが、消えても また出るのだ」


「イバラキ?」


「共におる鬼じゃ。俺が育てた」


酒呑の話を聞き、ボティスは儂に

「朋樹辺りが適任じゃないのか?」と言うが


「酒呑殿の話は、まだしておらぬ故。

この国に於ては 大変に名高い鬼なのじゃ。

明かすことは出来ぬ」と 答えると


「だとすると お前等が、この鬼も困るような

妄念 とやらを扱うということか」と 返って来た。


む...  儂も桃太も、返事は返せなんだ。

このように邪気凄まじい酒呑や、柘榴様で 何も出来ぬであれば、儂等の手に どう負えようか。


黙った儂等を見て、ボティスが また口を開く。


「その妄念とやらは、ただのゴーストじゃあないんだろ? 俺にも扱えんかもしれんが

取り敢えず、見るだけでも見てみるか。

今も それは 彷徨いているのか?」


「おったのう。茨木が残っておるが

女共は震えておった。同じ女であろうに」


むう。出るのは女の妄念か。

同じ女である故、余計に恐ろしいのではあるまいかのう...


「じゃあ行くか」と、ボティスは立ち上がるが

桃太が「浅黄を呼んだのだ」と言う。

酒呑の気配が近付いた折り、スマホンで連絡したようじゃ。


「俺も まだ呑み足りん」と 酒呑は言うが

何をしに来たものか。


「滑り台は?」と、ひなたも言う。

相談に来た割に、どうにも緊迫感には欠けておるのう。


「お前は飲んでおけ」と、ボティスは 酒呑に言い

「ひなた。今、俺と公園へ行く。滑り台だ」と

ひなたを抱き上げた。

そして「浅黄が来たら、公園に呼びに来い」と

ひなたと廊下へ出る。


むっ...


「ピアスとやらは?」と言う酒呑に

「それは お前の屋敷でだ。飲め」と答え

ボティスは スタスタと玄関へ向かう。


ちぃと迷うたが、儂も公園へ行くことにした。


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