桜月 6


私も 陽真さんも、お義父様も お義母様も

複雑な気分になった。


呪いが、効いてしまった


そうじゃなかったとしても

そうとしか思えない。


葬儀には、お義父様だけが向かって

私たちは それが済むまで、動かなかった。


『四十九日が明けるまでは』と 言われたけど

初七日が明けると、私たちは帰ることにした。

早く忘れてしまいたくて。


マンションに帰った日

「何もないね。飲み物 買ってくる」と言って

陽真さんは帰って来なかった。




********




お義父様と お義母様に、何度

『うちにいらっしゃい』と言われても

お義兄様が迎えに来てくれても

私は、マンションから動けなかった。


陽真さんは きっと、ここに帰って来る。


それから また三日後に

家の電話が鳴った。




********




陽真さんは、マンション近くに倒れていて

溺死していた。


水なんて、近くにないのに。


お腹の中の水は、水道のお水じゃなくて

川の お水みたいだけど

どこの川なのかは、わからない。


マンションに来てくれた お義母様に

「ごめんなさい」と 言うと

「あなたは、そう思う方が楽かもしれない。

でも、あなたのせいじゃないし

誰のせいでもないの」と、抱き締められて

立ち上がれなくなる程 泣いた。



葬儀のことや、納骨のことは

よく覚えてない。


火葬場で、夏の空に立ち上る煙は 覚えてる。


朔也には、言えなかった。

言わなくちゃいけないのに、言えなかった。


お義父様が、電話で話したのも

納骨までが終わってからで

朔也は、一度戻ると

陽真さんのお墓に「ふざけんな!」って

履いていた靴の片方を投げつけて

片足は靴下のまま、帰ってしまった。


『呪いが返った』と 聞いた。

調伏 という、あの炎の。


初七日が過ぎて、真夏を越えて

四十九日も過ぎて


どうして と 思う


どうして?


そればかり




********




陽真さんは、私と朔也に

保険金を遺した。


どういう気持ちになればいいのか

わからない


どうして?


ひどいわ


生きろって 言うの?


どうして?


涙ばかり出てくる。


朔也は、私を許さない。

陽真さんのことも


きっと ずっと



紅葉が青空に映える頃

私は、お店に行った。


キッチンの冷蔵庫の中は、散々なことになっていたし、店中 ひどい臭いがした。


換気して、黙々と片付けて、お掃除して。


すっかり片付くと

私は、カウンター前のテーブル席について

テーブルに頬をつけた。


背が高いなぁ って 思った。


遊んでそうだなぁ

きっと、私みたいな子 なんて

相手にしないんだろうなぁ って



陽真さん


あいたい




********




『うちで、一緒に暮らしましょう』っていう

お義母様の お誘いに、答え切れずに


私は、何も出来ずにいて


時々、お店に行って

換気と お掃除をして


持ち込んだコーヒーを淹れて

ひとりきりで、それを飲む。


カウンターだったり

カウンター前のテーブルだったり。


お店 どうしよう


手放したくない。


でも ひとりでなんて...


生きるのも、何かを維持するのも

お金がいる。


このまま、陽真さんが遺してくれたお金を

ただ食い潰すの... ?


コーヒーのカップを 両手に包む。


最初は、ドリンクだけにして

占いをしようかしら?


占いをしてる時に

『亡くなった主人と話したい』って

言ってた人がいて

たまたま、そのお客さんの傍に

旦那様がいらっしゃったから、その時は

間に入って、少し お話してもらうことが出来た。


私は、陽真さんを呼ぶ気になれない。

だって、あの お客さんの旦那様は

消えてしまわれたから。


だけど、誰かの望みを叶えることは

出来るんじゃないかしら...


少しずつでも、ちゃんとしなくちゃ。


マンションに帰ると

ドリンクだけのメニューを考えて

仕入れをした。




********




お正月を越えて

私は、軽食も再開した。


今日は 雪が降ってる。帰りは寒いんだろうな。

人通りも少ない。


そろそろ お店を閉めようかしらって

思ってたら、ドアベルが鳴った。


入って来たのは、若い男の子ふたり。

うん。朔也よりは上だと思うけど

たぶん 私より歳下だって思う。


一人は、ブラウンの髪に顎ヒゲ。

ちょっとだけ 胸がチクっとする。

涼しげな目で、すごく背が高いし

肩も がっしりしてる。


指輪が 二つ 並んだ指で、顎ヒゲを触る。

カーキのウインタースーツに、古着のジーンズ。

ちょっと怖そうな感じ。


もう 一人は、しゅっとしてる子。

怖そうな子が 180センチ以上はあるとして

この人は 176センチくらいかな?

黒のピーコートに グレーのパンツ。

白に黒のラインチェックのストール。


長めの黒髪に縁取られた顔は、かなり整ってる。

モデルさんみたいな子。

こういう子って、本当にいるのね...


「まだ やってますー?」

「座っていいすか?」


「ええ、どうぞ。軽いものしか やってないんだけど、いいかしら?」


「ああ、もう何でも。すぐ出来るヤツで」

「コーヒーも お願いします」


二人は、テーブルじゃなくて

カウンターに並んで座った。


「寒いよな、今日」

「おう。腹に凍みるな」


お水を出して、キッチンに入る。


すぐ出来るもの って言われても...

ああ。なんだか苦手だわ、ああいう子たち。

でも朔也も、あんな風なのかしら?


とにかく、野菜スープを先に出して

オーブンでハンバーグを焼く。

オープンサンドにしよう。


「これでいいかしら?」って出すと

ふたりとも「うまそう!」って 喜んでる。


サイフォンで コーヒーの準備をしてると

「お店、もう閉めるとこだったんすか?」とか

「ここって、不定期でやってるんですか?」とか

聞いてきたりする。私に 話すんじゃなくて

二人で話して欲しいんだけどなぁ...


「ええ、最近は そうなの」


「ふうん、そうか... お姉さん、読めないね」


カップを用意しようと、棚に向いたけど

思わず手を止める。


読めない、って 言ったのは

しゅっとした子の方だわ。


「読めない、って?」


「霊視出来ない ってこと。

オレ、視えるヤツだから」


「... そう」


そういう彼も、よく視えない。

隣の怖そうな子は、視えるけど

... この子、何か オバケみたいなものと

ケンカしたりしてるの? 何? これ


「で、それさ、本当に やってるの?」


怖そうな子の方が、私の後ろを指差す。

ホワイトボードだわ...


「占いは わかるけど、霊視って、お姉さんが?

相談って、祓いとかもやんの?」


「ええ。占いと霊視だけよ」


こういう子たちも、占いに興味持ったりするのかしら? とっても遠い気がする。


「オレも占い出来るぜ。陰陽の方だけど」


カップに コーヒーを淹れながら

「そうなの」って答えると

しゅっとした子は、ちょっとムッとした。


「お皿、片付けるわね」って

キッチンに持って行って、コーヒーを出す。


そのまま洗い物して、もう飲んだかなって頃に

カウンターに戻ったら

「おかわり」って カップ出してきた。


うん、そうね。おかわり自由って

メニューに書いたわ。


また サイフォンをセットする。

万が一のことを考えて、四杯分で。


「暇な店だね」

「客、来る?」


「ええ。暇よ」


「ハンバーグ、うまいのになぁ」

「コーヒーも うまいな。オレも おかわりで」


よく喋るのね。


「お姉さん、いくつ?」

「オレら 今、24」


聞いてないし、教えないわ。


「この店さ、去年くらいから

ちょこちょこ来てたんだけど、いつも休みでさ」

「占いがアタる、とか

拝み屋の腕がいい、とか 聞いててさ」


胸の奥が ズキっとした。


「そう... 」


「ここ、元々 お姉さん ひとりでやってたの?」

「拝み屋さんて、お姉さん?」


何なの?


目を上げると

「あっ、うるせぇよな。ごめん こいつが」

「朋樹、てめぇ... 」って、また うるさくなる。


「お祓いとかは、もう やってないの。

何か困っているなら、他をあたってちょうだい」


「オレら、祓い屋なんだ。始めたばっかだけど」

「雇わない? 腕はいいぜ」


えっ そういうことなの?


「ここ、すげぇ って聞いてたんだよな」

「オレら、まだ 知名度ないし 信用 薄いし

集客 悪くてさ... 」


「お断りするわ。お祓いは、もうしないの」


「なんで? 困ってる人とか放っておくのか?」

「やるぜ オレら」


「あなたたちも、危ないことしないで

普通に お仕事すべきだわ」


「ちょっと、後ろの棚の

左下の扉 開けて、見てみなよ」


しゅっとした子が言う。


「そこ、なんかあるぜ」


何なの? そこは まだ何も入れてないわ。

グラスを増やしたら入れよう って

話してたところだもの。


「今日は そろそろ閉店なの。

まだコーヒー飲むの?」


「おい、ちょっと! 無視かよ?」

「止せって 朋樹。

あのさ、お姉さん。本当に前向きに考えてよ。

信用あるとこ入った方が早いし」


「知らないわ」


それに、もう あんなことはイヤ。


「けど、お姉さん

またオレらが来ないと困ると思うぜ」


「まぁ、どうして?」


「金ないんだ」


どういうこと?


「ツケといて。昨日からマトモに食ってなくて」

「連絡先 置いてくから。

今かけてみてもいいぜ。これに繋がるから」


「ちょっと待って。犯罪じゃない」


「いや払うよ、今度。ここで仕事して」

「帰るなって言うなら 帰らないよ。

お姉さんが、オレらの未来を潰したいなら

通報してくれ。忘れないよ」


脅しじゃない...


「まあ、また来るからさ。今月 家賃まだだし」

「通うけど、名刺 置いておくよ」


「うまかった」「ごちそーさん」って

二人は出て行った。


何なのよ、もう...

本当に通報してあげようかしら?


名刺は、そのために 一応 取っておくわ。


でも 久しぶりに、誰かと喋った気がする。

占いの お仕事以外で。



ちょっと気になって、空の棚の扉を開けると

本当に何か入ってた。


... 小さい うさぎのぬいぐるみ


“沙耶に似てる” って、カードと 一緒に


良かった。さっき、開けないで。

こんなに簡単に 泣いてしまうから。

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