24


「ああっ、泰河!」


部屋出て、エレベーターに向かう廊下で

オレは へたり込み

「しっかりしろよ!」と、ルカに起こされる。


「へえ?」


「大丈夫なのか?」


ジェイドが オレにロザリオを掛け

朋樹が背中を叩いて気を入れる。


「... さっきの」


「バカ、考えるなよ!」


「どうする?」


「とりあえず、ロビーに行こう」


ふわふわ廊下歩いて、エレベーター待ちして

一階に降り

フロントの左奥にある ロビーのソファーに座る。


「あいつ、予告も合図も 何もナシかよー」


「だいぶ 堪えちゃいたんだろうね。

正直、よく我慢出来るものだと 感心することも

あったし」


「榊、昼間 かわいかったもんな。

洋服でも、ああいう感じは見たことなかったぜ。

やるじゃねぇか、ジェイド」


「ワンピースは本当に、榊がユズハという子に

貰ったものだ。

美容室に連れて行ってみただけだよ。

戸惑っていたが

“かわいくなる。ボティスも驚くかもしれない” と

椅子に座らせたんだ。かわいかった」


... あの さ これ、こいつらが仕組んだのか?


「おっ、泰河。なんかムッとし出してるじゃん」


「言っておくが、仕組んだ訳じゃないぜ。

突ついてみただけだ」


突つく って、なんだよ...


無言で説明を求めると

「だって、なぁ... 」と、説明を始めた。


「“天照は美人か?” とか聞くからよ」

「そう。普通なら たいした言葉じゃないが」


ボティスとルカたちが、アジ釣りと本屋から帰ると、ボティスは図鑑を開き出したらしい。


榊が眠るソファーの隣で眼を覚ましたジェイドは

ルカと朋樹に『クリーニングに服を出そう』と

服を持って、部屋を出た。

当然、そんなことにボティスは付いて来ない。


『昨日、榊は泣いたんだ』


ジェイドが言うと

『やろうぜ』と、朋樹が言う。

こいつ、いつもこうなんだよな...


まず、榊を変身させてみよう ってことになり

これはジェイドの任務になった。


『けど、ボティスとか

オレらの手に負えねーんじゃね?』


『ルカ。おまえは、これを榊の背中に溶かせ。

榊が人化けしてる時に』


朋樹は、小さくて赤い丸薬を ルカに渡した。

一時的に、人化けが解けなくなるものらしい。


『そして口説け。ヒスイがいるの わかってるから

オレはムリだ。ボティスに嘘を気取られるな。

ふたりとも本気でやれよ』


それ、榊が本気にしたら どうする気だったんだ?

と、聞いてみると


「榊が気づくものか」

「気づいても、オレらがフラれるだけじゃん」て

ことだ。


「丸薬って何だよ?」


「浅黄にもらったんだ。

浅黄は、榊の気持ちを知ってる。

“自分で気付いておらぬ。もどかしくある” ってな」


「えっ?!」


それは、里に通っていた朋樹だけが

知っていたようだ。


「浅黄は、榊が好きだ。ずっとな。

だが、今の位置にいたいらしい。

榊の喜ぶ顔の方が大切なんだよ。

“このままが良い” は、本心だ」


“見守る恋では、ならぬのであろうか?

もう長い。恋かどうかなどもわからぬ” と

朋樹と酒を飲んだ。


「榊はさ、ボティスが人間になっちまったこと

やっぱりずっと気にしてんだよ。

冬くらいからさ、ボティスがちょくちょく里に行きやがってたから、気にはなってたらしいんだ。

榊も、ボティスのことが」


「何ぃ?!」


「いや、オレらも知らなかった。

里を散歩したり、浅黄と飲んだりしてたみてぇなんだよな」


あいつ、シェムハザの城からも

榊に会いに行ってたな...


「そうだ! 一の山ん時さぁ

浅黄が ボティスを名前で呼んでて

オレ、“あれ?” とは思ったんだよな」と

ルカが眼を丸くして言う。


「でもさ、榊は あんなだし

自分の気持ちにも気づいてなかったんだよ。

そりゃオレらも わかんねぇよな。

ボティスが人間になってからは、自分の罪だと思って、余計に わかんなくなっちまったんだな。

けど、ボティスは それを気にされたくないヤツだし。

浅黄が もう、“しばらく狐に戻れぬようにして

ボティスと 二人にするが良い” って

丸薬 渡してきたんだ。ああいう意味でだ」


じゃあ、オレが

浅黄を気にしてたのは、何だったんだ?


... いや それはそれか


オレが勝手に、“浅黄なら 榊は泣かねぇ” って

思っちまってたんだ。


「ああ...  浅黄のことは

おまえらに話したくなかったぜ。

オレ、浅黄に “話しちまった” って

電話してくるわ」と、朋樹は ソファーを立った。


「オレはさぁ、海で 榊 見て

マジで かわいいと思ったんだけどー」


ルカは、お姫様抱っこで

榊の背中に丸薬を溶かしたようだ。


「すぐ溶けたんだよ。

けど、かわいいから離してやらねーって

抱っこしてたんだ。

キスしたくなったのもマジだし。

月詠の “美しいからだ” が理解わかったぜー」


「ボティスが動くまで、もっと長くかかると

思ってたんだ。僕は 何も出来なかったな」


「な。榊 争奪戦やろうぜ って言ってたのになぁ。

もう終わっちまったぜ」


あのさ...


「これって、やっぱりさ... 」と

オレが 口に出せずにいると


「そ! 榊は ボティスの女なんだぜ!」と

ルカが ビシッと答えて

「もう泣いてほしくないからね。

明け方みたいに」と

ジェイドが、昨日の話の時の顔で言った。




********




オレらは、ホテルのバーで飲んでいたが

深夜になると、ショックもやわらぎ

眠たくなってきた。


飲んでる内に、だいぶ時間は経った。

たが、暗いうちに戻るのは

あまりに無粋じゃねぇか... ?

ボティスは構わねぇが、榊に対してだ。

何しろ、榊が確実に女な時だし。


榊が女...


結局、別の部屋を取って寝たが

目が覚めた今も ちょっとショックだ。

娘が嫁に行く父親は、こんな気分なのか?


「... 戻って みるか?」


飯 食って、コーヒー飲みながら

朋樹が言ってみている。


「海で待つか?」


「出て来なかったらどうするんだ?

夜になったら、もっと戻りにくいじゃないか」


今は 昼近い時間だ。

さすがにもう、大丈夫だろう。


「気ぃ使い過ぎなくても いいんじゃねぇのー?

一緒に海に来てんだしさぁ。

朝戦 始まってたら、また出たらいいじゃん」


朝戦とか 言うな。

オレはまだ、すっかり平気じゃない。


なんか戻りたくねぇなぁ... と思いながら

部屋の前に着くと

ルカが間髪入れずに、ドアを開ける。


「ぅおっはよー! 済んだのかよ コラァ!」


すげぇな ルカ...  オレにはマネ出来ん。

こいつ 朋樹ん家でも、ヒスイが来てる時に

普通に寝室のドア開けたんだよな...


「済んだ」


うわっ こいつ ボティスだぜ、やっぱり。


「急かされたからな。お前等に」


バレてんじゃねぇか。


「あれ? 榊、狐に戻ってんな」


二人で テーブルに向かい合っているが

榊は恥ずかしいのか、狐姿だ。


「おまえら、飯 食ったんか?」


ルカは 榊の隣に座る。ぐいぐい行くよな...


だが、朋樹やジェイドも

「淹れるけど、コーヒー飲むか?」

「今日は何をする?」とか言って

何もなかったという動きだ。

うん。オレもそうすべきだな。

テーブルに歩み寄り、ボティスの隣に座る。


「飯は とっくに食って、便箋を買った」


テーブルには 水色の便箋があって

なんと葉月に、返事を書いていたところのようだ。こいつ、すんのか そんなこと...


ボールペンを持っているのは ボティスだが

達筆だ。オレより 全然 上手い。


「おまえ、日本語 書けるのか... 」


「本を読んでるだろ?」


朋樹の質問に、ボティスは呆れ顔だ。


「だが、漢字のチェックをしてもらっている。

間違える訳に いかんからな」


書いている内容は、紙の半分くらいだ。

手紙が嬉しかった、とか 元気だ、とか。

何を書こうか、だいぶ悩んでいるようだ。

そういえば 手紙って、オレ書いたことねぇな。


「花のことに触れてないじゃないか」


テーブルの隣に立って

手紙を見たジェイドが言う。


「それだ」と、ボティスは ペンを動かし始めた。


“プランターでは難しいかもしれないが

気に入っている花は 椿だ。春先に咲く。

実際に見たこともあるが、本を買うまで

山茶花か椿か、判別 出来なかった。”


へぇ、椿か。ぽとって花が落ちるんだよな。

けどオレも、花びらが散ってくより

いっそ花ごと落ちる方がいさぎよくていいと思う。

ガキの頃、拾ったことがある。

落ちているのに きれいだった。

手のひらに包める、カップみたいな形の花だ。


「“俺の女に似ている”」


ジェイドが読むと

榊が、自分の腹しか見えんくらい俯く。


「そう。俺は、こいつの

首のラインも気に入っている」


どうしようもなくなった榊は

ペンで 自分を示すボティスの前から

ソファーの背もたれを跳んで 隠れた。


「榊、おまえ... 」と、コーヒーを持ってきた

朋樹が、背もたれの向こうの榊を見ている。


「あっ! 尾が増えてるぜ!」


「何?!」と、ソファーを立ち上がって見ると

榊の尾は、三本になっていた。すげぇ!


月詠クソガキの言う、経験というやつだ。

赤襦袢の経験しかなかったようだな」


ボティスは 飄々と言って

“また書く。” と、短い手紙を結んだ。




********




ボティスが「手紙を出しに行く」と言うので

フランスのシェムハザの城に宛てた手紙を

ホテル近くのポストに投函した。


「シェムハザに預けないのか?」と聞くと

「手紙はポストに届くのがいい」と答える。

うん。それは そうだよな。


ホテルの近くをフラフラ歩いてみたが

コンビニやカフェくらいしかなく

「暑ぃよな」「もう汗だくだぜ」と

結局 海に戻り、夕方くらいまで泳いで

海の家の焼そばとか食って

やっぱり砂浜でビールを飲む。


「もう 一回、花火しようぜ」ってことになり

ルカと朋樹が買いに行った。


榊は、ホテルを出る前に人化けしたが

なかなかオレらと眼を合わせなかった。

やっと普通に話し出したのは、焼そばの時だ。

「うまいな」「ふむ。もうひとつ」

二皿 食ったら調子が戻った。困ったら飯だな。


ルカと朋樹を待つ間

バスの近くに敷いたシートに座り

星とか見て「いい夜だ」と、ジェイドが呟く。


「今夜は、話などは... ?」


ボティスの隣で、ビールの缶を持った榊が

ジェイドに催促する。

楽しみになっているらしい。


「そうだね。僕は、君と 二人というのが

気に入っていたんだが

もう、そういう訳にはいかないようだ。

隣のピアスバカが許さないだろうからね」


「うるせぇ」


「今夜は、この夜に相応しく

愛についての話をしよう。

愛というのは、神そのものだ といわれる。

“言葉は光”。それは、愛であるからだ。

愛は、与えることや 許すこと。相手のためになることを想い為すこと。

そのピアスバカが、いつも君にしていることだ。

彼の愛は、決していつも独りよがりではなかった。君は ずっと彼の愛の中にいた」


思わぬ言葉だったのか

めずらしく ボティスが黙る。


「彼は君に、自身を大切にしてほしいんだ。

君が望むようにしてあげたいと、いつも考えている。心もね。それは、君に限ったことではなく

君を愛する人たちに対してもだ。

彼は、いつも君といる浅黄を、泰河を 朋樹を、

月詠命を、ルカや僕すら、すべてを尊重した。

君が望むのが彼でなければ、彼は君に触れていない。与えること、許すこと、想うことを

いつも君にしている。君を愛しているからだ」


いい? と、ジェイドが

手に持ったビールを 忘れた榊に聞く。


「この愛は君を包み、不滅なものだ。

君が自分で罪と思うものを抱いていても、彼はそれごと君を愛している。だから罪じゃないんだ。

もう、君が君を許す番だよ。少しずつでいい。

そうすれば、君の中にある愛が、君を包む彼の愛がわかる。

愛というのは、根源そのものなんだ。

それが発する言葉は 光となる。

愛があるからこそ... 」


ふと、ジェイドが

波打ち際に眼を向ける。


突然 ドン と、歪な光が 砂浜を照らし

空気が割れるような音と衝撃が響いた。

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