12


アジの次に、スモークサーモンを気に入った榊は

「朝飯で食った鮭と同じだ」と教えても

「だが、違う味わいであった」と

かき氷シロップのように、また疑問らしい。


「そのさ、黒蟲の時の葵と菜々の両親だけどな

露みたいに、ルカが呼んだ訳じゃねぇんだよな?

ルカの意思に呼応した精霊が呼んだのか?

その場合、巫女的な要素を持つ精霊ってことになるぜ。聞いたことはないが、人の精霊かもな」


人の精霊、か。

誰かの精霊なら、それは人霊だ。

人全体ってことだ。


ルカは、残った思念や、人から溢れて流れてくる思念を読むことが出来る。

霊視のように起こった出来事を視るのではなく

想い なんだそうだ。

その辺りが、精霊と縁を持つ何かに繋がっていそうだが、まあ、やっぱりオレには よくわからん。


「直接に、葵と菜々の父上や母上に

どのように呼ばれたか、聞ければ良いのではないかのう?」


榊が言うと、ジェイドが 自分のバケットからサーモンを抜いて「ほら」と 榊の口に入れながら

「葵と菜々の両親の降霊をやるのか?」と聞く。


「ふむ」と、榊はサーモンを飲み込み

「しかし露さんがおらぬ故、直接に幽世で

御両親に話など聞ければ良いと思うのだが」と

朋樹に意見を求めるように視線を向けるが

朋樹は、シェムハザに眼をやる。


「... いや、それなら扉を開かなくても

スクリーンがあれば、月詠に聞ける」


シェムハザは、なるべく月詠に

今回の話は知られないようにしようとしているようだ。

サリエルを脱走させるきっかけを作ったことを

気にしている。


「そうだね。扉は開かない方がいい」


ジェイドは、海の家の方に視線を向けた。

そうか... “キミサマも いたした” だったな...

ボティスが月詠さんに、何 言うかわからんしな。


「朋樹を介して、俺が聞こう。

ディル、スクリーンを。小さいものでいい」


それも取り寄せんのかよ。


「それと、スモークサーモンを」


榊用か。気が効くよな、シェムハザって。


ん? と、ちょっと気づいたことがある。

ビーチでシェムハザが、あまり注目されていないことだ。


これは おかしいよな。夏のシェムハザだぜ?

今日も、小麦色の髪も グリーンの眼も

軽く光 放ってんじゃねぇのか ってくらい眩しい。

どういうことだ?


「なんか、見られてなくね?」と

ちょっと焦って聞いてみると

シェムハザは、オレら以外には見えないように

術をかけている という。


「アリエルが まあ、気にしているという訳でも

ないのだが... 」


ああ、シェムハザが離れてると心配なのか...

かわいいよな、相変わらず。


「婚姻しておるのであろう?

何故 心配なのじゃ?」


スモークサーモンつつきながら、榊が聞く。

わからんのか...  オレでも わかるのにさ。


「アリエルは、世に生まれて間もないんだ。

生まれてしばらく独りでいたが、俺の妻となってからは、俺が傍におらんことがなかったからな。

不安にさせることなどなかったのだが

最近、共に街へ買い物などに出ると

“女性が あなたのこと見てたの... ” などと

ふと零した。

それが何かは、まだよくわからんようだが。

ならば見られぬようにしよう、と 約束した。

妻は今、いろんな気持ちの勉強をしている。

お前と同じに」


小さめのスクリーン持ったまま

もう可愛くて たまらんぜ って顔で

シェムハザが言う。


「しあわせだな、シェムハザ」


「この上なく」


爽やかにノロケるよな。


「だが俺は、いずれ別れが訪れようと

アリエルの魂は飲まん。

我欲のみでは、しあわせには出来んからな。

共に生きることが肝要だ。

それは、手を取り合う ということだ。

魂を飲まずとも、永遠に胸にるのだから」


ジークもだ、と さりげなく呟くシェムハザに

ちょっと胸が熱くなる。

本心でもあるだろうけどさ

シェムハザは、オレにも気ぃ使ってるんだ。

いい男だよな。同じ男でも思うぜ。


朋樹も黙って聞いていたが

榊は、サーモンを忘れているようだ。

フォークを持ったままの榊の指を見ると

オレは何か、また複雑な気分だ。


「すいませーん、あのー... 」


女の声に気づくと、なんとビキニだぜ!

二人いる。やったぜ コラァ!


ただ 二人は、朋樹を見ていた。


そういやオレ、後ろ向きだったしさ...

ビキニ達は オレ目当てでないことは確かで

タトゥまみれのジェイドのことを見る時は

ちょっと怖がってるような眼だ。

ルカ、なんで今いねぇんだよ...


「私たち、二人で来てて

ちょっと寂しいかなぁ って... 」


「女いるぜ オレ。知らねぇよ」


朋樹は「忙しいから 他 当たってくれ」と

ビキニ達を追い払っちまう。

ビキニ達は、つまらなそうに背中向けて去っていった。ぐおお...


「ルカとボティス、こっちに戻って来てるし

シェムハザ、バスん中で月詠命に話 聞こうぜ。

泰河とジェイドで、ボティスをバスに入れんようにしてくれ」


さっさとバスに乗る朋樹に

ジェイドは「もっと丁寧に断れよ」と言いつつ

ちょっと満足気だが

オレは、朋樹には オレを思う気持ちが欠けていると思うぜ。ちくしょう...


ルカとボティスが戻って来て

オレらにもコーヒーを注ぐ。


「よう、ルカ... 」


今のビキニの話をすると

「えっ! なんでだよ朋樹あいつ!」と

バスを覗き、スクリーンに月詠を見たのか

「... ま、今度 来たら、オレ 逃さねーしさぁ。

ボティス、かき氷ちょっと食わせろよー」と

ボティスをバスから遠ざける。


ボティスは、かき氷を 二つ持っていた。

コーラと宇治金時だ。

宇治金時を 榊に「食え」と渡している。


「なんと、小豆などが乗っておるとは... 」


榊は、コーラも食ってみていたが

宇治金時に夢中だ。

今までのヤツで 一番うまかったらしい。


バスから朋樹とシェムハザが降りて来ると

ボティスが ちょっと冷めた眼を向ける。

眼は “月詠クソガキと話か?” と聞いているが

榊は外にいたし、朋樹がボティスと眼が合うと

「あ?何だよボティス。シェムハザ口説いてたんだよ、オレぁ。ナチュラルゲイだからな」と

躱わして、事なきを得た。


朋樹の躱わし方が気に入ったようで、ボティスは何も言わなかったが、ナチュラルゲイって何なんだよ。


「葵と菜々の両親だが、子供たちのことを想った だけだそうだ。

幽世からは、現世を見ることしか出来ない。

ずっと見守っていたし、子供たちが辛い思いをしているのも見てた。

突然 幽世が、一の山の森と重なって

子供たちと話せた と、言っていた。

つまり両親は、降りてはないんだ。

界の方が重なった。とんでもないことだけどな」


コーヒーを自分で注ぐ朋樹は、ちょっと興奮してやがる。


「へー、なんか すげぇなー。

オレ、よくわかんねぇけどさぁ」


ルカは、他人事で「どの子達が来たんだよ?」と

ビキニ探しをしている。

オレも見渡したが、さっきのビキニ達はいなかった。もう他のヤツと楽しく遊んでるのかもな...


「界を造るのは、物質を除けば 情報や意識だ。

たぶん新しい そいつは、意識の精霊だ。

界さえ重ねちまうんだよ」


「えー、だから何だよ?

そんなこと言われても、わかんねぇよー。

一回しか出て来てないしさぁ」


ルカは、まだ視線を迷わせて

「真面目に聞けよ」と、朋樹に怒られた。


「おまえがやろうと思えば、出来るんだよ。

呪詛に繋がれてる術師と話すことも

下手したら、天や地界とも重なるんだ。

まずは術師だ。出してみろ」


「じゃあ やるから、やり方教えてくれよ」


うるせーな って顔で ルカが言うと

朋樹は 何? って顔になる。


「オレは精霊のことは知らんぜ。

おまえ、他の精霊 呼ぶ時は どうしてるんだ?」


「呼んでるじゃん。“琉地” とか “風” って」


ルカの隣に白い煙が凝り、琉地になると

榊はまだ少し、髪をざわざわさせる。怖ぇ。


「海だぜ、琉地。穴 掘っていいんだぜ」


琉地は、ワホ って顔して

ザクザク 穴掘りを楽しみ出した。


「むう... 」


榊は、琉地が穴に顔を埋めるのを見ながら

カップに残った かき氷のシロップを飲み

「狼犬とは、どのようにして出会うたのじゃ?

異国の者であろう?」と聞く。


「ああ、アリゾナだよ」


そうだ、こいつ

アリゾナに精霊の師匠がいる みたいなこと

言ってなかったっけ?


「オレに やり方 聞いてないで

その師匠に、新しい精霊のことを聞いてみろよ」


「あ、そっか。

また最近、ヒポナに連絡すんの忘れてたぜー」


ヒポナ、というのが、ルカの精霊の師匠らしく

かわいい感じの名前に、オレは 小さく期待しながら、アプリで連絡し始めたルカのスマホ画面を覗いたが、出たのは日焼けしたジイさんだった。

そんなもんだよな...


ルカは『お前は また連絡もせず... 』と怒られて

「いやマジで ごめんってー」と謝り

新しい精霊のことを話してみている。


『意識だと?』


「うん、たぶーん。なんか、別の界と重なったとかでさぁ。オレよく わかんねぇんだけとー」


すげぇダメそうなヤツに見えるぜ ルカ。


『まともに 説明 出来る者は おらんのか?』と

聞かれ、実際に見たジェイドと

月詠さんと話した朋樹が

「はじめまして」と挨拶して、説明している。


「コヨーテ」


シェムハザが ボールを取り寄せて

ボティスと 一緒に、琉地と遊び出した。

オレも混ざろうかな。

榊は、遊びたくもあるが、まだ迷っている感じだ。


「榊、こいつは狐の仲間だ」


ボティス... 嘘じゃねぇか。

コヨーテは、オオカミと近縁だったはずだ。


「何?! どおりで尾などは

そのような形をしておると... 」


やっぱり騙されたぜ...


「俺は ボティスだ。覚えろよ。

琉地、俺が呼んでも来い。遊んでやる」


手なづけ出したが、ルカが

「まあ、誰が呼んでも行くと思うぜ。

オレのツレならだけどー」と

琉地の背中を わしわし撫でる。


「城にも来い。葵と菜々が会いたがっている。

シアンという訳にもいかんからな」


絶対ダメだ。


「けど、琉地は 泰河を仲間と思ってるんだぜ」


琉地の眼がオレに向く。

“遊ぶか?” って眼で見ると、飛び付いてきた。

こいつ、かわいいんだよな。温かいしさ。


「ヒポナに話を聞いた。たぶん電気の精霊だ。

電気信号から象造られ、界同士の情報まで繋いで重ねる。霊が降りるんじゃなく “想い” だな。

ルカは受信機なんだ」


ああ、思考は電気信号 って聞くよな。

味気なくて、オレはキライだぜ。

正体が何だって、構わねぇじゃねぇか。

嬉しい時は笑顔になるし、悲しい時は泣きゃあいいんだよ。


「ふーん」


ルカも「で?」って感じだ。


「おまえの特性によるものらしい。

思念わかるもんな。

おまえが呼べは 術師と話せる。

術師は同じ界にいるんだし、簡単なはずだ。

呼んでみろよ」


朋樹が、一度 閉じていた浮き輪のトランクを開け

ルカが浮き輪を見つめる。


浮き輪の顔達は、瞬きしたり

何か呟くように 口を動かしたりしているが

意思はなく見えるのが気持ち悪ぃ。


「あんたも 呪詛にされてキツいだろ?

話せば解放してやるし、話しに来いよ」


ルカが言うと、ルカの背後に

白い煙が凝り出した。




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