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********




「起きろ、ルカ」


ジェイドん家の 二階の客間。

眼ぇ開けたら、ボティスが立ったまま

オレを見下ろしてるし。


「えー... 今って何時ー?」


「14時」


まだ そんな寝てねーよー...

ここに着いてから、シャワーしたり

パン食ったりして

教会と墓地で祈る って言うジェイドに ついてって

寝たのって、10時くらいだったんだぜ。

疲れてるしさぁ...


ボティスは、泰河と史月と帰ったけど

泰河が 史月を五山に送る時は ついて行かずに

もう泰河の家で寝てたらしい。


目が覚めると、ソファーに転がってイビキかく

泰河を起こしたけど、泰河は起きないし

ここまでは、散歩がてらに歩いて来た って言う。

元気だよなー。


「おまえ、結構 寝てんじゃん」とか

文句 言いながら、客間からリビングに降りると

憮然とした顔のジェイドが、アッシュブロンドの毛先を跳ねさせて ソファーでコーヒー飲んでた。

やっぱり起こされたみたいだ。


「暇なんだよ、俺は」


知らねーよー。


キッチンから、サイフォンに残ってたコーヒーを

自分でカップに注いで戻ってくると

「沙耶夏が退院して、店にいる」って

ボティスが オレからカップを受け取る。あれ?


「なんで そんなこと知ってるんだ?」と

ジェイドが聞くと、朋樹が泰河に

電話で話しているのを聞いたらしかった。

霊視力も無事に戻って、まだ店の営業はしてないけど、営業再開の準備をしてるみたいだ。


「沙耶さんのスマホ預かってなかったっけ?」


「それは、朋樹に渡してもらった」


しかしさぁ、まだゆっくりしてればいいのに。

店の休みだって 水曜日だけなんだし。


「お前等が準備を手伝え」と

ボティスがコーヒー飲んで

ついでに「ぬるい」って 文句言う。


「かえって邪魔になるんじゃないか?」


「邪魔そうなら帰ればいい。

見舞いもしてないだろ。顔くらい出せ」


うわっ、尤もなこと言いやがったぜ...


でも、急にじゃアレだし

沙耶さんに電話してみると、なんと

『ちょうど良かったわ。呼ぼうと思ってたの。

来てちょうだい』ってことだ。


ソファーを立つと、ボティスはジェイドに

「お前はタクシーで来い」とか言って

さっさとブーツ履きに行った。




********




「何故 僕がタクシーなんだ」


「不便だな。車 買え。

雨の日は、バイクも不便だからな」


ボティス、言いたい放題だよなぁ。


「考えてはいる」と

ジェイドは 余計にムッとする。


店に入ると、沙耶さんはボティスを見て

「まあ!」と、手で口元を覆った。


「そういうことだ」


「... でも、なんだか こざっぱりしたわね。

ここにも気を使わずに、もう いつでも来れるし。

座ってちょうだい」


ボティスの性格も わかってそーだよな...

なんか、沙耶さんといるとラクな気分になる。


沙耶さんは、カウンターに並ぶオレらの前に

どんどん料理の皿を出す。


「えっ、沙耶さん。店 まだ休みだよね?」


「そうなの。でも、落ち着かないの。

つい、買い物もしちゃって作り過ぎちゃったから

残りは、パックに詰めるわ。

泰河くんと朋樹くんにも渡してね」


で「大変だったわね」って、いつもみたいに

サイフォンを 二つ用意する。

ジェイドといる時は、オレらの分は 一緒くたで済む。コーヒーの好みは ほぼ同じだしなー。


「油断して、みんなに心配もかけちゃったわね」


沙耶さんは申し訳なさそうに言うけど

オレら、これだけ人数いて

女のひと 一人も護れなかったんだよな。

情けねーよなぁ まだまだだ。


オレらが 口 開く前に

「ゴメン合戦は するなよ」とか ボティスが言う。


「そうね。でも ありがとう。

お店のことも 私のこともね」


沙耶さんは、一度キッチンに行って

デザートに さくらんぼのタルトを出してくれた。


お礼言って食ってたら、外に車が停まって

「ういー」とか言いながら、寝癖つけた泰河が入って来る。


「沙耶ちゃん、退院おめでとー」って

ちっさいウサギのぬいぐるみ渡したりして。

ラッピングなしの剥き出し ってのが泰河っぽい。


ヒゲのくせに、ウサギって... と思ってたら

「ありがとう! 新しいの出てたのね!」って

沙耶さんがカウンターの下の棚を開ける。

色違いの同じウサギがいっぱい並んでた。

集めてるみたいだ。


「ボティス、おまえ

家 出る時、言って行けよな」って、泰河は

ボティスの隣に座るけど


「三度 起こした」って 言われて

「マジか。じゃあ悪ぃ」って

沙耶さんから、ハンバーグとかサラダの皿

受け取りながら言う。


「沙耶ちゃん、朋樹 来た?」って聞くと

朝、退院する時に病院に迎えに来て

沙耶さんを送って

『山に行ってくる』って、すぐ出たらしい。

修行だろうけど、玄翁も大変だよなー。


話してたら、ちょうど朋樹から泰河に電話あって

『一の山のことで会議だ。夕方、四の山』って

言うだけ言って切ってたから

泰河が いつも通りに、すげームッとしてた。




********




「まだ誰も いねーじゃん」


「夕方って言っても、もう少し遅い時間だったのかもしれない。時間は聞いてなかったしね」


四の山、キャンプ場の広場には

まだ誰もいなくて、狐火も上がってなかった。


「朋樹、結構 他人ひとには適当だからな。

まさか狐の里時間で、明日 ってことないよな?」


「しばらく待ってみて、連絡すればいいよ」


泰河が、事務所のおっさんと話して

バンガローの鍵 借りてきたし

バンガローで待機しとくことにする。


「あっ、そうだ。ハティとマルコシアスに

沙耶さんのタルト渡しとこうぜ」


沙耶さんは、店で無心に作った料理を大量に

オレらに持たせてくれたんだけど

それとは別に『渡しておいてね』って

紙袋に入ったタルトを渡された。

紙袋には、ハティとマルコシアスの名前が入ってる。


呼ぶと、二人は すぐに来た。


「沙耶ちゃんが “ありがとう” ってさ」と

泰河が言って渡すと

「また珈琲を飲みに行くと伝えておけ」って

二人共 紙袋を開ける。中身は、オレらも もらったさくらんぼのタルトだ。

ハティのには “いつもありがとう” って

メッセージカード入り。


「珈琲」って言われて、スティックコーヒー淹れるために、湯を沸かしに立つと

「待て、マルコ」って、ジェイドが言った。


「あっ!」って 泰河も言う。


マルコシアスのタルトには、さくらんぼに混ざって、小さいチョコのハートが 一個のってた。

オレらには なかったのに!


「朋樹のは?!」って、もう泰河が 紙袋 開ける。

... ハートはない!


「おやおや、マルコ... 」


ボティスが ニヤつくけど、マルコシアスは

「俺は 沙耶夏に、姿を見せたこともない。

これは、感謝の意だろう。店からマンションまで見送っているのは 知ったようだからな」って

真面目な顔で答えてる。


ああ、なるほど。話したこともないのに

いきなりカードとかは入れないかもだよなー って思ってたら、ジェイドが

「それなら普通は、タルトだけだろう。

わざわざハートは乗せない」って言うし

ハティまで「沙耶夏は霊視とやらに優れている。

お前の顔は知っているはずだ」とか言う。


マルコシアスは タルトを見つめ

「だが、思い違いだと良くない。感謝の意としておこう」って、ハートを摘まんで食べた。

真面目なヒゲだよなー。つまんねー。


「会議だ」って、いきなりバンガローのドアが開く。朋樹だ。


「おっ、沙耶ちゃんだな」って

開いたタルトの紙袋見て

「おまえ、食おうとした?」って

なぜかオレを見るし。


「してねーよ! 食ってきたし!」


「まぁいい。そろそろ集まる頃だ。

外で、皆で食おうぜ」


朋樹は、オレらに料理のパック運ぶように言って

タルト食いながら広場に歩いて行った。



広場の狐火の下で、料理のパック広げて

山神たちも喜んで摘まむけど、主に榊が食う。


「まず、亥神の葬儀の次第であるが... 」


「神道式でよければ、オレがやるよ」って

朋樹が言う。

ま、伴天連のジェイドより 朋樹だろうな。


「一の山を治める者については... 」


これには、すげー 協議が続いてて

オレらは何の案も出せないし

この場に要るかな? って ちょっと思ったけど

琉地まで仲間入りして座ってるから

とりあえず 一緒に座っとく。


なんか、勾玉のこともあるから

一つの山に 一人の山神がいる方がいいらしい。


ふうん。知らないだけで、こうやって

いろいろあるんだなー とか

上に浮いてる狐火見てたら、界の扉が出現した。


月詠かな?

呼ばれずに自分から来るのって、めずらしいよな


「むっ?」って、榊も

料理のパックから顔を上げる。


「月詠命か?」って 朋樹が聞くけど

「儂は何も聞いておらぬ」って

首を傾げながら、片手上げて扉を開くと

月詠が落ちてきた。半身、血まみれだ。


「月詠尊!」

「如何なされた?!」


月詠は、立ち上がって 片手を横に出し

三ツ又の矛を手にする。


開いた扉からは、長い黒髪の 人形のような顔をした男が顔を出した。ごく薄い水色の眼。


サリエル...


ハティとマルコシアスが、泰河の前に立ち

ジェイドが主の祈りを始める。


朋樹が式鬼札を飛ばし、札が炎の鳥になった時

サリエルは白い光になって消えた。






********        「蟲」 了

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