35


崖の結界の中は、普通に森 って感じだ。

緩やかな斜面に木々。崩れかけた落ち葉と 細い小枝が散らばる地面、木の根。

木の北側には、下の方に苔が生えてる。


「このまま、まっすぐに向かう って訳には

いかんよな?」


「円になってるしな。左右も見ないとだろ」


「式鬼 仕掛けるか... 」


朋樹が式鬼札を出してる時、オレらを挟んで

左右に魔法円が顕れた。シェムハザだ。

青く光る天空の霊が、魔法円の中へ降りる。


「結界内の外周はカバーする気だ。

少し中心に向かっても大丈夫だろう」


「へぇ... シェムハザって すげーよなぁ」


泰河が素直に感心して

「ジェイドは敷かねーの?」って

ジェイドを振り向くと

「今のところ、僕の出る幕はないね。

師匠マスターにまかせよう」って 答えた。


「シェムハザは、術ならハティを凌ぐ。

ああ見えて戦いに長けた奴でもある。

発想も柔軟だ。

こうした森の中なら、小石を武器にする」


「小石を?」


「術で高速で飛ばす」


「なるほど」って ジェイドも感心する。


石の弾丸か...  簡単だけど思い付かなかった。

風の精霊に突風を吹かせれば

オレにも出来そうだよな...


「そうなんだよな。別に術同士混ぜなくても

ちょっとしたもので発展 出来るんだよな。

洞窟教会に式鬼 潜らせた時も

シェムハザが “式鬼とやらに持たせろ” って

ガチャガチャの中身がないカプセルに

自分の息吹き入れて “印だ” って言っててな。

式鬼に物体 持たせるって、考えつかんかったぜ」


朋樹まで感心して言うと

月詠が、凛々しい眉の間にシワを寄せて

「貸してみろ」って

朋樹の手から式鬼札を取った。


札を手のひらに乗せて吹くと

ふわっと浮いた札は、木から木へと移り

ふわふわしてるくせに 複雑に

網の目を描くように移動していく。


「おお、さすが... 」


朋樹が すげーって顔して 札を眼で追うと

月詠の眉間のシワがなくなった。

なんか シェムハザと、ライバルっぽくなってきたよなー。


少し離れた場所から

「離れよ、狼犬!」っていう

榊の声が聞こえてくる。


じゃれられてんのかな? って思ったら

琉地が遠吠えを上げた。


「呼んでないか?」

「どこだ?」


琉地が また遠吠えを上げる。

少し右側の方だ。


「あ... 」


木の上の方に 何かいるのが見えた。

人くらいの大きさがある。


木の幹を六本の脚で挟んで降りてくる。

でかい虫だ...

ケツが平らで やたら長い。ムカデみたいに

横に線があって、ケツの先にはクワガタみてぇなハサミがある...


「あれ、ハサミムシか?」


「う... けど... 」


顔は人だ...  眉ねーし。

なんか、こいつの顔

どこかで見たことある気がする...


「朋樹の仕掛けは?」


ジェイドが言う。

そうだ、かかった反応しなかったんじゃねーの?


男の顔したハサミムシは、サソリみてーに

ぐうっと 長く平らなケツを上に曲げ反らせて

鋏を自分の頭上に持ち上げた。また少し木を降りる。


「今、かかった反応があった... 」


「えっ?! 高い位置だと反応しねーのかよ?!」


「そうみたいだな... 」


「じゃあ飛ぶヤツとかダメじゃねーか!」


「うるせぇな!

飛ぶヤツなんか そうそういねぇんだよ!」


榊が狐火を浮かせ

ハサミムシ男の上で炎を拡げて包むと

一応「ギャッ」とか言ったけど

髪を焦がしただけで、茶黒いツヤツヤした虫部分は無傷だ。火は効かない ってことか...


「榊、下がれよ」って、泰河が近づくと

榊は 何故か人化けする。

ハサミムシ男は いきなりジャンプして

榊に飛び付いた。

榊... 囮になるために 人化けしやがったな...

三対の足で榊を掴み、反らせた身体のケツの鋏が

榊の頭に迫る。


「あっ! 離せコラ!」


泰河が引き離そうとして、ハサミムシ男の身体を掴もうとすると

ハサミムシ男は、反らせた身体を 一気に伸ばして

泰河を後退させた。


榊の後ろに立った オレは、またハサミムシ男が 身体を反らせた時に、ケツの鋏を両手で掴んだ。

ああ... 気持ち悪ぃ...  鋏、すげぇ硬いし。

風で こいつを捻切るにしても、榊から足を離させる必要がある。

くそ。余裕ぶって笑ってやがるぜ。


「ちょっと! こいつの足、なんとか... 」


朋樹が地面に手をつけて、呪の蔓を伸ばした時に

榊がまた狐火を出した。

拳大の狐火は、ぎゅっと収縮して ニセンチ程になると、ハサミムシ男の口の中へ入っていく。


ハサミムシ男の喉が鳴る。狐火を飲み込んだみたいだ。


「ルカ、手を離せ」と

目の前の 背中を向けた榊が言う。


「けど... 」


「良い。策がある」


朋樹の呪の蔓が、ハサミムシ男に絡んだのを見て

鋏から手を離すと、榊が「弾けよ」と言った。


水の中で何かが爆発したような 鈍い音がして

ハサミムシ男が榊から足を離し、地面で体を丸める。蔓に巻かれたままの体から 煙が上がり

焦げ臭いイヤな匂いが漂った。

狐火を、ハサミムシ男の中で破裂させたらしい。


「まだ死してはおらぬが、もう動けぬ」


ハサミムシ男は恨みの籠った眼で 榊を見上げるが

泰河が模様の手で、頭を掴んだ。


「ああっ!!」

「何ぃ?!」


ザッ と、ハサミムシ男の首から下が崩れ

大量のハサミムシになって拡がる。


榊と朋樹が すぐに焼いたけど、泰河の手には

まだハサミムシ男の頭があった。


その頭の首から、ずるりとハサミムシの体が出た。ケツの鋏まで30センチくらいのヤツだけど

「うおおっ!!」って 泰河は叫んで、なんと

オレの方に投げやがるし!


「うわっっ!! 泰河 おまえ! ふざけんな!!」


思わず蹴り跳ばすと、頭は ジェイドの近くに転がって、虫の体を起こした。


ジェイドは足で、虫の体の部分を踏むと

ハサミムシ男の顔に、聖水を滴らせた。

聖水が当たった部分が溶けて、煙が上がる。


「主 ジェズの名のもと、汝ハサミムシに告ぐ... 」


相手の名前、いらねーのかよ...


ボティスが地面に手を付いて

「防護」と、月詠の下に魔法円を敷き

榊も引っ張って来て、円の中に入れる。


ハサミムシ男の頭は、もとの身体を失っていたせいか、主の祈りの詠唱だけで、ぐずぐずと溶けて

土に還っていった。


「なんだったんだよ、あの 人蟲は... 」と

泰河が、ハサミムシ男が溶けた

ジェイドの足下あしもとを見ながら言う。


「いつぞやの女郎蜘蛛と、同じ顔をしておった。

あれも首下は 蜘蛛になっておったのう」


あっ!そうじゃん!!

性別は違うのに、同じ顔だ!


榊に「そ! 今のヤツとおんなじだよな!」って

言ってると

「黒蟲の寄生虫なんじゃないか?」と

ジェイドが、自分の足元から眼を上げた。


「聖水が あれだけ効いたし。

身体を踏んだ感覚では、悪魔祓いの時に

悪魔憑きの人に触れた時の感覚と似てた。

山神たちや、他の日本の魔物とは違う感じだ」


じゃ、今のとか 女郎蜘蛛は

人の身体に寄生して生まれたヤツってことか...


「さて、のんびり話すのは その辺にしろ」


月詠が開いた手のひらを上にして、少し上げると

さっき、網目のように敷いた式鬼の仕掛けが光り

その光が木々の上まで上がって消える。


「やばいぜ」


朋樹が 一度 眼を閉じて「うようよいる」とか

耳を疑うことを言う。


「えっ、そんなに人から... ?」


「いや。山の猪達が犠牲になったのだろう」


月詠の言葉に、榊が顔色を変える。

鼻の上にシワを寄せ、ギリッと歯軋りを鳴らせた。許せぬ、っていう時の顔だ。


「とにかく、片付けていくしかないな」


朋樹が式鬼札をオレの後方に飛ばすと

尾の長い炎の鳥になったそれが

背後にいた何かに追突した。


振り向くと、茶色い目玉みたいな模様の羽から

鱗粉を撒き散らす女がいた。

口の部分には、ノズルみたいのがくるくる巻いてやがるけど、やっぱり眉ないし

目鼻も さっきのと同じだ。


蛾女の羽に穴を開けた 朋樹の式鬼の鳥が戻り

太くて柔らかそうな、節が並ぶ蛾の体を焼く。

蛾女は バサバサと鱗粉を派手に撒きながら

地面に落ちた。


泰河が 頭 触ろうとするし

「いや 鱗粉まみれになるぜ!」と 焦って止める。


「じゃあ どうすんだよ?」


榊が狐火を拡げて落とし、オレが風を巻いて

焼き尽くす。よし、頭もなくなった。


「燃やせるヤツは燃やすべきだな」


「泰河、下だ」


ボティスの指の先には、見慣れてきた顔の

ムカデ男がいた。


「あっ... おい! 泰河っ!!」


また頭触りやがって、ムカデが ザワザワと散る。

榊と朋樹が燃やしてる間に、頭からムカデの体が出て、ジェイドが聖水 滴らせてると

でかい羽音立てて恐ろしいヤツが来た。

黒光りしてる...


「ああっ!! ムリっ!!」


ジェイドも聖水 瓶ごと投げるし、

それを風で撒くと

聖水の霧に巻かれたそいつは

黒い体の艶を無くして地面に落ちたけど

また硬い羽と、その下の薄い羽を拡げた。


榊が狐火で薄い羽を燃やすと、ガサガサ音を立てて 突進しようとしてくるし!


「ルカ! 拘束しろ!」


めずらしくジェイドが怒鳴るけど、そうじゃん!

あんまりなヤツが出てきたから忘れてたぜ!


「地!」


とりあえず、ガサガサは止めた。

でかいから カサカサじゃないところが 余計 恐ろしいけど、こいつが もしバラけたらと思うと もっと恐ろしいし。どうするか... ?


「あな美しや 天降りの月」


月詠が言うと、月から 一筋の光が伸びて

恐ろしい虫男を撃った。

虫男は、ぐずぐずに溶けて地に還っていく。

ホッとしたけど、ジェイドが

「今、月詠命は 自分を誉めなかったか?」って

小声で オレに聞いた。


えっ...  アマクダリの月 って

現世ここに降りた自分のこと... ?

榊も朋樹も、無言で違う方 向いてる。


「ちょっと! そんな簡単にやれるんだったら

最初からやってもらえないすか?!」


泰河が言うと、月詠は御神衣の袖の中で腕を組み

「それでは お前等が伸びん。

今のは、あまりに醜かったから

つい口が出ただけだ。ほら、やれ」と

視線を泰河の後ろに向ける。


また蛾女だ。二体で鱗粉 撒いてるし。

とにかく焼いてたら、ムカデ男が木から落ちてきた。もちろん全部 同じ顔。


ボティスが魔法円敷いて、ムカデ男が踏むと

「ウリエル、炎」って、またウリエル使う。


ムカデ男が燃えると、周りの あちこちからも

カッと炎が上がった。

「ムカデだけ焼かれた」らしいけど

そんなら黒光りするヤツにして欲しかったし

もう どうせなら、全部やっちまってくれ と思う。


「あ、マズイな」


朋樹が周りを見渡しながら

「囲まれた」って言った。


「うわ マジかよ、どうする?」


何体くらいか聞いてみたら

「20くらい」とか言う。ムリだろ...


「軍、呼ぶか」


ボティスが言うけど

月詠が上向いて「スサ」と呼ぶ。


コオ... というような、空気が割れるような音が落ちてきて、ドン!と地面が揺れた。





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