36


黒髪のショートへア。

トゲトゲしい感じの奥二重の眼。

耳には翡翠のピアス、はだけ気味の神御衣かんみその中には、幾重かの細い翡翠の数珠。


スサノオ... 建速須佐之男命たけはやすさのおのみこと。月詠の弟神だ。


「害虫駆除に呼んだのか?」


スサノオは、つまらなそうな眼を月詠に向ける。


「俺が あまり派手にやると

父神にバレるからな。暇だろ、スサ」


スサノオは、右手を上に上げ

「アマテラス。つるぎを」と言うけど

何も起こらない。


舌打ちして「そこまで借りに行くぞ!」って

また言うと、スサノオの右手に

蛇行する蛇のように ぐねぐねとした波形の刃身の、冷やかな煌めきを持つ剣が握られた。


「よし。誰も手を出すな」


スサノオが歩き出すと、オレらの周りに

光の壁が出来て、すぐに消える。

月詠が結界を張ったらしい。


よく晴れていた空が、もこもこと群れをなす羊雲に覆われていき、月だけが空に残った。


天叢雲剣あめのむらくものつるぎ... ?」と 朋樹が目を見張ると

「もう 見ているのは 月だけだ」と 月詠が頷く。


天叢雲剣。

確か スサノオが ヤマタノオロチを退治した時に、オロチの身体から手に入れた剣だ。

でも振るう度に、天に叢雲が広がったから

なんか良くないと思って、姉の天照大神あまてらすおおみかみ

献上したものらしい。


天照さん、さっき

最初は 剣を貸さなかったのに

“借りに行く” って言ったら、すんなり貸したし

スサノオが来るのが相当イヤなんだろうな...

天岩戸に閉じ籠もるくらい 暴れられた過去は

今でも語り継がれてるくらいだし。


スサノオは、おもむろに剣を振った。

そこにいた女郎蜘蛛の首が落ちるけど

蜘蛛は散らばらずに、身体も首も ぐずぐずと

地に還っていく。


隣にいたハサミムシ女を斬り

蛾男を真っ二つにすると、どちらも やっぱり

そのまま地に溶けた。


「遣り甲斐がない。一度に来い」


頬や、はだけた御神衣や胸にも

返り血の飛沫しぶきを浴びて スサノオが言うと

月詠がスサノオの上に、小さな月を出した。


月の光に誘われるように、蛾男や蜻蛉かげろう

ゲジ、蜘蛛、蝿やアレが ざわざわと

スサノオに集まって行く。


目の前のヤツを袈裟懸けにして

飛び掛かったヤツを突いて、刃を下に押しきる。

背後に回ったヤツは 振り向き様に斬り上げ

また前に振り返ると、二体 同時に 水平に払った刃で首を落とした。


本当に、神なのか? という思いが掠める。

スサノオは、血飛沫を浴びる度に

嬉々とした表情になっていく。


「もう終わりか。つまらん」


あっという間だ...


朋樹の方を剣で指し「小僧、みそげ」と命じると、朋樹が大祓を始め

スサノオと剣を染めた血が消えていき

羊雲も夜空に融けていく。


月詠が結界を解き

「この 壱の範囲内には、もう害虫の気配はない。

先へ向かえ」と、亥神結界の中心の方を指した。


「... あの人、やばくねぇ?」と

スサノオを見ながら、泰河が言うのに 頷く。


泰河やジェイドにも、キレると衝動的になるとこがある。

そういう時、泰河は もう何も考えてねぇし

ジェイドは やろうと思って やってる っていう

違いはあるんだけど。


スサノオは 違う。

たぶん、根っからの戦闘好きだ。

諸刃に見える剣の刀身で、自分の肩を軽く叩きながら、月詠と並んで付いて来る。


「心強くは あるけどさ... 」


まあ、そうだけど

あの人、ちょっと怖いよ オレは。


迷いながら 一応 頷こうとした時に

進む方向の先に、カッと稲妻が走り

ひどい音と 落雷の衝撃が、足の下から響く。


つい身体が反応して、息飲んでたら

隣で「うおっ!」って 泰河も焦ってた。


天使のアリエルの 一件以来、射たれた訳ではないのに、近くの雷は ちょっとトラウマになった。

サリエルの落とした雷が、すぐ目の前で

教会の芝生を焼き、石畳を割ったことが蘇る。


また空が光ったかと思うと、それからは

立て続けに 稲光と雷鳴が鳴り出した。


「柘榴が 害虫を射っておるようだ」


柘榴は、マルコシアスや狸たちと

オレらの向かいの “参” の入り口から

亥神結界に入った。

オレらが、結界の中心に向かっているように

柘榴たちも もう、だいぶ中心に近付いて来てるみたいだ。


中心の方向から左側の “弐” には、青い光が降りているのが見える。シェムハザの天空の霊。

玄翁や浅黄、白尾も 進んできているし

“肆” の ハティと史月に至っては、どこよりも早く、もう亥神結界の中心にいた。



「黒蟲はいたか?」


「いや。同じ顔をした人頭の蟲だけだ」


山の中腹だというのに

結界の中心は、小高い丘になっている。


ハティが スサノオに眼を止めて

「荒神か?」と聞くと

月詠が「俺の弟神だ」と答えた。


当のスサノオは「狼だな。俺の下につけ」って、でかい史月を見上げながら言ってる。

なんか、似通った雰囲気がわかるみたいだ。


「早かったな」っていう声の方を見ると

シェムハザと玄翁たちだった。


「榊、無事であったな」と言う玄翁と浅黄の元に

榊が「ふむ」って笑って近寄って行く。


「人の顔の蟲ばかりだった。幾らか消したが

ほとんどは白尾が樹化させた。

これだけ蟲がいるのに、黒蟲や他の魔人がいないのは おかしい。結界内で隠れているのか?」


シェムハザが言うことに ハティが頷く。


「人頭の蟲等が、黒蟲の寄生蟲であるならば

孵るまでに 一月かかる と聞いていたが... 」


「それは、寄生主の違いだろう。

人と獣による違いだ」と、月詠が口を挟んだ。


「獣に寄生させた蟲が早く孵るのは

獣の寿命に準じたものだ。野生の猪であれば

10年ほど。

この山には、亥神以外に霊獣は数名しかいなかった。白尾の山と同じく、他の山より

多くの種の者が暮らす山だ。

寄生期間以外の他にも、人に寄生して孵った蟲とは、何か違いがあるはずだ」


ハティが頷いて、榊が

「女郎蜘蛛は、半身が人であったのう」って

オレに言う。


「あっ、そうじゃん!

最初なんか、人の形で出てきたし!」


そうだ。女郎蜘蛛は、この結界内で会った人蟲とは ちょっと違う。

なんせ やられかけちまったくらいだったし。


「けど それさ、ここの猪たちみたいに

誰かが寄生されたってことだよな」


泰河が苦々しい顔で言うと

「ニュースになってないのは おかしいけどな。

行方不明者が犠牲になってるかもしれんが

よく調べる必要はあるよな」と

朋樹も 暗い ため息をついた。


「もう揃っていたのか」って

口から めらめらと炎を吐き出しながら話す

マルコシアスが、人の姿を取って歩いて来る。

柘榴や狸神たちも 一緒だ。


「人頭の蟲のみか?」と聞く ハティに

マルコシアスが頷く。


「いや、待て」


マルコシアスが立ち止まった。


「沙耶夏の気配がある」


気配?


泰河は、は?って顔してるけど

「沙耶ちゃんの能力ってことか?」って

聞く朋樹に

マルコシアスは「恐らく」と返事を返した。


「近くに、黒蟲がいると... ?」


でも、森にはもう 何もいなく見える。


「よう、オマエら」と

史月とハティの背後から、史月の声がした。


偽の史月とハティが歩いて来るのを見て

バカにしてんのか? とか思う。


ここにいないヤツの姿を取るなら まだわかるけど

山神たちは、匂いで偽物だってわかるし

オレらも ボティスのコインを持ってる。

他の混血の魔人だ。こいつら。


泰河が無言で、偽の史月とハティに近づくのを

玄翁が止める。


「その者等には、蓬と羊歯の宝珠が入っておる」


「じゃあ、取り戻せるじゃん」と

地の精霊で偽物二人の足を拘束すると

二人は、元の姿に変異し出した。


偽史月は 狼に

偽ハティは、牡牛の顔と漆黒の翼を持つ魔神に。


「偽者って、今まで

変異とかしなかったよな?」


何か おかしい、と 朋樹が警戒する。


「身の姿を変える変異は、蓬と羊歯の宝珠で

成せることであろうが... 」


玄翁が、変異した 二人を見つめ

「それだけではない」と言う。


「黒蟲は “胡蝶の能力を 一部奪った” と

フジオが言っていなかったか... ?」


ジェイドが聖水の瓶を出した。


言ってた。

胡蝶の能力は、相手の能力を奪うことだ。


「沙耶夏の霊視力があれば

誰が どのような能力を持っているかは わかる」


マルコシアスが、本物の史月とハティを見ると

史月は「何も取られてねぇぞ。なあ?」と

ハティに同意を求めたけど

「もし、能力をコピー出来る としたら?」とか

ゾッとすることをハティが言った。


シェムハザが、偽の 二人以外の下に 青白い粉を吹いて防護円を敷き

「今すぐ祓え」と ジェイドに言うけど

「ならぬ! 宝珠も失われる!」と、榊が止める。


狼姿の偽史月が グルル... と、鼻の上にシワを寄せ

牙を剥き出して唸り出した。

偽ハティが息を吹くと、防護円の外の木の

何本かが崩れ落ち、煙が上がる。


「いや、違う」と、ハティが

偽の自分を見つめて言う。


「錬金ではない。木を燃やし、灰化させた」


ハティは息を吹いて、相手を錬金で石化した後

砂にして崩すけど

偽ハティは、一瞬で 息で燃やし尽くすみたいだ。


「違ってもさ... 」と、泰河が喉を鳴らす。

うん。違っても全然ヤバイ。


偽史月が、地の精霊に拘束されているはずの

足を上げると、オレの足に痛みが走った。


「ルカ、拘束を解け」と、シェムハザが言う。

「精霊とお前には 繋がりがある。

精霊が傷つけば、お前も傷つく」


「えっ!」


「おまえ、気づいてなかったのか?!」


朋樹が呆れた顔を向けた。

「今までも、拘束した相手に 何かする時は

精霊を退かせてただろ?」


言われてみれば、そうだ。

ダンタリオンの軍の前列を拘束した時も。

いや、泰河は霊を そのまま浄化した...


「ルカ!」


「待てよ、でもさぁ... 」

今 拘束を解いたら

偽の史月とハティは、どう動くか...


考えていると、また足に痛みが走る。


「偽史月の方だけ拘束を解け!」と

朋樹が呪の蔓を 偽史月に伸ばし

その蔓が、偽史月に絡んだのを見て

地の拘束を解いた。


すぐに ブツブツと音を立てて、蔓が切られていくと、白尾が「死ななければ構いませんね?」と

偽の 二人の下から木の芽を伸ばしたけど

偽ハティは 息で、自分を取り込もうとする木の芽を燃やす。


「息が出せねば良い」


ハティが呪文を唱えると、偽ハティの牡牛の口が縫い付けられていく。縫い付けられた口の部分は

何もなくなった。


「さて、わざわざ我や大神の姿を取り

狐の宝珠も ちらつかせるということは

この者等の目的は、我等の注目を集めるということだ」


「注目って、何のためだよ?」と聞くと

「結界内に何かが入れば、当然

閉じ込められていた者は脱出を考える」と

ハティは答えた。


「だが、シェムハザの天空の霊が

結界の内と外で それを阻む。

魔人は、この国の者でないシェムハザの観察は

よく出来ていなかったと思われる」


でも、どこにもいなかったよな... ?


「今から捜し出す」と、ハティが右の肘から上を

横に向けると、鳥籠が出現して

ハティの指に掛けられた。


細い金で作られたの鳥籠からは

黒く細い、くせのある長い髪が垂れ下がってる。


「それ... 」


女郎蜘蛛の頭だ。

ない眉の下の 人の眼。額に六つの虫の眼。

全部の眼でオレを見て、首の下から生えた四対の脚で、カシャカシャと鳥籠の床を掻く。


防護円を出たシェムハザが、地面に新しく

赤い魔法円を描き「シアン」と呼ぶと

真っ黒な猟犬が顕れた。


ハティが猟犬に鳥籠を近付けると

酸のヨダレをたらしながら

赤い眼を鳥籠の中に向け、匂いを嗅ぐ。


「この首の女の 父を捜せ」


シェムハザが命じると

猟犬は、赤い魔法円を出て消えた。


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