16


時間は もう深夜。

シェムハザと朋樹と広場に戻ると

ハティは、玄翁や蛇神と話し込んでて

マルコシアスは、史月に捕まっていた。


亥神や狸の真白、白尾と話していた泰河とジェイドは、オレらに気づくと近づいて来たけど

シェムハザは、白尾の方へ向かう。


「白尾、お前を知りたい。傷つけることを許せ」


小瓶から赤い粉を吹くと

広場の草の上に描かれた魔法円から

黒煙が噴き出した。


黒煙は、周囲の樹木の幾本かを枯死させると

黒く凝り

二本足で立つ、人の大きさ程の黒猿になる。


「ダンタリオンの使い魔ではないか」


やたら腕の長い黒猿を見たマルコシアスが言う。


シェムハザが、手のひらを上に向けて開くと

一冊の本が 手のひらに乗った。

ダンタリオンが大切そうに持っていた本だ。


「人の心に疑念を興させる魔のようだが

実体化させると、心を蝕むかのように

自然を蝕んでいく。醜き小魔だ」


黒猿の立つ地面の草が 萎れて倒れ

どろどろと腐っていく。


胸の位置に 何かが光る。浮いた文字だ。

青白い文字が周囲を取り巻いている。


「円から出るな」


ふと足下あしもとを見ると、ハティが

巨大な青白い魔法円が描いていて

白尾と黒猿以外は、円の内側にいた。


黒猿が、だらりと提げた長い腕で

地面を擦りながら

白尾に 一歩ずつ近づいていくと

草が萎れ、腐って液化する匂いが

硫黄のような匂いと混ざって 広場を汚染する。


黒く長い腕を伸ばせば、もう白尾を捕らえると

いう時に、白尾が腕の間に跳び込み

黒猿の頭を、白い獣毛の両手で掴んだ。


黒猿の頭を後ろへけ反らせると

喉仏を噛んで折る。


ごぼごぼと黒猿が、自分の血に溺れながら

白尾の身体を掴んで引き剥がそうとするが

白尾は、黒猿の首に腕を巻いて 離れない。


「足が... 」と 隣でジェイドが呟く。


黒猿の足に、腐敗して液化した草が纏わり付き

乾いて樹化していく。


それが黒猿の膝の上まで上ると

白尾は、やっと黒猿から離れた。


眼の下から胸までと、白髪や白い獣毛の両腕を

赤黒く粘り気のある血にまみれたまま

白尾が 黒猿が歩いた草のない地面を歩くと

瑞々しい若い草が伸びる。

枯死した樹木に触れると、新しい芽が吹いた。


修復だ。白尾についた赤黒い血は

ぱらぱらと葉になって落ちる。


ハティが、青白く浮いた文字を

魔法円の二重円の中に戻すと

歩いて戻って来た白尾を

シェムハザが 魔法円の中に招き入れた。


「見事だ。試して済まない」


白尾は、白い睫毛を臥せて微笑み

「あれは どうしましょう?」と聞く。


黒猿は、まだ生きていた。

胸の上まで樹化している。


「ジェイド、始末を」


シェムハザに言われて、ジェイドが魔法円を出ると、ハティが また魔法円の文字を浮かせた。


「魂を地界へ送れ」


ジーパンから聖油の小瓶を取り出したジェイドが

黒猿の額に十字を描き、詩編を詠むと

穴の空いた首を捩って 音のない悲鳴を上げる。


「聖父と聖子と聖霊の御名のもとに告ぐ。

この地を離れ、あるべき地の下へ還れ。

“Pater noster, qui es in caelis

sanctifietur Noman Tuum;

adveniat Regnum Tuum;... ”」


ラテン語の祈りの詠唱が終わる前に

黒猿の首までが樹皮に覆われ

黒煙が地に染み込んで消えた。


頭の先までが樹化して、祈りの詠唱が終わると

ハティが、浮いた文字ごと 足下の魔法円を消す。


白尾が樹化した黒猿の身体に触れると

樹はバラバラと崩れ落ち

樹屑の下からまた、新芽が小さく芽吹いた。




********




「... 大母神とは。そのようなものが目覚めれば

この地も ただでは済むまい」


「個々が それぞれの山の護りを強固することは

勿論ですが

事には連帯して対処しなければいけませんね」


「まずは黒蟲だな」


「蜘蛛の妖物ようぶつが 手を組んだとあれば

他の者等も油断は出来ぬ」


「人里の妖しにも気を配らねばなるまいのう」


「しかし こうして、異国の神等もおるというのは

大変に心強い」


山神達の結束が強まったみたいに見えるし

ハティ達とも協力し合うことになったみたいだ。


「しかし、人と悪魔の混血というものに

悪魔祓いは 効くだろうか?」


「オレも 魔人まびとってのは、初めて聞いたからな。

やってみるしかないが、影の習得も... 」


ジェイドと朋樹は 普段通りだけど

泰河が ちょっと大人しい。


「食えよ」って チョコの箱出したら

「もう、一箱 食った」って言って

ため息ついたけど、一個 口に入れた。


「やっぱ うまいよなぁ。

フランスでは、安いチョコが食いたくなったのにさぁ。コンビニチョコばっかだと、またこの高級チョコ 食いたくなるんだよなー」


オレも食って言ったら、泰河は

「オレ なんで、獣 食ったんだろうな」とか言う。


泰河、あの時のこと、覚えてねーんだよな。


「朋樹がやられた って カンチガイしたんだよ」


「勘違いしたって、食うこたねぇだろ」


「なんか、混乱して飲み込んじまったんだろ。

済んだことだし、いいんじゃねーの?」


口んなか甘いし、コーヒー飲みてーし。

けど、バンガローにはカフェラテしかねーし。

ん、そうだ。駐車場んとこに自販あったな。

缶コーヒーでいいか。


遠い眼で チョコ食い続ける泰河に

「自販行こうぜ」って言って誘うと

静かなまま「おう」って ついてきた。


広場の皆がいるとこは、狐火で明るいけど

キャンプ場の施設も 明かりは消えてるし

静かで暗い。泰河も暗い。


施設の表側に回って、駐車場に出ると

外灯と自販の灯り。虫たかってる。山だよなぁ。


コーヒー 二本買って、一本を泰河に渡すと

チョコの箱 持ったままで「開けてくれ」とか言うし。 しょーがねぇなぁ、もう。


「おまえさぁ、なんで そんな暗いんだよ」


「いや、オレがさ、獣 食ったりしなきゃ

こんな大事おおごとになってなかったんじゃねぇかと

思ってさ... 」


ふうん。何か責任みたいの感じてんのか。


「けどさぁ、どっちにしろ

サリエルとかウリエルは、キュべレ起こそうと

したんじゃねーの?

なら、対抗手段があった方がいいじゃん。

もう食っちまってんだからさぁ

考えるんなら、そっから先を考えようぜ」


「まぁな... 」って、泰河は 自販の前に座り込んで

チョコの箱 置いて、残りを食う。

最初から座れば 自分で缶 開けれたと思うぜ。

まだ ぼんやりしてるし

涼しげな眼ぇして、結構 甘党だよなー。


「ルカ、座れよ」


「ん? おう」


目の前で立たれてちゃ 落ち着かねーんだろうけど

まだ話したいことがあんのかな?

でも、呆け気味で黙ってるし。


「泰河ぁ、喋れよ。

男 二人で 黙ってチョコ食う って何だよ」


「... 榊」


ああ


うん、心配だよな

一人で行っちまいやがってさぁ。

まだ狐のコインも、熱くならねーし。


黙って待ってたら

また泰河が ポツっと言った。


「あいつ、一回 ここで死んでさ」


コーヒー 飲み干したし、もう 一本買ったら

「オレも」って言うから 買って渡す。


「榊のこと、驚かねぇんだな」


「朋樹に ちらっと聞いたんだよ。

さっき、白尾からも みえた」


「そうか」


で、コーヒー持ったまま開けねぇし。


眼ぇ見たら「さっきの、白尾さ... 」って

また黙る。


「なんだよ」


「オレも、あんななのか?」


あんな って

白尾が黒猿の 喉仏 噛み砕いたこと?


「いや、泰河は あんな冷静じゃねーよ。

白尾は 狐の時に、狩りもしてたんだと思うぜ。

おまえ、あーいう時

もう 訳わかってねぇだろ?」


「けどさ、子供の時に それをやるとか

オレ、ちょっとヤバイだろ」


「もう、またかよー。

子供だから、余計 訳わからなくなったんじゃねーの?

サリエルん時は、おまえが行ってなきゃ

オレが行ってたぜ」


「榊ん時は、わかってた」


榊の時 って、オレ 知らねぇもんよー...


「みるか?」って言うけど

「みねー」って答える。ツレは みねー。


で、しかも オレ

霊視とちょっと違って、思念もだし。

感情とかも入ってくるやつだから

あんまりツライやつとかだと、三日くらい

平気でヘコんじまう。


「けど、榊が やられりゃ

やってやろうと思うのは わかる。

普通じゃね? そんなんさぁ」


泰河は やっとコーヒーを開けた。

一口飲むと 口を開く。


「今さ、榊 ここにいねーだろ」


「おう」


「もし、また... 」


「おまえ もう考えんなよ、そんな風によー。

ボティスもいるし、大丈夫だろ」


とは、言ったけど

榊には蟲が入ったままだ。


「なんとか、探せねぇのかな?」


「もし探し当てても、邪魔になんじゃね?」


そう言うと

ふう って 息つきやがるし。


「だって、まだ 一日も経ってねぇじゃん。

榊が 走って行ってから。

今オレらが邪魔したら、榊が余計に危険になるんじゃねーの?

榊が相手に “手を組む” って言ってもさぁ

相手も、榊をすぐに信用しねぇだろ。

ある程度、時間は要ると思うぜ」


自分にも言い聞かせるように言ってみると

「そうか...  うん、そうかもな」と

泰河も ちょっと落ち着いて

いつもの顔になってきた。


「じゃ、戻るか。腹 減ってきたよなー。

シェムハザに 何か お取り寄せしてもらおうぜ」


「そうだな。フランスは昼間だし

“お茶の時間” なら... 」


立ち上がりかけながら、泰河と眼を合わせる。

左手の甲が 熱を持った。ボティスのコインだ。


動く何かに気づいて、駐車場の入り口を見ると

狐が 二匹いる。二匹共、榊みたいに 二つ尾だ。


「里の狐か?」


じっと見ると、人化けした時の姿が見えた。


「... こいつら、蓬と羊歯だ」


でも、ボティスのコインは

やっぱり近くにあることを示してる。


泰河が 朋樹のスマホを鳴らす。


「ハティ」と、呼ぶと

ハティが すぐに隣に立った。


蓬と羊歯は 偽物じゃない。


「蓬、羊歯」


目の前に歩いてくる 二匹を呼び止める。


「どうだった? 何かわかったことは... 」


ハティが オレらを手で制し

短い呪文を唱えると、二匹の狐が倒れた。











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