15


「桃太。お前は屈してなどいるものか。

屈さなかったからこそ 操られたのだ」


シェムハザの言葉に、桃太は ふいと横を向いて

銀縁眼鏡を くいっと上げた。


「自らを誇れ。ハーゲンティ、メダルを」


メダル? と 思ってたら

ハティは金貨を 金メダルに変えた。

なんでだよ...


シェムハザが桃太にメダルをかけると

桃太は「これは... 」と、メダルを手に取る。

感動してるっぽい。

あ そうか。この狸、人里に30年いたから

金メダルの価値を知ってるんだ。


「俺も お前を、誇りに思う」


誰なんだよ、シェムハザ...


桃太は、銀縁眼鏡の中の細い眼を潤ませると

「... 俺の報告は 以上だ」って言って

狸の山神、真白爺にメダルを見せに行った。

で、誉められてるし。うん、よかったよな。


「それで、その “魔人まびと” ってヤツは

何なんだ? 悪魔と人の子なのか?」


朋樹が空気を ぶち壊す。

まあ、和んでる場合でもないけど

なんか、もうちょっとさぁ...


「混血の場合もあり、人に転生した悪魔の場合もあるが、この場合ならば、人に転生したものとは考えづらい」


オレにグラスを差し出しながら、ハティが言う。

はいはい、ワインな。


「せっかく 地界から昇れた というのに

また堕ちるような真似は、なかなか すまい」


マルコシアスが、ため息混じりに説明する。

こいつ、天に戻りたがってんだよな...


「魔女契約でもせねば、寿命も人間と変わらん」


「じゃあ、悪魔と人の子か。

いるんだな、日本に そんなの」


泰河が何気なく言うと、シェムハザが

「天以外になら、どこにでもいる」と 答えた。


「好んで地界に降りるものもいるからな。

奴等は、人とも我等とも敵対している訳ではないが、地上を何かに制圧されることには

危機感を持ったのだろう。

そこで、ジェイドと泰河を引き込もうとしているのだな」


「ならば、我等をも狙うのは何故であろうのう?

伴天連にも敵わぬというのに。

取るに足らぬ存在であろうよ」


グラスの中の葡萄色のワインを見つめながら

着物の蛇神が言う。


「この国は、少々 特殊であるのだ」


ハティが答えた。


「他の国から入ったものを 独自のものに変容し

我が物とする。

宗教に於いても、大別すると

元よりこの国のものである神道と

遥かな国から伝来した仏教を習合させた。

他国にあっては、考えられぬことだ。

自国の誇りは損なわず、文化や神々についても

取り込み、飲み込んでいく」


うん、まあ そうだよな。


例えば、元々キリスト教の国が

仏教とか神道と、混ぜたりとかは しなさそうだもんな。


“日本の神が仏教に帰依したいって言った” とか

“いやいや、仏法を護る神になった” とか

“実は、天照大神は 大日如来の化身“” とか

もう 何でもいいのかよ って なった時期が

千年くらい あったらしいけど

イエスは 実は仏陀の化身... ってことには

ならないと思う。

教会の敷地内に 鳥居は建てないだろうし。


「自然神に於いても、それは同じであろう。

身を抜け出た精ではない。

また、初めから その形で存在するものでもない。

そのものが長い時を生き、人のように修行などを重ね、霊獣となり、神となる。

これは情報の変換を行い、進化する ということだ。近隣の大陸にも見られるが、この国で完成をみた」


これは、例えば 琉地の場合

コヨーテの精霊、なんだよな。

コヨーテの 一匹が、琉地になった訳じゃない。


対して、榊は

榊っていう 一匹の狐が 空狐になった。

狐から霊獣に進化した ってこと。

死後、人に祀られて... って場合もあるけど

動物が自ら、人みたいに修行する。

ここにいる山神たちも そうだと思う。


獣神っていえば、子供を虎に食われても

虎は神だから殺さない... って感じで

動物そのものを神って崇めるところもある。

でも、それは動物だし。

他の 体は人で頭は動物 って姿の神とか、

聖獣、魔獣とかは

元々その形で生まれたり、造られたりしてる。

日本にも ぬえっているけど、異教でいえば

元々セト神、元々べヒモス って感じで。


榊たちの例は、中国とかに見られるけど

仏教が海を越えて渡ってきたように

動物が神になる、っていう文化も渡ってきた。

日本は 人だけでなく、動物も それを受け入れる。

それまでに すでに、人間や他種と関わって

他国の文化を受け入れる程の、下地となる 独自の文化を持ってた ってことだ。


かつて、“伴天連に魔として祓われ

身も魂も隠されてきた” と、聞いているが

それは 禁咒を使わねば、正当な方法では祓えなかった ということも 意味する。

また、我等には対処不能である天の者に

いくらかの術が通用する... という推測も立つ」


「天の者に?」


そう言ったジェイドを、ハティが振り向く。


「左様。朋樹の式鬼である炎の蝶や鳥と同様に

独自に変容し、進化 完成したものだ。

天の者や我等にとって、未知であるもの。

様々なものが混在する この地であるからこそ

万物から成ったであろう 白き焔の獣も降りた」


視線が自然と、泰河に集まる。


まあ、泰河は 生ハムつまんで

「チョコねぇの?」って

シェムハザに聞いてるけど。


ハティは 蛇神に向き直り

「“取るに足らぬもの” などであろうものか。

脅威と成りる存在だ」と言うと

次に、桃太に視線を移し

「また、大変に誇り高くある。

そうそう催眠にも掛からぬほど。

蟲を入れ、精神を深く閉じ込めねば

従わせるすべはなかったのだろう」と添えた。



「そして、見たところ

彼女も何かをになっている」


チョコを取り寄せたシェムハザが

空のワイングラスをジェイドに向けながら言った。


片眉をピクっと動かすジェイドに、シェムハザは

「その様な顔をするな。

俺は お前を、息子のように思っている」とか

言って、朋樹が ジェイドに

「注げ」と、新しいワインを開けて渡した。


「彼女が、って どういうこと?」


オレも チョコつまみながら聞く。

シェムハザは、白尾を見ながら言ってた。


「俺の妻と同じく、最近 生まれている」


白尾に眼を向けると、黒く あどけない眼と

視線が合う。


... 白蘭 っていう、名前だったのか


死んで、今の姿で転生したみたいだ。

元は狐の姿だったけど、狐と人の混血。


待てよ 何度 死んだ?


肩の上に切り揃えた黒髪の 紅い眼の女。


泰河と朋樹が みえる。玄翁と浅黄も。

榊の 首が...


白尾が 白い睫毛の瞼を臥せた。


「月詠の元から降りたな」と

シェムハザが言う。


「神の元から降りたのか?」


マルコシアスが聞くと

「神に取られ、再び降りた」と

ハティが答えた。


「役割を与えられているということか」


マルコシアスの言葉に、朋樹が

「そうだ。榊も、界の番人として戻ってきた」と

ハッとした顔になって、白尾を見るけど

「山の守護だろ?」って泰河が言うと

皆 無言になって、ちょっと緊張解けた。


「えっ? だって、白尾さ

戻って来た時、そう言ってたよな?」


それもあるんだろうけどさぁ

他にも何かあると思うぜ。

そういう流れの話だったしよー。


で、役割か...

イエスなら 救世。まぁ受肉した神らしいけど、

天使とかも何か使命を持って 地上に降りたりする。


均衡バランスを保つことです」


白尾が答える。


「森羅を司るよう、命じられて降りました」




********




「高天の原に 神留まります

皇が睦 神漏岐、神漏美の命以ちて

八百万の神等を 神集へに集へに給ひ... 」


バンガローのテレビ画面がブレ出した。

祝詞を唱える朋樹の肩には、シェムハザが手を置いている。


ハティと マルコシアス、山神たちは

まだ広場で、今の蟲使いのことだけでなく

キュべレやサリエル、サンダルフォンのことや

白い焔の獣のことを話し合ってて

泰河とジェイドも そっちにいるけど、

オレと朋樹は、シェムハザが “月詠と話す” って言うから、一度 バンガローに戻って来た。


テレビ画面に草原が写ると

『... なんだ?』と、画面の向こうから

月詠が、面倒そうにシェムハザに言う。


『簡単に俺の配下を使うな』


朋樹って、月詠の手下なんだ。


「サリエルは どうだ?

尋問に時間がかかっているな」


『以前、だんまりだからな。仕方あるまい。

大母神のことが、お前等に知れたのは

随分と堪えたようだが

まだ、俺の領地の魂の行方を話さん』


「そうか... 下手をすると、天に引き渡されている恐れもあるが、不当に手に入れた管理外の魂は

そう簡単には使えん。

天に引き渡していても、ウリエルが隠し持っているはずだ」


『なるほど。さて、話が終わったなら... 』


さっさと背中を向けようとする月詠に

「今日は もうひとつ。白尾について聞きたい」と

シェムハザが言うと

月詠は、眉間にシワを寄せた。


『俺の国にいるのか?』


「白尾の山だ。彼女の使命は

白い焔の獣によって、均衡が崩れるために

下したもの ということか?」


『そうだ。わかっているじゃないか』


あっさりと月詠が肯定する。

獣のこと、知ってるのかよ...


「泰河に、血が混ざっているということは

御存知だったのでしょうか?」


朋樹が言うと『お前は口を挟むな』って

怒られちまってるし。


『タイガとやらが ここに来て、見た時に知ったのだ。その後、おうなに ちらと話は聞いたが』


でも 答えはするのか。

嫗 って、泰河のばあちゃんなのかな?


『だが以前から、均衡には綻びが見えていた。

暗色の者等が寄りつく。

獣の発生が問題なのではなく、タイガと共に

地に存在するのが問題なのだろう。

時に木々が枯れ、地に穴が開くのは そのせいだ。

白尾が それらを修復する』


「獣の存在は、いつ知った?」


『千年程前だったか... 特殊なものではあるが

まあ、ああいったものもあるのだろう』


おおらかだよなぁ... 特に問題視もしてないし

さすが 何でも受け入れる この国の神って感じだ。


『獣には及ばんが、白尾も また特殊なものだ。

元の白蘭としての出生も 特殊ではあるが

心が穢れぬ。

幾度 裏切りを受けようと、恨まぬのだ。

あれならば、森羅を扱えよう。

ああ見えて 打たれ強くもあり、負けん気の強い面もあるが』


「どうも、のんびりしているが

魔人まびとが出ているぞ。泰河を狙う蟲使いだ。

榊とやらが、相手側に潜入している」


シェムハザが言うと、月詠は

『あの跳ねっ返りめ』と、ため息をついた。


『だが、まだ何か起こった訳ではあるまい。

何かあれば 力を貸さぬでもないが

基本的には、手は出せぬことも知っておろう?』


「天も泰河に目をつけているくらいだ。

各所から狙われ、混乱が起きるぞ。

大母神キュべレが目覚めれば

収拾がつかぬ事態になることも 有り得る」


シェムハザ、ちょっとイライラしてんなぁ...

普段 地上でアリエルや 城の人と暮らしてるし

地上を愛している って 言ってたもんな。


『力を貸さぬでもない と言うておろう?

だが俺は、基本的には

俺の国の者等のことを信じておる』


朋樹が眼を向けると

『わかったな? 精進せよ』と言って

画面は消えた。

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