「むっ、背広の狸じゃと?」


「そう。榊 おまえ、知り合いだろ?

銀縁眼鏡かけててさ」


狐の隠れ里、玄翁の屋敷にいる。

人里... 外は夕方だけど、里は朝だ。


「桃太じゃ... 」


榊は、切れ長の眼を 少し見開いた。

驚いたみたいだ。


「桃太殿が?」

「ならば、敵は侮れぬ... 」


同席している浅黄、羊歯や蓬も

急に真顔になった。


「あの狸って、そんな すげーの?」


榊に聞いてみたけど

「むっ」って言って黙り込む。


「術であれば、榊に並ぶであろうのう」


代わりに玄翁が答えた。


「桃太殿であれば、朋樹が化かされるのも

無理はない。

ここ 三十年程は 尾も出さず、人里にて

サラリイマンとして暮らしておった故」


へぇ... バレずにかぁ。三十年は すごいな。

オレらが生まれる前からだし。


玄翁が手を打つと、座敷の襖が開く。

着物の女の人たちが入って来て、食事の お膳を置いてくれた。


里は 早朝なのに、お膳には

魚の塩焼きや湯葉の刺身、根野菜や山菜の煮物が並んでて、感心するやら 恐縮するやらなんだけど

「日本の料亭みたいだ... 」と

オレの隣で、ジェイドが密かに感動してる。


「だよな」って、ジェイドに頷きながらも

やっぱりちょっと戸惑って、泰河や朋樹を見ると

二人は割りと慣れてる感じがした。

こいつら、料亭とかも行くのかな? って

考えてると、泰河が「温泉だと思えよ」って言う。

うん。なるほど...


「我等 野の者であれば、同じ野の者が

人や物、どのようなものに完璧に化けようと

匂いで わからぬことはないのだが... 」


えっ、そうなんだ。

それで史月は、ボティスのコインが

要らなそうだったのか。


偽史月の香水の匂いも、榊にバレないようにしてた ってことか...

化ける相手に 狼の史月を選んだのも

榊に近寄らせないためかもしれない。


「しかし、蟲で操っておったと?」

「見掛けは人、中身は魔の者 とは

どのような者であろうか?」

「史月殿の御子息などは、蟲で造り上げて

意のままに動かしておったのだろう?」


そうなんだよな...

玄翁も考え込んでるし、狐達にも見当は付かないみたいだ。


「御代わりは いかがでしょう?」


「あっ、うん。お願いします」


うーん、まだ地味に緊張する。


「しかし、桃太殿が操られたとすれば

誰が そうなっても、おかしくはない」

「気をつけねばならぬが、どう気をつけたものかのう...  虫など、そこら中におるしのう」


そう。対策とる って言ったってなぁ...


「操り蟲に、身に入られずにおることが

一番であるがのう」

「しかし、どのようにして... 」


「桃太って狸は “こっち側につけ” って脅されて

屈さなかったから、操られたんだ。

操るための蟲は、見境なく使ってる訳じゃないんじゃないか?」


朋樹が言う。確かにそうかも。

操るための蟲は 遠隔じゃなくて、直接 操る対象に入れなきゃいけないのかもしれない。


さらに、昨日 女郎蜘蛛が出たことや

蟲関連の仕事が多いこと

ボティスのコインが三枚盗まれたことを話す。


「... その蛇神の古銭を盗まれたとあらば

そ奴等が接触して参った時、こちらが化けておっても、化けは見抜かれるということであろうのう」


「蟲の仕事が多かった、ということは

古銭を盗む目的もあり、朋樹等を間近に観察するためでもあったと見える」


「わざわざ、伴天連のジェイド殿を

名指しで勧誘したとあらば

やはり、伴天連が脅威であるのか

又は、そ奴等が敵対するものに

ジェイド殿を対応させるためであろう」


狐たちの話に、玄翁は頷き

手を叩いて お膳が下げさせると

今度は、テーブルが運び込まれて

抹茶と和菓子が出された。


「そ奴らが、いつから観察しておったか

また、何故 今動き出したか、ということも

考えた方が良かろうのう」


桔梗をかたどった 上品な和菓子に

竹串を入れながら、玄翁が皆に言う。


「いつから... っていってもなぁ... 」


泰河は 一口で和菓子食って

でかい抹茶の碗を片手に持って飲む。


オレも考えながら、和菓子は食っちまったけど

ジェイドは まだ和菓子を眺めてた。


「泰河や朋樹が思い当たらぬのであれば

そ奴等は、先に

伴天連のジェイドに目を付けたのだ としたら

どうであろう?」


榊が口を開く。


「時に、教会の墓地に

何かがおる気配があるのであろう?」


えっ? て 感じで

ジェイドと朋樹が眼を合わせた。


灰になる預言者のこともあって

目に見えないから、天使かと思ってだけど

視線の主は、堕天しかけた天使じゃない ってことか?


... そうだ。考えてみたら おかしい。

灰になる預言者は、サンダルフォン側の下級天使だ。

それにオレらは、サンダルフォン側から

ずいぶん長いこと見張られてるみたいなのに

ジェイドも それに全く気付いてなかったんだから

視線の主が、サンダルフォン側じゃないことは

確かだ。


ジェイドは墓地で、視線に気付くと短く祈る。

それでいつも、逃げるように 視線の主の気配が消える。


悪魔と繋がっていて、堕天しかけている天使だとしても、まだ天使でいる間は 祈りが効かない。

天使だとしたら、ジェイドに気付かれたって

逃げることねーよな。

オレらは、天使に対して無力なんだし。


「だが、ハティは

“地界の者の痕跡はない” と言っていた」


そう。ハティは、墓地を見回ったことがある。

自分の配下だとか、地界のヤツが地上に居たなら

その痕跡が残るらしいんだけど、墓地に それはなかった。


「キュべレ側でもか?」


朋樹が聞く。

キュべレ側... 堕天使じゃなく

元から悪魔のヤツらだ。


「それは、そうなんじゃないか?

キュべレ側の者も、地界の者だろう?」


「じゃあ、視線の主は人間?」


オレが口を挟むと、泰河が

「人間なら消えねぇだろ」って言う。


「だって、なら何だよ?

地上に棲む悪魔?

それだって “地界の者” じゃん」


シェムハザもそうだし

死神とかも 地上に棲んでるらしいけど

なんか、カテゴリーが違う気するんだよな。


例えば、シェムハザの痕跡があったとしたら

ハティは わかると思う。

同じ堕天使だっていうのもあるけど

地上に棲んでても “地界の者” って見なすと思う。


同じように、地上に棲んでいても

死神については、また違う。


悪魔なら “地界の者” だけど

死神は “死神”。

天使なら、仮に地上に棲んでたとしても

“天の者”。

そういう感じで、種で分けてる。

で、ハティは 地界の者の痕跡... つまり

悪魔の痕跡はない、って言ったんだし。


「人には、儂等のような者は

おらぬのであろうか?」


榊が言うけど、狐みたいな人間?


「儂等は、元は野山の獣であったが

現在いまは このように、霊獣と呼ばれるものじゃ。

人には、その様な者はおらぬのかのう?」


「ああ、狐から霊獣

天使から堕天使や悪魔、のような感じかな?

魔女なら、元々は人間だけど... 」


ジェイドが答えながら、一度 言葉を止めた。


「... 人間、人型である ってことなら

スクブスや インクブスの子は、半分 悪魔の子だ」


スクブス... 女型の夢魔サキュバスが

人の精を受けて、孕んだ場合や

インクブス... 男型のインキュバスが

人に孕ませた場合、悪魔の子が生まれる。


「または、天使が堕天して

地界ではなく、地上に立つことがあるように

悪魔が、天に戻る段階で

地上で人に生まれて、過ごすことも... 」


こっちは、元悪魔の人間 てことか。


「ああ、そういうのならさ

山姥とか産女もそうじゃねぇの?

元は人間だったみてぇだし。

鬼女とか怨霊もとかさ。

生きたまま そういうのになっちまうヤツもいるし、死んでからなるのもいる。

別に 普通の人なのに、差別で蔑称つけられて... って場合もあるしな。土蜘蛛とかさ」


「“田を返せぇ~” のヤツとかも?」


「おう、泥田坊な! 尻目も もしかしたら... 」


泰河と二人で盛り上がり出すと

「そいつらが “地上を悪魔や天使の好きに” だとか

言い出すのは考えづらい」って

朋樹が話を切った。


「ジェイドに、“伴天連だってニンゲン” だと言ったんだから、自分達も人間だ って言ってるってことだろ?

“反キリスト” だって名乗ってるんだからな」


じゃあ 悪魔の子か、元悪魔ってこと... ?


「だから、なんで消えるんだよ?」


泰河が朋樹に言うと

「史月のにせ息子見ただろ?」って返してくる。


「蟲を あれだけ好きに操れるんだぜ。

墓地でジェイドを見てたのは、蟲の眼を通してなんじゃないか?」


「けど、ジェイドが視線に気づいて祈った時

そいつの姿は見えないのに、黒い影なら見たことあるんだぜ」


オレも言うと

「蟲に小動物か何かのかたちを取らせて

バラけさせたならどうだ?

地を這う蟲なら、草の下に紛れれば わからんぜ」

とか答えたけど

だとしたら やっぱり、かなり厄介なんじゃねーの? 虫って どこにでもいるだろ...


「今のところだと、見た目に ただの虫なら

大丈夫だってことになるね」


やっと和菓子の桔梗に竹串入れながら

ジェイドが言うけど

「えー、もうなんでだよ?」

「ただの虫かどうか 見分けつかんだろ」って

オレも泰河も噛み付く。


「誰かを操る場合は、そいつが

操る対象に入れなきゃいけないし

蟲自体を動かすなら、蟲で何かの象を造らないと

いけないみたいじゃないか」


あ、そうか...

一匹だけ飛ばして何かする ってことは

ないのかもな。


「普通の虫じゃねぇし、式鬼に近いな」


朋樹が言うと、榊が

「先の 動く絵画の折りのゲジなども

そやつの仕業であろうか?」と、泰河に聞く。


「ああ、かもな。

おまえらが見たビスクドールのムカデも

そうじゃねぇの?」


「黒いムカデだったな」って言う朋樹に頷く。

桃太っていう狸の耳から出たトンボも黒かった。


「ふむ。ゲジも黒色であった故

黒蟲使いのようじゃのう。

そ奴は、まず伴天連のジェイドに目を付け

周りにおるルカや、泰河、朋樹も

観察したのであろう」


「ならば、今 動き出したというのは... 」と

浅黄が言うと、玄翁の眼が泰河に向いた。


「血に混じりしものを

嗅ぎ付けたということであろうのう

近頃、泰河の影には

時折 白き焔が上がって見えるからのう」


「影に?」


つい、朋樹より先にオレが聞くと

榊がオレに頷いて

「儂も つい先程 聞いたのじゃ。

玄翁のみにしか 見えぬものであるが

神獣のものであろう」と言う。


なら、朋樹の影で

それを掴め ってことなんだろうか?


座敷の襖がノックされて、少し開くと

さっき、お膳の支度をしてくれた着物の女の人が

顔を覗かせた。


「六山の真白ましら様より、書状が届きました」


羊歯が受け取り、玄翁に渡すと

玄翁が書状を開き

「明日の夜、四の山にて会議のようじゃ」と

テーブルに書状を置く。


「さて、まだ解らぬことは多いが

相手が どのようなものであるか

大凡おおよその見当はついたのう。

羊歯、蓬。

若き者を連れ、黒蟲の情報を集めて参れ」


玄翁に命じられて、羊歯と蓬が座敷を出た。



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