罪の女 5


倉庫のドアは開いていた。


マリアは服を裂かれて マットレスに倒れており

フリオは、テーブルの隣に 血まみれで倒れていた。


「フリオ!」


アロルドが フリオの元に駆け付け

僕は、マットレスの隣にしゃがみ

マリアの胸に手を当てる。


... よかった。生きてる。 よかった。


ソファーの下に落ちていたパーカーを拾って

マリアに掛けた。


ユーリが 救急に電話を掛けながら

ざっと倉庫から まずいものを拾い集めている。


「フリオ... 」


フリオは、腹を刺されていた。

床には血が拡がっている。


震える手で、腹の傷を圧迫すると

フリオが眼を開けて、僕を見た。


「... ジェ イド」


「喋るな、フリオ」


ごめん ぼく と、浅い息をする。


「フリオ、しゃべるな。後で聞く」


「ぼ く、君たちと...

なかよく な たくて... 」


アロルドが フリオの手を握る。


「フリオ、もうすぐ助けが来る」


もう 来たよ、と

フリオが眼だけを動かす。

アロルドに ユーリに 僕に


「ダメだ、フリオ」


ユーリが「起きろよ」と、肩を叩く。


「ぼく、教会 で... き みを みた... ことが」


フリオ


「友達だろ? フリオ」


僕らから 離れるな


やっと、サイレンの音が近づく。


フリオは「ありがとう」と笑って

眼を閉じた。




********




「... 外で車の音がして、男が 3人だったわ」


マリアは、目立つ外傷はなかった。


マリアがいた組織の元締めのチンピラだ。


“アシは洗わせてやる” と、そいつは言って

一緒に来たヤツ 二人に マリアは。


「フリオは、私を助けようとして... 」


殴られ 蹴られても、必死にマリアの近くに来て

カッとした 一人に刺された。


フリオは、集中治療室にいる。


死なない。絶対。


「行って。フリオに近くに。

フリオが起きてから、戻って来て」


僕は、病室を出て

集中治療室へ向かった。



集中治療室の前には、アロルドとユーリ。

僕の着替えを持ったヒスイと、父がいた。


「... フリオの家族は?」


僕が聞くと、ユーリが首を横に振る。

連絡が行ってないのか... ?


「ジェイド、着替えて手を洗え」


一度 洗ったのに、手は まだ赤かった。


トイレで着替え、治療室の前に戻る。


「彼は、フリオ・デル ラーゴ ね」


僕が ヒスイに頷くと

「同じ教会に通っていたわ。

私、何度か話したことがある。

彼は、ジェイドにも話しかけてたわ」と言う。


「まだ、小さな時よ。

でも、学校の近くでも見かけたことがあったわ。

私たちと同じ学校の生徒だと思ってた」


フリオの、と ユーリが 口を開いた。


「親なら、来ない。

フリオは 母親の不貞の子だ。

最近 調べられて、父親に知れ、本人も知った。

世間体があるから放逐されなかっただけで...

家は、弟が継ぐ」


昨日、フリオから聞いた と、ユーリが言う。


家系を継ぐための、一応の検査で

それが わかったようだった。


フリオは、実の母親からすら

存在しないかのように扱われたらしい。


ナポリの路地で ひとり立ち尽くしていた

フリオの影を思う。



... ああ そうだ。


幼い頃、教会で

バイオリンを弾いた子がいた。


元貴族だからなんとか って

大人たちが言っていた。


あれが、フリオだったんだ。


集中治療室の ライトが消えた。




********




「... どこにいるって?」


「ナポリだ。駅近くのバールにいる」


ユーリに、売人のブルーノから連絡が来た。

元締めのチンピラが

まだナポリのカフェ... バールにいる。


父は、僕らを止めなかった。

ヒスイも。


ユーリが車を停めて、降りると

バールの前にブルーノがいて

「奥の席の、いかにもなヤツらだ」と

僕らに教えて、ふらふらと歩いて行った。


バールの中に入り、店員を無視して

奥のテーブルまで進むと、そいつらがいた。


壁を背に座ってるのが元締めだろう。

歳は 20代後半くらいか。黒いブランドスーツ。

あとの二人は、単なる腰巾着だ。


「なんだ? ガキ共。ナポリのヤツらか?」


「いや」


僕は、テーブルの空いてる席

そいつの正面に座った。


「仕事でも欲しいのか?

ローマでなら、俺の下で... 」


「おまえからマリアを逃がしたのは、僕だ」


瞬間、そいつの顔付きが変わったが

すぐに口元を緩ませた。


「いい女だろ? 地味だが、ベッドではさ」


アロルドが 僕の背後で笑った。


「その地味な女に フラれたんだろ?」


ユーリが「ダサいヤツだ」と

テーブルに唾をいた。


両脇の二人が立ち上がろうとするのを

そいつが止める。


「そうだ。ダサい俺は、マリアを

こいつらに倫姦まわさせたんだ」


殺してやりたかった。


「あいつは何て言ったっけ? フェリオ?」


「フリオ・デル ラーゴ」


声が震える。


右側のヤツが 笑いながら口を開く。


「ぼくが護るぅ とか、うるさくてな。

しつこかったから、思わず手が滑ったが」


フリオは 死んだ


僕が立ち上がると、正面の そいつは

「おいおい、オレは見てただけだぜ?」と

笑った。


「そうか」


テーブルに乗り

フォークをそいつの左眼に突き立てた。


「見てたのか」


スプーンを使って 眼球を抉り出すと

薄汚い呻き声が響く。


両脇のヤツらは、唖然としている。


「僕は、この手で

おまえの内蔵を掻き混ぜてやりたいよ。

次に会ったら やるつもりだ」


スプーンをテーブルに置き、口に入れる部分に

フォークが刺さったままの眼球を乗せる。


パトカーのサイレンが近づいて来た。




********




僕らは すぐに、釈放された。


眼を抉ったことについて。

父は、僕に『よくこらえたな』と誉めた。



3日後。


僕は父と、ローマの屋敷にいる。


品が良く、いるだけで人を畏縮させる老人が

「話は着いて、金は払ったはずだ」と言う

父と 僕の前に

自分の息子の 一人だ、と

僕が目を抉った男を出してきた。


「... お前は、ナポリに行ったか?」


老人の質問に

眼帯をした あの男が「はい」と答えると

老人は手にした杖で、男を殴る。


「話が着いた娼婦を犯させたか?」

「未成年を刺させたか? 死なせたか?」


質問が済んでも、老人は殴りめなかった。


男が膝をつくと、ようやく老人は杖を捨て


「お前の眼を抉ったのは 誰だ?」と、聞く。


父が隣で僕を庇おうと、僕の前に片手を出したが

僕は どうでも良かった。


このために、ここに僕と父を呼んで

男を打ったのか。


そう思った。


「... フリオ。フリオ・デル ラーゴです」


何を と、隣で父が呟く。


フリオ?


フリオが、どうして ここに出て来るんだ?


「もう 一度、客人にも聞かせろ」


「わっ... 私の眼を、抉ったのは

フリオ・デル ラーゴです!」


老人は「死んだ者に罪はあるか?」と

男に聞く。


「ありません。

主は、すべて赦してくださいます」


「お前が憎むのは誰だ?」


「おりません。もう、主に赦されておられます」


「お前も、赦されたいか?」


男は震え上がった。


「次に お前が、客人の前に出た時は

客人が お前に赦しを下さる。

二度と勝手なことはするな」




********




フリオを刺した男は収監された。


フリオの遺骨は 砕かれ、海に散骨された。



「チロ」


僕は、チロのスタジオにいる。


チロは僕の左胸に、裂目を彫った。


これは、フリオだ。


僕は、君を忘れないけど

君は僕と こうして 一緒にいてくれ。


僕は、君みたいに 強くないから。


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