18


「それは、本当なのか?」


朋樹んとこの おじさんが、ミキさんを連れて

集落に戻って来た。


ミキさんは 今、自宅で休んでいるようだが

オレと朋樹は おじさんを外に呼び出し

川本のおっさんから聞いた話を 聞かせたところだ。

旅行者の女の人二人を、ミキさんが

集落の神社に 贄として拉致させたことを。


「川本さんが言ってることが、本当ならな」


「いや、川本は嘘はつかん。しかし... 」


おじさんは戸惑っている。


「ミキさんて、自分で 腕切った って聞いたけど」


オレが言うと、おじさんは

「集落の男三人が、家に押し入って来たんだ。

俺には “男たちから逃れるために、神に降りてもらおうとして腕を切った” と、ミキさんは説明した」と、難しい顔になった。


「だいたいさ、巫女だっていうけど

神域を血で穢すのは おかしいぜ。

“贄” って何だよ? 神饌のこと言ってんのか?」


神饌 というのは、神に捧げる供物のことだ。

捧げられるものは 神や神社により様々だが

酒や餅、米や野菜や果物、昆布や魚など。

元々 人間だったものを祭り上げて神にした場合は

煙草などを捧げたりすることもあるようだが

人間や血液を捧げる という話は 聞いたことがない。


朋樹が 小バカにした口調で言うと

おじさんは、ため息をついた。


「ミキさんは、自分が正しいと思うこと以外は

受け入れない人なんだ」


神託を賜る、という話から

おじさんは ミキさんと

神や供物についての話も したことがあるらしい。


「日本にも、人身御供ひとみごくうというものはあったが

何か、他の国の宗教とも混同している様でな。

それも生け贄という、ずいぶん古い物だ。

現在では邪教として扱われかねない」


でも、それが正しいと思っている。

自分には 神に選ばれた血が流れ

有力者の家系に生まれたのだから... と。


「この集落が彼女の世界だ。

都合の悪いことを無視しても、それが罷り通ってきたからな。

獣霊の類いに たぶらかされてきたことも

一因としてあるだろうが... 」


やり方がおかしいのが何故かは、なんとなくわかったが、そういう人が集落のために

神に祟りの解消を願うんだろうか?

なんか しっくりこない。


別に、祟り云々の話がなくても

家系や巫女の血筋のおかげで、集落の人たちからは、充分に特別視されているはずなのに

なんで、拉致や自傷までして

香香背男を降ろそうとするんだ?


おじさんは、黙っているオレらに

「ミキさんにとって、神とは 畏れ敬う対象じゃない。簡単に言えば “すごいもの” だ」と言って

余計に言葉を失わせ

「自分が それになりたいんだよ。

もっとうやまわれるために」と付け加えた。




********




少し離れたとこから、透樹くんの祓詞が聞こえる。

少ない戸数に見えるが、厄祓いは

まだ終わっていないようだ。


「榊さんは? ジェイドと琉加も

まだ 川本の家か?」


おじさんの口から、ジェイド とか ルカ って聞くと、なんか新鮮だ。


「ああ。川本さんも おばさんも楽しそうでさ。

どうせ物忌み中は寝ないから、居ていい って。

オレらも 川本さん家に戻るけど。

親父さ、川本さんのこと

事前に 透樹かオレらに話しとけよな。

いろいろ誤解したんだぜ」


朋樹が言うと、おじさんは最後の方は無視して

「川本には、娘二人と 息子が 一人いるが

全員、集落を出てるからな」と

川本さんの家の方を見た。


そうか。子供の話が出てなかったから

おっさんが 奥さんを “母ちゃん” って呼ぶのに

違和感があったのか。


家の灯りがついているのは、川本さんの家と

ミキさんの家だけだ。

外灯も少ない集落は、すっぽり山に飲まれているように見える。


物忌み中は、灯りも消すんじゃなかったかと

おじさんに聞くと

「異形の者が出た時の囮だ」と 物騒なことを言う。


「それ、いいのか?」


「ミキさんは 本気で自分が囮になると言って

灯りを点けているが

川本は言うことを聞かんだけだ。

集落の人たちの手前、川本も囮 ということにしてあるんだよ」


つまり、二人とも言うことは聞かない と。

川本のおっさん、ちょっと困ったおっさんだよなぁ... まあ、あの人は なんか大丈夫そうだけど。


「俺は今から、ミキさんのとこに戻るが... 」


おじさんが途中で言いめた。


どこからか、透樹くんじゃない声が聞こえる。


「... 如是 我聞 一時 佛住 王舎城 耆闍崛山中 與大比丘衆萬二千人倶 皆是阿羅漢 諸漏已盡... 」


これ...


「... 無復煩惱 逮得己利 盡諸有結 心得自在... 」


法華経じゃないか... ?


「遠くないぞ、どこだ?!」


おじさんと朋樹が 辺りを見渡す。


だが法華経の声は、鐘のように

集落中に響いたと思えば、遠くなったりを

繰り返す。


オレのスマホが鳴った。ルカだ。


『誰かが、家の周りを歩いてる。

お経を唱えてるみたいだ』


オレは、ルカには答えず

「川本さんの家だ!」と、二人に言い

川本のおっさんの家に走った。


うわんうわんと法華経の声が響いては遠ざかる。


川本のおっさんの家の門に入り

家の周りを回るが、何かがいるようには見えない。


「泰河」


追い付いた朋樹が オレの肩に手を置き

短い呪を唱える。


... いた。ほんの2メートルくらい先だ。


丈の合わない着物の下から

不揃いのふくらはぎが出ている。

片方は筋肉質で毛深く、片方は白く細い。


「おい」


呼び掛けてみたが

そいつは こっちに後ろを見せたまま振り返らず

裸足の足で地面を擦って進む。

一歩 進むごとに、外壁を 一度 叩いている。


おじさんが 大祓詞を唱え出し

朋樹が しゃがんで、地面に手のひらを付けた。


不揃いの足の下から棘の蔓が伸びて

脚に巻き付いていくが、膝まで伸びる前に

蔓は枯れて塵になり、ばらばらと地面に落ちる。


そいつに駆け寄り、やけに細い背中を掴もうとしたが、手は ただ くうを掴んだだけだった。


「おい! こっち向けよ!」


そいつには オレの声が聞こえないのか

ず ず と、足裏を擦りながら

外壁を拳で叩き、法華経を唱え続けている。


そいつが 外壁の角を曲がり、家の裏に位置する

庭側の窓を叩き始めた時に

内側から 大きく窓が開いた。


川本のおっさんだ。


「ちょっと、おじさん... 」


ルカとジェイドが、開いた窓から おっさんを引き離そうとし、窓を閉めようとしているが

おっさんに顔を向けた そいつに眼を向ける。


オレから見えたのは、そいつの横顔だ。


通常、耳がある位置に 耳はあるが

削いだ物をまた付けたように、斜めになっている。


顔は 男だが、胴は 女だ。

襟口がはだけた着物の中の胸が膨らんでいた。


「俺は、お前を畏れん」


川本のおっさんが、そいつに言う。


そいつは、太さが違う両腕を

おっさんに伸ばした。


「お前は もう無いものだ。存在 出来ん」


おっさんは そう言うが、そいつは

おっさんのズボンの生地を握って掴んだ。


なんでだ?

オレはさっき、こいつに触れなかったのに...


ルカが庭に降りて、そいつの腕を掴もうとしたが

ルカの手も、さっきのオレと同じで 空を掴む。


ジェイドが ジーパンから小瓶を取り出し

蓋を開け、中身を そいつにかけたが

聖水は ただ地面を濡らしただけだった。


そいつは、おっさんにすがるように

片手でズボンを掴んだまま、片手を上に伸ばす。


ルカが 琉地を呼ぶが、飛び掛かった琉地は

そいつをすり抜けた。


「泰河! どけ!」


背後の朋樹の声に振り向くと、朋樹は

式鬼札を飛ばした。


式鬼は白い鳥となり、おっさんのズボンを掴む腕に追突し、腕を切断すると、夜気に消える。


また朋樹が 式鬼札を飛ばした時、家の中で

おばさんを庇うように立っていた 榊が

「やめよ!」と、叫んだ。


式鬼札が尾の長い炎の鳥となって

そいつに追突し、そいつを焼いた。


炎の中で、そいつがバラけていく。


耳が落ち、頭が落ちた。

脚の 一本が外れ落ちると、伸ばしていた腕も

肘から先を失った腕も落ち

胴が地面に落ちると、残った脚も横たわる。


バラバラになった そいつが消えると

集落の あちらこちらから、声が聞こえてきた。


ぎゃあ という叫び声や

いたい、助けて という声。


「なんだ... ?」


おっさんの家の表に回り、声がする方へ駆ける

朋樹と おじさんを追うと

近くの家から、人が出て来て

崩れるように地面に座り込んだ。


傍に走った透樹くんがしゃがみ

「大丈夫ですか?!」と、背に手を添えている。


「透樹!」


透樹くんの近くへ走ると、背に手を添えられた人は「痛い いたいいぃっ... 」と、右手で左の肩口を押さえている。

「焼かれる... 焼かれるぅう... 」


さっきの 式鬼札か?


朋樹が 愕然とした顔になった。

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