昼飯が終わると、オレと朋樹が 洗い物を命じられ

今は 居間でコーヒーをもらっている。

榊のみ 羊羮も もらっているが。


透樹くんは、ジェイドやルカ、榊と話し

少し機嫌を直して 神社へ戻って行った。

おじさんの表情も、幾らかマシになって見える。


朋樹が ちらっと榊を見ると、榊は “む?” と

口の羊羮を飲み込み

「父上殿。神降ろしの間のことであるが... 」と

口を開く。


「あれが、泰河の身に入っておるのだな?」


おじさんは、ふう と息を吐き

朋樹を睨むが

「暫し、お待ちになっていてください」と

居間から出た。


裏の拝殿は、神降ろしの間っていうのか...


表の本殿の祭神は伊弉諾尊いざなぎのみことだが、裏は聞いたことがなかった。


ん? “神降ろし” ってことは

神が祭られている訳じゃないのか?


あの拝殿の中って、何もないんだよな。

6畳くらいの板の間で

照明もないから、灯火を置く台だけが

前の方にポツンとある。


「榊さんも、あの獣 見たの?」


ルカが聞くと、榊は

「ふむ。現世うつしよのものではあろうがのう... 」と

首を傾げ「あれには 影がない」と言う。


朋樹が ふと

無言で 榊に眼を向けた。


「影がない? 実体がない ってこと?

でも、山ではあった気するんだけどー...

泰河は食っちまったしさぁ」


ルカって 相変わらず軽いよな...

オレ、そのこと覚えてねぇけど

こんな言い方する話でもない気がする。

まぁ、こいつの こういうとこに

救われる時もあるけどさ。


「琉地みたいなものなのかな?」


ジェイドが言うと、榊の隣に白い煙が凝った。

琉地だ。


「のっ!!」


榊の黒髪の毛先が ざわっと逆立ち始め

二つ尾が帯の下に出た。

立ち上がり「これはっ!!」と焦っている。


そうだ... 琉地は コヨーテの精霊で

見た目は狼に近い。狐は 犬や狼を怖がる。


「落ち着け、榊!」

「大丈夫! こいつは犬でも狼でもない!」


オレと朋樹が宥めるが

ルカも、榊が狐ということを思い出し

「琉地。ここ、お座敷だからさぁ

ちょっと庭で遊んで来いよ」と、撫でて

琉地を外へ出るよう促す。


琉地は 榊の匂いを嗅ぎたそうだったが

庭の鹿威ししおどしに興味を持ったようで、狐のような尾を上げて居間を出た。


「むう... 狼犬オオカミいぬではないか... 」


榊は まだ警戒している顔で座り

「あのような者を隠しておったとは」と

二つ尾でパタパタと畳を打った。


「ごめんな、榊さん。

紹介しとけば良かったよな。

オレの相棒なんだ。怖かった?」と聞くルカに

「何を。怖いことなどあるものか」と強がり

「きっと僕のことみたいに、すぐに慣れるよ」と、ジェイドに言われ

ふん、と横を向く。


「意外と かわいい人なんだ」


ジェイドが付け加えると

「むっ。 儂は齡三百であり、小童こわっぱなどに そのような... 」と、ふんふん鼻息を荒くしているが

おじさんが戻って来た。


おじさんは、テーブルの上に

無言で 古く細長い木箱を置き

朋樹が手を伸ばすと、木箱を自分の方に引き寄せた。


「じゃあ置くなよ... 」


聞こえるような小声で 朋樹が ぼやくが

おじさんは無視して、厳かに口を開いた。


「これは、うちに代々に伝わる物だ」


「いつから?」


「知らん。うちの神社の歴史を考えれば

800年か 900年程前だ」


結構アバウトだな... 12世紀頃か。


「わっ、すげぇ! 平安時代とかじゃね?

檀ノ浦の戦いとかって、1185年だよな?」


おじさんは ルカに頷き

「鎌倉時代に入った頃だ」と 木箱を開けた。


中にあるのは、木箱より古びた巻物で

おじさんが、そっと取り出して

テーブルに静かに広げた。けど、達筆すぎて読めん。


開いた巻物には、ミミズ文字が縦に並ぶ。

読めても 意味 解らなそうだな。

オレ、古文とかダメだし。


かろうじて読めたのは、最初の “文治三年” だけ。

文治ってのは、日本の元号のひとつらしい。

習ったのかもしれんが、そんな覚えすらないぜ。


「1187年か... 」


朋樹が言うけど、ジェイドは当然として

オレもルカも「へー、すげぇ」

「古いんだな」くらいのことしか言えねぇし。


玄翁げんおうは生まれておるのう」


あっ、そうか。玄翁は 千年 生きてるんだよな。

なんか その方が すごい気がする。


「ここにあるのは、白い神獣の記録だ」


「えっ、いきなり核心じゃん!

おじさん、もっと勿体ぶるかと思ってたぜー」


おじさんが ルカを睨む前で

朋樹と榊が、巻物の文字を眼で追う。


「... 朋樹の祖先は、見ておるようじゃな」


「... でも、待てよ。“身の血 ふつせり”?」


中途半端に開いていた巻物の先を開こうと

朋樹が 指を伸ばすと

おじさんが巻き戻し出した。


「まだ 続きあるんだろ?」


朋樹を無視して、おじさんは巻物を木箱に戻す。


「これが書かれた頃は

絵巻物が多数 書かれた時期だった。

物語のひとつとして捉えていたのだが... 」


巻物の内容は、“神社に 白い焔の神獣が降りた” というものだ。

形は 天馬のようであり、触れたものは

血を沸騰させて亡くなった... と。


「何故 降りたのかは、明確に書かれていないが

神童のような子がおり

“知らぬ言葉で祝詞を唱えた” とはある。

この頃 付近は、世が移り行く不安定な時期でもあり、物だけでなく人も拐うなどの略奪や 乱暴狼藉も横行していた」


へぇ。なんか荒れてたんだな。


「人々は 神に平穏を祈った。

なかなか世は変わらなかったが。

神社にまで賊が押し入った時に、子供が祝詞を捧げ出した。誰も知らない言葉で。

白い炎の天馬が降り

天馬を捕らえようとした賊の血を焼いた。

その後、世は平穏を取り戻した。

ここには、そういったことが書いてあるんだ」


「ふうん... 本当に昔話みたいじゃん。

おもしれー」


ルカが「なあ」と言うので

「おう。その獣って、いいヤツっぽいよな」と

適当なことを返すと

「人の血を焼くものがか?」と

おじさんに厳しい眼で見られた。やべぇ。

こうなると、だいたい説教が続くんだよな...


「裏の拝殿は、それを祭るためなのか?」


説教が始まる前に、朋樹が口を挟む。


「いや。昔はやしろに祭っておらん神からも

よく神託を賜っていたそうだ。

そのための場所だった。

だが、二度と天馬が降りることもなく

神童のような子も、天馬が去った後は

自分が唱えた祝詞を忘れてしまっていた」


その子は死後、神として祭り上げられ

表の拝殿... 本殿から、右にある鳥居を抜けた先の

竹林の道の奥

伊弉冉尊いざなみのみことを祭っている小社の近くに

祠が建てられているらしい。


「巻物の続きは、子供の祝詞か?」


朋樹の質問に、おじさんは答えず

「母さん、茶を」と、台所の おばさんを呼ぶ。


おばさんが、急須と湯飲みを持って来て

テーブルにサブレの皿を置き

おじさんに茶を淹れながら


「朋、あんたは天馬に会っているわね。

10歳の時よ。

泰ちゃんと、ここに戻ってきた時

泰ちゃんは白い炎に包まれて見えたのよ」


「もう 大変だったわー」と続け

榊と 一緒にサブレを摘まんでいる。


「架空の伝承ではないと、わかったのは

その時だった」


おじさんは「まったく、お前たちは 子供の時から

面倒ばかり起こす... 」と 熱い茶を 一口飲み

説教が始まりそうな雰囲気だったが

「これを飲んだら、裏の拝殿へ行く」と

言っただけだったので、密かに胸を撫で下ろした。

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