白い月の下 6

笑顔の玄翁と不機嫌な真白爺を連れ

洋館の前庭へ戻った。


二番手の狸も、また茂みにおるのう····


茂みの近くには、腕を組んだ男と女がおる。


「私、やっぱり怖ぁい」

「大丈夫だって。何も出ないからさ」


ならば何故来たのであろうか?


「多いんだよな、ああいうヤツらも」


朋樹がゲンナリした顔で言う。


「あれはな、彼女の前で

度胸があるところを見せたいという

哀しい男のプライドなんだよ。

かっこいい、頼れる って思われたいんだ」


泰河が遠い眼をして男女を見る。


聞けば、まだ学生時分の頃

当時の交際相手を伴い、泰河も男女と同じように

肝試しに繰り出したと言う。


「彼女は震えながら泣いて

オレにしがみついて来たんだけどさ。

オレ、見えなかったんだ」


泰河は「どこどこ?!」と

嫌がる彼女を連れて霊に近付いたようじゃ。


「度胸があってもさ

フラれる時はフラれるんだよな」


ふむ。それは度胸とも言えぬ。

遠い眼で語ることでもあるまいのう。


男女の横の茂みが揺れる。


「きゃっ!」

「なっ! ···· い、いや、大丈夫だって。

きっと動物か何かだよ」


動物には違いあるまい。狸であるからして。

だが、のそりと出て来た者は

またしても珍妙なものであった。


手足の生えた達磨じゃ。何故こう····


固まる男女に凝視されながら

片眼のみを黒くした達磨は筆を差し出す。


「眼を入れてくれんか?」


「あ、はあ····」


男の方が筆を取り、達磨の眼を描き入れると

「かたじけない」と、達磨は茂みに去る。


「何だったのかな····」

「ダルマに見えたけど····」


男女は達磨が消えた茂みを見つめておるが

隣で玄翁が口を開く前に

「残るは浅黄であるの!」と

儂は浅黄が潜む洋館に

玄翁を引っ張って向こうた。


洋館に入ろうとした時に、中から悲鳴が聞こえ

バタバタと走る数名の足音がした。


何じゃ? と、思うておると

幾人かの男女が洋館を走り出て

そのまま、片側の外れた鉄柵の門から

押し合うように転げ出て行きおった。


中からはまだ

「ああ···· 来ないでくれ····」と

人が懇願する声がする。


覗いてみると、正面の二階へ続く階段の途中に

二人の男がおった。

一人は腰が抜けており、立ち上がれぬようじゃ。


階段が、ギッ ギッ と軋む。


「わををぐえぇ····」という

妙にくぐもった低い声。


身体中に古びた包帯を巻いた浅黄じゃ。

顔のみは出ておるが、その顔にあるのは

鼻や眼の位置に、窪みの凹凸のみ。


ノッペラボウではないのう。

顔の上に、もう一枚

穴のない皮膚を貼ったような感じじゃの。


浅黄が喋ると、口の位置は皮膚の中で

開いたり閉じたりする様子が見て取れる。


片腕だけを伸ばし、包帯の取れかけた指先を

何度も何かを掴むように動かしながら

階段を降りて来るが

その指先は腐敗の色に変色しておった。


むう····匂いまでさせるとは。考えたのう。

人が腐敗する匂いが漂うてきた。


「わをを····」


皮膚の中の口が言う。

顔を と、言うておるようじゃ。

先程のは「顔をくれぇ」じゃの。陳腐じゃ。


ふむ。これは浅黄が最近

スマホンで観ておった映画の、マミーという奴であるの。洋物を持ってこようとは。

それに工夫し、顔に一枚皮を貼ったようじゃな。


階段の途中で座り込んでおる者の隣に

もう一人も へたり込んでしもうた。


浅黄マミーが歩みを躊躇する。

このままでは掴まねばならぬ距離じゃ。


「おい! 大丈夫か!?」


泰河と朋樹が階段を駆け上がると

座り込む二人を引き摺って階段を降り

洋館から救出した。


「おまえらは逃げろ。後はオレらが何とかする」


「で、でも、あなたたちは····」


「ヤツが出てくるぞ! 早く行け!」


共に逃げれば良いのにのう。


男二人は「オレらは祓い屋だ」と自己紹介をする

朋樹に背中をパンパンと払われ、鉄柵へと駆けて行った。


「勝者、狐!」


達磨狸が戻る前に鼬が言う。


洋館を出て来た浅黄を、玄翁が

「たいしたものである! ようやった!」と

誉めると、浅黄は嬉しそうに照れて笑うた。




********




人化かしの夜が明け、今宵は総勢術であるが

まだ明るい午後。

儂は、風夏がおるかと神社へ向こうた。


社の裏には、風夏が膝を抱えて座り

隣に桃太が座っておる。


「榊さん」


風夏が立ち上がる。


「昨日は、ごめんなさい。私····」


「良い。気にするでない」


儂が笑うと、風夏も強張らせた顔をゆるめた。


隣に座ると、また風夏の話を聞く。

柚葉のことばかりじゃ。


一頻ひとしきり話を聞くと

今日も風夏に、飲み物を買いに行かせた。


「榊、幽世で人神様は何と言われた?

風夏は柚葉に会えるのか?」


桃太が聞くが、儂は首を横に振る。


「そうか····」


風夏が飲み物を持って戻り、儂にオーレを渡し

桃太には、ソーダの缶を開けて

両前足に挟ませて持たせる。


「部活、辞めちゃおうかな····」


風夏は、自分のフルーツオーレの缶を

見ながら言う。


「ブカツとは?」と聞くと

学校の勉学以外の取り組みであり

風夏は女子バスケ部であるようじゃ。


ふむ。泰河の部屋のテレビのニュースで

バスケは見たことがある。

皆でボールを取り合い、キュッキュと床を鳴らしておった。


「今は、まだ部活はお休みしてるんだけどね」


柚葉のことがあってからというもの

学校には通うておるが

部活は まだ休みをもろうておるようじゃ。

解らぬこともない。


しばしは、こうして休み

またバスケがしたくなったら、すれば良い」


儂の言葉に桃太も頷くが

「でも····」と、風夏は

フルーツオーレの缶から眼を上げて、儂を見た。


「こうしてずっと、榊さんと桃太に会いたいし」


柚葉に似た、嬉しそうな まだ幼い顔を見て

これはいかん と、儂は思うた。

桃太も地面に視線を落とす。


「風夏。もう会えぬ」


儂が言うと、風夏の眼は

みるみると色を失くしていく。


「····どう して?」


「儂は、お前の姉を喰うたのじゃ」


儂は立ち上がり、風夏の前に立つ。

初めてここで会った時のように。


「え? 嘘だよね?

榊さん、何 言ってるの?」


夕焼けに儂の狐耳の影が伸び

風夏に、その影を落とす。


影の頭の形は、狐のそれとなった。


着物を着たまま狐の顔になった儂を見て

風夏は言葉を失くし、手から

まだ中身の入った缶が転がる。


「お前に近寄うたのは、何のためと思う?」


風夏は、恐ろしさに涙を流し

歯を鳴らし出す。


「そうじゃ。喰らうために決まっておろう」


儂の背後から、杉の木の向こうの生垣を越え

白い犬が飛び込んで来た。


神社を出て、回り込んだ桃太じゃ。

犬に化けて儂に牙を剥く。


「おお···· おお、犬じゃ····

この神社の護り犬じゃ。これは敵わぬ····」


にじり寄る白犬の桃太に、儂は後退してみせ

キッと再び風夏に視線を寄越す。


「風夏よ、儂に喰われたくば

また狐狗狸で呼ぶが良い。

儂は お前を喰らいに、いつでも参ろうぞ」


白犬の桃太が儂に吠える。

儂は身体も狐の姿となって生垣を飛び越えた。


白犬の桃太も儂を追い、生垣を越え

神社から少し離れて化けを解く。


「風夏は どうするのだ?!」


桃太は「ああ、俺は何て事を····」と

頭を抱える。


風夏 済まぬ

恐ろしかったであろう

哀しいであろうのう····


車の近付く音と、「榊」という朋樹の声。

泰河と朋樹が車に乗っておる。


「狸も一緒か」

「もうすぐ総勢だろ?」


「泰河、朋樹。風夏を····」


簡単に説明すると、朋樹が神社へ向かう。


「榊」


泰河の声に顔を上げると

「その狸と乗れよ」と

泰河は後部座席のドアを開けた。


泰河は運転席に座り

朋樹が戻るのを待っておる。


「泣くなよ」


儂は座席に丸まって

自分の腹に、鼻をうずめた。

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