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ボティスに詳しい話を聞く前に、応接間のドアが派手な音を立てて開いた。


「マルコシアス! どういうことだ?

オドレイは、魔女の自覚などないぞ!

これまでも 一度も魔術など使ったことはない。

だいたい 魔女になっていれば、俺が気づかないことなど... 」


「落ち着け、シェムハザ。

マルコシアスは、サンダルフォンに使われているだけだ」


ボティスが説明すると、シェムハザは

オレらの向かいのソファーに ドサッと座った。


マルコシアスが口を開く。


「... 確かに、契約は不当なものだった。

術をかけて 契約書にサインさせたからな。

シェムハザ、お前を通じて

ハーゲンティに近づくためだった。

近づく場所も “地界ではなく地上で”、と

限定されていたからだ。

だがオドレイには、魔術の知識は授けてある。

現に今日は、狼となって現れただろう?」


「そのことも

“咳止めの軟膏だと思って 胸に塗って寝た” と

言っていた。

咳止めと 狼の軟膏を、すり替えたな」


「今夜が 契約の執行日だった。

だが、子供の命を取るには 気が引けた」


オドレイの娘のエマは、マルコシアスが

ここまで連れてきたようだ。

オドレイは、娘の匂いを辿って

追って来たらしい。


「エマに “神父を連れて来い” と言ったのは

何なんだ?」


「城に着くと、神父の匂いがした。

まさか、祓魔師だとは思っていなかったが...

誰かに助けを請わせて

お前の耳に入れようとしただけだ」


契約の執行場所に、教会を選んだのは

マルコシアスに指示を出す 天の監視に

仕事はしている、と見せるためだったようだ。

それで、ボティスは “茶番” って言ったのか...


天使が、この城の敷地内で見通せるのは

教会の内部だけだという。

城や他の敷地は、天使には覗けない。

保管庫を護るために、強力な保護をかけているらしい。


今 ここで話している内容も

マルコシアスに命を出す天使や

サンダルフォンにも知られない。


「ワインを」と 空になったグラスを指す

ハティに言われ、ソファーを立つと

ジェイドも 一緒に立った。


「まったく。一体 僕は

どこで、何をしているのかと思うね。

これが天の意思とは」


確かになぁ。

エクソシストになって、天から悪魔と組むように仕向けられるとは思わねーよな。


シェムハザは

「何も この時期に俺の城で... 」と、ため息をついている。


「もう アリエルのドレスも仕上がり、式まで

一週間もないというのに、面倒なことを...

サリエルが絡んでいるのか?

アリエルを堕天させたのは 奴だろう?」


「まだ何もわからん。泰河、朋樹は いつ来る?」


ハティに聞かれて、泰河は

「もう2~3日で来るはずだぜ」と

あくびを噛み殺して答えた。


「朋樹が到着次第、月詠に話を伺わせるとして、式までに万全を期す。

明日から ジェイドには、術を学ばせるからな。

天の者共は、こちらの都合などお構い無しだ。

何か起こっては困る」


シェムハザ、ピリピリしてんなぁ。


「朋樹が来ても、あいつ自身が直接

月詠命と話すのは 無理だと思うぜ。

教会には降りたけど、あれは 榊がいたからで... 」


「その朋樹を介して、俺が話す」


「シェムハザ」

今は止せばいいのに、ジェイドも言う。

「僕は、魔術の解き方を学びたいだけで

魔術を使うわけじゃ... 」


「いいや、使えるようになるんだ!

異論は許さん!」


バァン! と、テーブルが鳴る。

あーあ 花婿がキレちまったぜ。




********




昨夜は遅くに広間に戻って、やたらムーディーな音楽と照明の下で ダンスとか始まってた中

オレらは テーブルに残ってたもん食って

それぞれに宛がわれた、二階のゲストルームで寝た。


二階に だーっとドアが並ぶゲストルームの中は、ドアを開けると、古城風ホテル って感じで

ベージュの壁紙、アンティークであろう家具と

ガラスの照明、壁掛けのランプ。

一部屋 一部屋に バスルームやトイレも付いていた。


シャワー浴びて、ベッドに横になったかと思ったら、もう朝だ。


「朝食の準備が出来ました」とかノックされて、また広間で食ったとこ。

生ハムに、8種類のチーズにオムレツ、サラダと

スープ。パンが もう、すげぇ うまいの。

朝からバカみたいに食っちまったぜ。


「昨日、寝たのって3時くらいだよな?

みんな普通に元気だな」


泰河は、後頭部寄りの てっぺんに

寝癖をつけていた。


「フランスでは、よくホームパーティが催されるが、翌日の朝は、皆 普段通りに仕事に行くそうだ。だが 日本にも “付き合いで飲む” という

文化があるんだろう?」


ジェイドが言うけど、オレら 仕事が仕事だし

そういう付き合いねーもんなー。


食後の紅茶飲みながら、なんとなく

アリエルの黒髪に触れて話す シェムハザを見る。


「アリエル。俺は午前中は保管庫にて過ごすが、お前は、俺を待つ間 何をする?」


「子供たちと、雪で遊ぶ約束をしているわ」


へぇ、オレも混ざろうかな。

でも 雪 降ってなかったよな...


「ならば、城の敷地に雪を降らせよう。

敷地からは出るなよ。俺の目が届くところに居てくれ。皆十分に暖かくして行かなくては。

何か困ったことがあれば、ディルに言うといい」


ふおー

アリエルの 一言で、雪を降らせよう ってよー。

お互い うっとり見つめ合ったりとかして。

甘いよなぁ。こっちが気恥ずかしくなるぜ。


アリエルは「そうだわ... 」と

オレらに顔を向ける。


「午後は 子供たちとクッキーを作るのよ。

楽しみにしていて」と、楽しそうに言い

「私も作るのは初めてだけど... 」とか

ちょっと恥ずかしそうにする。


「うーわ! かわいい!」

「もう すげぇ楽しみ! 目ぇ覚めたぜ!」


ジェイドも カップを片手に、ふと眼を細める。

「しとやかで、どこか日本的だね。

昨日より また美しくなった」


「そうだ。完璧な式にする。わかってるな?

ジェイドは、神父服の採寸が済んだら

保管庫に来い。早速 始める」


シェムハザが アリエルの頭にキスして

椅子を立ち上がる。


「がんばれよ、ジェイドー」

「オレら、雪だるまとか作っとくわ」


「お前らは 今から来い」


「え? オレらもー?」

「マジュツとかわからんよな、たぶん」


シェムハザは、泰河の寝癖に目を止めて

ちょっと考えたが

「... まあ、一応来い」と

オレらを伴って広間を出た。

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