15
「なあ、ハティとか ボティスは?
あと昨日の... マルコシアスだっけ?」
「ハーゲンティと マルコシアスは
一度 地界へ戻った。
ボティスは、榊とやらに会って来ると
さっき 土産にワインを持って、城を出たが
すぐに戻って来るだろう」
「え、あいつ
榊に会うなら 一言オレに、なんか... 」
泰河が ブツブツ言うが、シェムハザに
「気になる」と寝癖を 撫でて直され
「わっ、やめろよ。恥ずかしいじゃねぇか」と
もう忘れる。
保管庫に入り、シェムハザの息で 絨毯が巻かれ、一階へ降りた。
黒地に ベージュの魔法円の絨毯の上の
白いソファーに座るように促され
白い石のテーブルを 挟んだ向かいに
シェムハザが座って、脚を組む。
「参考までに聞くが、得意科目は何だった?」
「美術と体育」とオレ。
「音楽と体育」と泰河。
あからさまに ため息をつかれたが
オレと同じく、泰河も慣れた反応らしく
特に突っ込みはしなかった。
「アラム語やヘブル語、ラテン語は?」
「なんだよそれ」
「一文字も知らねーよ」
「コーヒーとチョコでもどうだ?
ディル、頼む」
「なんだよ、シェムハザ。魔術だろ魔術」
「だから言ったじゃねーかよ。
オレ、雪だるまとか作りてーんだよ」
ディルが トレイにコーヒーとチョコをのせて
階段を降りてくる。
「まあ食べろ。日本未発売のチョコだ。
ディル、あとは アリエルと子供たちを頼む。
ボティスが戻ったら、ここに来るように伝えてくれ」
ディルは、シェムハザに頷くと
オレらにも会釈して、また階段を昇って行った。
チョコは うまいけどさぁ、オレも泰河も
ここにいても何もならんよなー。
「だが、お前達にも 得手なものがあるはずだ」
シェムハザは考えているが
何も思い付きはしないらしい。
泰河は 皿からチョコ取って
「だいたいさ、昨日もヨゲンだのケモノだのって、意味わかんねぇしさ。
原初だか終だか、そんな獣 知らねぇよ。
なんか 人違いとかしてんじゃねぇの?」と
チョコに貼られた細い金箔を見る。
「え?」
子供の時のこと、忘れてんのか?
泰河も オレに「え?」って言うし。
キョトンとしてるところを見ると、どうやら
本当に覚えていないようだ。
「そういや前に、
記憶にも蓋がしてあるとか言ってたな... 」
「その蓋、剥がせば いいんじゃねーの?」
シェムハザを見てみたけど
「無理だ」と 呆気なく答えた。
「話は ボティスに聞いたが、ハーゲンティが見たところ、泰河の記憶を封じているのは
俺らの知らん術だ」
じゃあ、獣自身が封じてる訳じゃないってことか。
ハティも知らない術って、そんなの誰がやったんだろう?
「しかし、サンダルフォンが目をつけた とあれば、その時 以前から
天には、何かの動きがあったということか...
ほんの 十年や二十年の間ではあるが」
ほんの かよ。
オレらの人生で言えば大半なんだけど。
あ、そうだ。
昨日の話の中で 気になったことを
シェムハザに聞いてみた。
「あのさぁ、シェムハザたちって
天の牢獄に幽閉されてんじゃないの?
本とかでは、そういう話になってるけど」
「幽閉されているのは、俺の 一部だ。
いわば、天使足らしめる部分だな。
それがない今の俺は、天使ではない」
ふうん、なるほどなぁ。
肝心な部分を閉じ込められてんのか。
「でも、こうやって自由ではあるんだな」
「追放を自由というのなら、自由だ。
世には悪という存在も必要だからな。
悪魔というのは 堕天使ばかりではない。
神である父から、悪の部分を分離したものが
そもそもなんだ。
また悪というものが存在せねば
父は善ではない。創造主であるだけだ」
「ならさ、悪魔も人間のためにいる ってことか?
人間が その誘惑に打ち勝つため とか?」
「ある意味では そうなる。
悪魔ですら、父の創造物だからだ。
悪魔が 天にはおらず、地上には存在するのは
人間がいるからだ。天に悪魔は必要ない。
天使についても同じことが言えるが... 」
話しているうちに
ジェイドとボティスが、階段を降りてきた。
「よし、早速始めるか」
シェムハザは ソファーを立つと
奥の壁際の金庫を開けて、青い板を持ってきた。
「ラジエルの書だ」
「嘘つけ!」
ラジエルの書というのは、天使ラジエルが
様々な天界や、その秘密
また地獄にいたることまでを書いたもので
原本は、もう失われていて
写本だけが残っている と聞く。
アダムが、この書を受け取った時
天使が嫉妬をして、一度 書を海に捨てた。
なんせ、天使ですら知り得ないことも
書いてあるのに、人間に渡されたからだ。
書は後にアダムの手に戻ったが
その後は、エノクやソロモンの手にも渡ったようだ。
「嘘なものか。サファイアの原本だ。
天の者ですら、ここにあることは知らんのだ。
ジェイドは、まず これを読め。
お前達には 魔法円の描き方を教えよう。
地面に描く際のものだ」
「シェムハザ、これは読む内に
文字や内容が変化するようだが... 」
「書のすべての内容が、その 一枚の板にあるからな。
読めない部分は、お前には扱えん ということだ。俺にも すべては読めん」と ジェイドに返し
シェムハザは オレらに向き直った。
「さて、講義だ。
俺は、二度は言わん。一度で覚えること。
人間が魔法円を描く時は、まず道具の準備からということになる。
鎌か 三日月刀、黒柄の剣か ナイフ
その二つを繋ぐ紐 が 基本だ。
円の中心に 鎌か三日月刀、そこに紐を結び
紐の片方を 剣かナイフに結んで コンパスの要領で円を描く... 」
オレも泰河も 焦ってスマホでメモを取る。
午前中、ずっとこれかよ...
ボティスは 本棚から、分厚い本を何冊も重ねて
テーブルに持ってくるし、かなりゲンナリする。
「... 以上が魔法円の描き方だが、用途によって
描く魔法円も、もちろん様々なものになる。
基本的な用途による魔法円は、この三冊の中の
幾つかだが、召喚の場合であれば、それぞれの印章を描くことになる。
実際に術を行うのはジェイドだが
お前達も円を描くくらいは出来るだろう。
必要な円を描き写せ」
オレと泰河の目の前には、なんか古ぼけた紙が
バサッと置かれた。
よく見ると、なんかの皮みたいだ。
「えー、だりぃ... コピーしてくれよ」
「スマホで写真撮りゃいーじゃん」
スマホカメラを起動して撮ってみると
なぜか本の魔法円のページは、白紙に写った。
マジかよ...
「たいていの悪魔は、ハティが呼べば来る。
古い霊や天の者の印章と、そいつらの拘束円
あとは
ボティスは言うけど、それでも結構な量だ。
「印刷など。こういった本は、それを行う術師が自分の手で書き写した写本が望ましいんだ。
効力に差が生じる。
ジェイドは 魔法円だけでなく、術式から
惑星の占星に至るまで 書き写すのだからな」
「僕も、魔法円まで描き写すのか?
ルカや泰河が写しているというのに」
「当たり前だろう。実際に術を執り行うのはお前だ。
見たところ、こいつ等には術のセンスはない。
失せ物探しの術すら使えんだろう。
あくまで、円の作図を手伝うだけだ」
くそう。割りと言いたい放題だぜ。
********
昼飯 挟んで、黙々と描き写し続け
オレと泰河は ようやく写し終わったが
ジェイドは、まだ
サファイアの板を見つめている。
「あー、疲れたマジで。チョコおかわりー」
「こんな必死に なんか描いたことないしさ」
「アリエルのクッキーまだ?」
「なんか、城の奥から いい匂いしてね?」
ジェイドがイライラと オレらを睨む。
「少し黙っていられないのか?
僕は 訳しながら読んでるんだぞ」
午後からは、アリエルや子供たちと
広間でクッキー生地を作っていたシェムハザが
オーブンで それを焼く間に戻ってきた。
「クッキーが焼けたら、広間でティータイムを取るが、ジェイドの分は ここに運ばせよう。
泰河とルカは、二階に上がれ。
コレクションの内、危険でないものなら
触っていい」
イライラのジェイドにも 手で追い払われながら
階段を昇る。
二階の棚を見て回りながら
飾られてる物の逸話を聞いたり
古い短剣や、ゴールドの銃を持ってみたり。
「モンスターフィギュアは?」
「それはダメだ。危険ではないが。
他に何か、気になるものが あったら言え」
オレは、羽飾りやネックレスの棚に目を止めた。
そういえば、前に ボティスと来た時
何かが光って見えたんだよな。
なんか光るようなもん あるのかな?
その棚にあるのは
古い羽飾りやネックレスの他に
パカっと開けるタイプの楕円形のミラー
瓶に入った赤や青の粉
どう見ても針金で作ったように見えるリング
透かし模様のペン立てに化粧筆。
光るとしたら、ミラーか?
でも、閉じて置かれてるし
こんな鈍い青銅色の表面が光るとは思えない。
ないよな、別に。
まぁいいや って、他の棚見ようとしたんだけど、なんとなく化粧筆を手に取った。
普通の木の柄に、白くて柔らかい先の揃った毛。
太さ的に、アイメイク用かな?
口紅とか頬紅とかの太さじゃない気がする。
「その化粧筆は、天から持ち出した物だ」
シェムハザが オレの手の筆を見て言う。
「だが、それで化粧を施しても
地上の筆と なんら変わらなかった。
気になるのなら、プレゼントしよう」
えー... 化粧とか無縁だしなぁ...
オレが その地味な筆見てる間に、泰河は
「オレには何かないのかよ?」とか ゴネて
黒い小さなモデルガンを渡されてた。
「死神のピストルだ。使いこなせ」
泰河が撃つと、ぴょ と、フランス国旗が出た。
「うわ、くだらねぇ。もらっとくぜ」
ふたりして 笑ったりしている。
「そろそろクッキーが焼けた頃だ。広間に行く。筆は どうする?」
「うーん... 」
いいや と 言おうとしたのに
なぜか「ありがと」って答えて
ジーパンのケツにしまった。
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