前に朱緒が言ってた、旧道のトンネル って

これかぁ。


ん? たぶん、琉地も ここにいるよな?

今日も出掛けてるし。


泰河とトンネルまで歩きながら

何気に「琉地」と 呼んでみる。


目の前に煙が凝ると、それは琉地になった。


「わっ、なんだ? 煙犬?」


琉地は、泰河にも見えるんだ。


「コヨーテだよ。精霊なんだぜ」


琉地は、アリゾナに留学してた時に出会って

日本までついて来た。今は オレの相棒。

仕事を手伝ってもらう時もあるが

普段は 好きにしている。


「へえ、かっこいいな」


泰河が 琉地に自分の手を差し出すと

琉地は 匂いを嗅いで、泰河の顔を じっと見た。


「ん? どうした?」


ふんふん鼻を動かしながら、泰河の周囲を嗅ぎ回り、また泰河の正面に着くと

座って、笑うように ニカっと口を開ける。


「あっ、こいつ

オレのこと好きなんじゃねぇの?」と

眼を輝かせてしゃがみこんだけど

琉地はもう あくびしてた。


「ま、いいけどさ... 」


泰河が琉地を撫でると、琉地は嬉しそうに鼻をピスピス鳴らし、なぜかカプっと鼻を噛んだ。


「おい。痛くねぇけど、離せよ」


からかわれてやがる。

琉地は 仲間かなんかと思ってるっぽいな。


「楽しそうだけどさぁ

史月か朱緒、呼んだ方がいいんじゃねーの?」


「そうだな」


立ち上がった泰河に、まだじゃれついている琉地に、どっちかを呼ぶように 頼むと、琉地は長い遠吠えをあげた。


トンネルを塞いでいた石が消え失せ

足音が近づいて来る。


「よう、泰河じゃねぇか」


おっ! かっこいい!


長いウェーブの髪を後ろで 一つにまとめた

でかい男が トンネルから出てきた。

2メートルはありそうだ。


シングルのライダースに皮パン、ショートブーツ。サマになってんなぁ。


「史月」


尖った耳。意志の強そうな くっきりとした上がり眉に、鮮やかな碧眼の鋭い眼。

狼が人間になったら、こんな なんだろうな。


「約束 忘れてねぇだろうな?

ゲーム持って来たのかよ...  ん?」


史月は オレに眼を止めた。


「誰? オマエ」


琉地が ウォウォ 言うと

「ああ、琉地の相棒ってヤツか」と納得し

「ルカってんだろ? 話は聞いてるぜ。

えらいシスコンだってな。

うちのチビ共にボールありがとうな!」と

オレの肩をバンバン叩いて豪快に笑っている。

琉地...  オレの説明、何なんだよ...


史月は オレの肩に手を回すと、泰河を指差した。


「泰河 オマエ、ゲーム... 」


「だからさ、山に 電気 通ってねーだろ。

それより ちょっと、話あるんだよ」


「何ぃっ! “それより” って何だよ!

俺は暇だ っつってんだろ!!」


「暇なら おまえが山降りて来りゃいーだろ!

または山に電気通せよ!」


「俺は山神だぜ? 山降りて どーすんだよ?!

育児とかしねーと、朱緒が... 」


うん。ダメだな、これ。


「女の人がさぁ、野犬に顔喰われたんだって」


口を挟むと、史月の碧い眼が こっちに向いた。


「ああ? 喰われた?」


「そう! その話で来たんだよ!」


泰河が、子供が襲われそうになったことや

女の人が襲われた話を聞かせると

「そら大変だな... いやしかしなぁ... 」と

史月は首を傾げる。


「うちの奴らは、人間喰ったりしねぇと思うんだよなぁ... オオゴトになってもマズイしよ。

だいたい、人肉は旨くねぇんだよなぁ」


泰河は、 “ええー... ” って顔してるけど

朱緒も言ってたな、それ。


って いうかさぁ、いつまで

オレの肩に手置いてんだろ。

たまにいるよな こういうヤツ。

他人との距離感考えてない みたいなさぁ。


「その、子供に言った言葉だけどよ

子供を怯えさせるために言ってるだろ?」


史月が言ってるのは、男がハアハア言いながら、ほっぺた美味そうとか言ったやつだな。


「その辺が、なんか人間臭ぇんだよ。

楽しんでやがんだ」


そうだよな。

そんなことすんのは、人間くらいだ。

野生動物は狩りで そんなことしないと思う。


泰河も頷いて

「たださ、見たヤツの証言が気になったんだよ。

狼男だったり、若い男だったり、赤毛の犬だったりでさ。

それで 一応、話しに来たんだ。時間 取らせたな」と、話を締めようとしていると

トンネルから大量の足音が近づいて来た。


現れたのは、大勢の野犬たちだ。

すげぇ...

でかいのから小さいのまで 何十匹もいる。

この山に これだけ棲んでんのかぁ。


「史月様! 散歩に行かれたのでは?」と

でかい白犬が 前に出て言った。


「んあ? 琉地に呼ばれたんだよ、俺は。

そしたら、こいつらがいたからよぅ」


史月は「なあ」と オレに同意を求めた。

なぜか泰河が マズイなって顔してんのが

ちょっと気になるんだけどー...


「ですから、お客様が いらっしゃった時は

私共がお相手を と、何度も」


「あー!うるせぇんだよ、もーう!

オマエらで話になんねぇ話 してたんだよ!」


また「なぁ、ルカ」と、肩を叩いてきてるけど

泰河が

「まあ、そう。そうだな。でももう話は終わったしさ。じゃあ、オレら そろそろ」帰るわ と

言いかけた時に


「よし!行くか!」

史月は オレの肩を掴んだまま、車の方に歩き出した。 えっ? こうなんの?


「史月」


どんどん車に進んでた時、背後から女の声がして、史月が立ち止まる。


朱緒だ。


「おっ、史月。

あれって、お前の嫁さんじゃねぇの?」


泰河が 明るい顔になって言う。

朱緒は、オレに「久しぶりね」とピンヒールで歩み寄り、固まった史月の前に立った。


「あたしも行くわ」


「えっ?」

「ええっ?!」


明らかに 泰河の声の方がでかい。


朱緒は、野犬たちを振り向き

「子供たちをお願いね」と手を振ると

車の後ろに乗り込んでドアを閉めた。

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