11 琉加


「とにかくさぁ、記録っつっても

何に関するものなのか なんだよな... 」


前神父の手書きのノートは 大量に見つかった。

クローゼットの段ボールの中から。


ぱらぱら目を通し、個人的な日記であろうものはジェイドが段ボールに戻して封をした。


「ハティが言った道の先に関係するものなら

滅びた山村の記述があるんじゃないか?」


あるかもしれねーけどさぁ...

この120冊くらいの中に な。


「あの穴に入ってさ、ぐんぐん進んだ方が早くね?」


「予備知識も入れずにか?

ハティが 記録を探せ と言ったのは、何か訳があるんじゃないのか?

それに僕は、この教会のことが気になっている」


「わぁーかったよ。

でもやっぱり腹減ったんだけど」


コーヒーすすりながら言うと、ジェイドがキッチンへ入っていき、トマトとチーズをスライスして持ってきた。


「コーヒーに かよ?」


「じゃあ、ワインを開けよう。

叔父さんが会社から大量に送ってくれたんだ」


オレの父さんは、小さなワイン会社をやっている。

そういや、この家だけでなく

教会の床下倉庫でもワインの箱を見かけた気がする。


ジェイドがワインを開ける間に、キッチンの棚から勝手にクラッカーの箱を持ってきて開けた。

ため息をつきながらグラスにワインを注いでいるが、ジェイドもクラッカーをつまんだ。


ふう。ノートに取りかかるか...


一冊 手に取って開くと、写真が挟まっていた。

モノクロの古い写真に写っているのは

木で造られた古びた小屋のようだ。


なんだろ?


写真をテーブルに置いて、ノートの記述を読む。


小屋は、この教会が建つ前に建てられていたものらしい。

もっとも今の教会は戦後に建て替えられたものだが、その前のことのようだ。


小屋から教会に。

それを戦後にまた建て替えたってことだな。


ふうん。


前神父がこの教会に入ったのは、今から40年くらい前。... “イタリアから帰国”して?


イタリアで暮らしていたのか?

最初は 助祭として入ったみたいだ。

他に司祭がいたんだな。


次のページに移る。


ん? “カルドーネ神父の後を継ぎ”... ?


前神父の前は、日本人の神父じゃなかったのか?

カルドーネって、イタリア系の苗字な気がする。


“この痛みの伴う教会に祈りを”

“主は共に” “地に光を絶やさず”...


この辺りって、オレが読んでいいのかな?

個人的な感じするよな、なんか。


「教会には、地下があるようだ」


「! ん、そうか」


微々たる罪悪感を感じていたオレは、ジェイドの突然の声に ちょっとビクッとした。


「そっちは何かあったか?」


「前神父はイタリアにいたことがあるみたいだな。前神父の前は日本人じゃない神父だ」


読んでいたノートをジェイドに渡して ワインを飲み、クラッカーにチーズとトマトをのせてみる。うん、うまいじゃん。


「... “地に光を”?」


「教会に来る人に希望を絶やさず、とか

そういう意味じゃねぇの?」


オレが軽く言うと、ジェイドは 自分が読んでいた方のノートを開いて渡してきた。


「30年ほど前に、何かあったようなんだ」


“信仰を同じくする兄弟姉妹に試練を課した歴史の記憶が” “坂井神父は負傷された”

“地の光を灯さねば... ”


負傷?


「なんだ? 何があったんだよ?」


「これだけでは わからない。他のノートも読んでみないと」


ジェイドと手分けして30年程前のノートを読む。


“穴を見た際には、慟哭を耐えることに必死にならねばならなかった。

切りたくとも縄に手を触れることも叶わず... ”

“潮が満ちる海に立つ十字架は... ”


「これさ、キリシタン弾圧ってこと?」


「だが、たった30年程前だ。そんなことは... 」


そうだよな。現実にあったわけがない。


でもさっき、負傷した神父がいるようなことが書いてあったよな? 何かは起こったみたいだ。


「さっき “歴史の記憶” とあったな」


ネットでも検索してみたが、何も出てこない。


「明日、協会に問い合わせてみるが

教会の地下というのが気になる」


「おまえが ワイン入れてるとこじゃねぇの?」


「あれは貯蔵庫だ。

人が入れる空間として、地下があるはずなんだ」


「探してみるか?」


オレに答える前に、ジェイドはソファーを立った。




********




地下への入り口は、教会内にはなく

教会と家の間にあった。

気づいたのは、外が明るくなりだしてからだ。


土に埋まり、表面には雑草が生えている。

明け方から草むしりするはめになるとは思わなかったよな...


鉄の正方形の扉 というか蓋は

錆び付いてなかなか開かず、

取っ手にワイヤーを引っ掛けて、バイクにワイヤーを繋いで走って開けた。


「階段は、そう古くは見えないよな」


教会の下へ続く階段はコンクリートのしっかりしたものだ。この部分は後で造ったのかもしれない。


懐中電灯をつけて、ジェイドと入ってみる。

降りるごとに 埃とカビの匂いが強くなった。


「着いたぜ」


階段が終わり、暗い室内を懐中電灯で照らす。


「壁は石を積んであるな。まるで石室だ」


8畳くらいあるかな? 古い感じするよな。

階段は そんなに古くなかったのに。

もしかしたら、教会になる前

あの写真の小屋だった時から、この地下はあるのかもしれない。


「ルカ」


ジェイドが照らした先、奥の石の壁には

十字架があった。


壁にかかる細い木の十字架は白く塗ってあり

丁寧に造られていた。

地下は天井自体高くないが、それでも見上げる位置に貼られている。


十字架の下には窪みがある。


よく周囲を見ると、地下室の石を積んだ壁には等間隔に窪みがあり、蝋燭を立てるためのもののようだった。


ただ、十字架の下の窪みは蝋燭を立てるには小さい気がする。

窪みに何か思念が残っていないかと触れてみたが、ぼんやりとした感じで よくわからない。


「なんか、儀式とかやってたみたいな感じするよなー」


「いや。祭壇や朗読台を設えていた跡がある」


ジェイドが床に懐中電灯の明かりを向ける。

十字架の下には長い台

十字架の壁から1メートル程手前には、正方形に近い形の台を置いていた跡が残っていた。


「ここが教会だったようだ」


教会の下に?

いや、写真で見た小屋の下か。


「隠れキリシタン、とかの?」


ジェイドは「推測でしかないけどね」と頷く。


前神父の記録にあった “地に光を” って

ここのこと なんだろうか?

蝋燭を灯すのか? でもそれが何になる?


「本当に地下室あることはわかった。

まだノートを読む必要があるし、協会にも問い合わせてみるよ」


またコンクリートの階段を昇り、入り口に鉄の蓋をする。


もう外は すっかり明るくなっていた。

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