12 琉加


「あと 何か いるかな?」


「どうだろう? ケガの応急処置は出来るようにしといた方が いいかもしれない。

こうして準備していると、子供の頃は よく何も考えずに山や洞窟に入ったものだ と思うね」


ハティが 再開通させた穴の道に入るために

必要だと思われるものを準備している。


ヘルメット。それに付けるライト。

予備のライトと電池。手持ち用にも細いライト。

ロープと環つきカラビナ。ワイヤー梯子。

一応、アルミブランケット。

スマホの防水ポーチ。

うん。完璧じゃないだろうか。


衣類は つなぎ。

ヒッコリーのかわいいヤツを選んでしまうあたりに、真剣味がいまいち足りねーかな とは思う。


インナーは スポーツ用の上下。

カラビナが取り付けられるベルト。

あとは、手袋と靴下。替えも一枚ずつ。

登山用シューズ。防水のザック。


食料は チョコレートバーと飴。

消毒液やガーゼとテープ、絆創膏もカゴに入れる。


「サバイバルツールもいるかな? ナイフとかさ」


「小型のものは あってもいいかもしれないね。

コンパスが入ってる物があるから、それにしよう」


サバイバルツールもカゴに入れて会計に向かう。

なんか、わくわくしちまうよな...


二人で手分けして買った物を持ち

バスを 二回乗り継いで、ジェイドの家に戻る。


「結構 買ったなぁ」


「とりあえず、ザックに必要な物を詰めておこう」


「手持ちのライトは ベルトにつけた方がいいよな」


明るい時に穴を測ってみると

穴の底までは3メートルくらいで、側面には高さ1メートルくらいの横穴があるのが見えた。


明日、ついに探検する予定だ。


「よし。後は スマホを入れるだけだな」


「チョコレートバーもな。溶けるから冷蔵庫に入れたじゃん」


ジェイドが「コーヒーを淹れる」と

キッチンへ向かった。


ザック二つを リビングの隅に置くと

テーブルの端に積まれた前神父のノートを手に取る。


教会の地下の石の壁の窪みに、蝋燭を立てて火を点けてみたけど

薄明るくなっただけで 何もならなかった。


ジェイドが協会に問い合わせてみたが、協会は地下室のことには、はっきりとした返答は返さず

『恐らく、キリシタン弾圧が行われた時代の教会だったのでしょう』と、他言は禁じられ

前神父の前にいた神父に関しては

『マルチェロ・カルドーネ司祭です。

その教会は、元々 彼らの教会でした』ということだ。


元々、ってなぁ...


30年前に起こった何かについては

『私もよくはわかりませんが、痛ましい記憶が呼び起こされたことがあると聞きます』と

要領を得ない返答で

『いつ再びそれが起こったとしても

私共に出来ることは、祈ることでしょう』と

話は終了したらしい。


まあ、何。

特に何も得られなかった ってこと。


前神父のノートは、だいぶ読み進めた。


ノートによると、穴の道は隠れキリシタン達の通路だったみたいだ。


ハティが言っていた山村の跡もあるらしい。

前神父は、若い時に そこに行っている。


そこに行き着けるのは 穴の道だけ。

その山村に続く山の道は、ずっと昔に封鎖されたと ノートに記してあった。


「そうだ。そのノートの中程に写真が貼ってあるだろう?」


ジェイドが コーヒーとビスコッティをテーブルに置く。


ノートの中程を開き、貼られたカラー写真を見ると、今のこの教会の前で撮ったもので

スータン... 神父服を着た 二人の神父が写っている。


一人は、オレらくらいに見える黒髪の神父。

隣に立つ長身の初老の神父は、もう60代くらいだろうか?

白髪で高い鼻。写真では よくわからねーけど

たぶん、薄いブラウンの眼をしている。


「浅井神父と カルドーネ神父だ」


浅井神父、というのは、前神父だ。

もう 一人の初老の神父が カルドーネ神父か...


「眼の色が おまえに似てるな」


ドライフルーツとナッツが入ったビスコッティをコーヒーに浸しながら、なんとなく言うと


「そう。彼は 僕の父と似ている。

父が もう少し年齢を重ねたら、彼のようになりそうだ」


前神父に、病院で ジェイドを紹介した時のことを思い出す。

前神父は 驚いたように ジェイドの顔を見ていた。

カルドーネ神父は若い頃、ジェイドみたいな感じだったんだろうか?

もしそうなら、懐かしかっただろうな。


ビスコッティを口に入れる。

「うまいな、これ。母さんが作るヤツに似てる」


「そりゃあね。叔母さんに習ったんだよ。

おまえが仕事で出た時にね」


「マジか。今度チョコ生地のも作ってくれよ」


二個目に手を伸ばした時に、スマホが鳴った。

メールだけど。


開いてみると、仁成ひとなりくんだった。

仁成くんは、まだ中学生だ。

初夏に狐に憑かれた。

その時に祓いに行って、後日 連絡先を交換した。


たまにメールをくれて、オレもメールを返す。

一度クッキーをもらったことがあるので、お礼に食事に連れて行くと、すごく喜んでくれた。



『ルカさん。今、忙しいですか?』


『いや、大丈夫だよ』と、返信する。


時間は 17時。

もう夏休みは終わってるし、今日は平日。

まだ 部活とかじゃないのかな?


『今、友達と河原にいるんですけど

十字架が見えるんです』


ん? 十字架?

河原に建てたのかよ? なんで?


『丸太みたいな 木の十字架です。

僕には見えるんですけど、友達は見える人と 見えない人に分かれてます』


実物じゃないのか?

ようわからんし、電話してみる。


「よう、メールありがと。

河原って、カフェの近く?」


『そうです。ルカさんに食事に連れていってもらった後に寄ったお店の近くです。

... あの、なんか

僕たちより十字架の近くにいる人たちが騒ぎ出してます。 あっ!』


「どうした?」


『侍みたいな人が... 』


「えっ! サムライぃ?」


オレが つい、でかい声出すと

ジェイドが ソファーから立ち上がった。


「とにかく、すぐ行くよ。

仁成くんたちは、そこから離れて。

カフェで なんか飲んどきなよ。奢るからさ。

絶対、十字架には近づかないようにね」


電話を切ると、ジェイドも 一緒に行くという。


「サムライだと? なんてことだ... 」


わくわくしてやがる。

オレも そういう霊は見たことねーんだよなぁ。

海外では 日本の侍とか忍者は人気あるみたいだし、気持ちは わからなくもないけどさぁ。


「教会を通って行こう。一応 聖水を持っていく」


テーブルに置いたバイクの鍵を取って、ついでにビスコッティをくわえると

「ルカ、あとにしろ」と、ジェイドが リビングを出る。

普段のんびりしてるくせに、こういう時は機敏だよなー。


ジェイドは 教会の祭壇の前で短く祈り、聖水の瓶を取ると、また つかつかと通路を歩いて行き

オレより先に バイクに掛けたヘルメットを取って被った。


バイクのサイドに付けた黒い皮のバッグに聖水をしまって、後ろに跨がったのでエンジンをかける。


そろそろ渋滞する時間だけど

河原近くのカフェまで、河に並走する道に出て走れば 15分くらいか。


「もっと急げないのか?」


「もう、うるせぇな!」


住宅街を抜け、やっと河に並走する道に出ると

スピードを出す。


「あれじゃないのか?」


本当だ...

バイクを停めた。


河原と河の境目くらいに、十字架が立っているのが見える。

その周囲には、騒いでいる人達と

侍かどうかは わからねーけど、髷に袴の霊が見えた。


「ジェイド、おまえ 先に行ってて」


ジェイドは ヘルメットをバイクに掛けると

聖水を取り出して、十字架へ向かう。

オレはカフェへ バイクを走らせた。

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