9 泰河


『体育館の裏に、小さな慰霊碑を建てることになりました。

不登校の生徒にも、私が家庭訪問に伺って

話をいたしまして。明日から登校するとのことです』


「おお、本当ですか! 良かったっすね」


『はい。大変お世話になりました。

雨宮さんにも、よろしくお伝えください。

慰霊碑が建ちましたら、お知らせいたしますので、是非いらっしゃってください』


校長は、何故か朋樹ではなく

オレに 事後報告の電話をくれた。


「あの高校の先生か?」


「おう。校長だった」


あれから 三日。

オレらは沙耶ちゃんの店にいる。

飯食って、コーヒーを飲んでいたとこだった。

今の電話の話を朋樹と沙耶ちゃんにする。


沙耶ちゃんは、この店を 一人でやっている。


明るいが 眩しくはない照明の下

白いレンガの店内には 観葉植物が並ぶ。


カウンターの奥には、店の雰囲気にそぐわない

手書きのボード

“占い、お祓い等 承ります お気軽に”

目立つので、店に入ると必ず目に入る。


「なんか 立て続けだったわね。

同じ事柄に関するものだし、気になるわ。

今までは 一度もこういう話はなかったのにね」


そうなんだよな。

あの後、高校がある区の教会を訪ねてみたが

そこの神父も『噂は聞きましたが... 』と

困惑するだけだった。


「なあ、高校のは “場の記憶” って言ってたよな?

海も そうなんじゃねぇの?」


「十字架がか?」


オレが言ってみると、朋樹がカップを持ったまま考えて「そうかもな」と言った。


「十字架に引かれて霊が出たのかもな。

高校もそうだ。

あの子と母親が出たのは、現象の後だ」


あの子。つい澄んだ眼を思い出す。

泥のついた頬も。


「海の霊は、使命感や罪悪感に囚われていたものだろうな。

成仏していなくても、強い念はなかったしな。

あの子は、母親を探していたんだろう」


「なんだか切ないわね。

私たちが知らないだけで、こんなことって

たくさんあるんでしょうね」


沙耶ちゃんが めずらしく、カウンターの中で

自分のカップにコーヒーを注いで飲む。


「どうして急に、その記憶が甦ったのかしら?

例えばだけど、戦時中は この辺りも空襲がひどかったと聞くわ。

だけど、そういう記憶は甦らずに

今のところはキリシタン弾圧に関するものだけなのね」と

肩の上にふんわりとしたウエーブの髪を揺らした。27のオレらより年上とは思えない可憐さだ。


記憶が甦る理由は、考えてもわからない。


でも、またどこかで

記憶は甦るんだろうか?


「街外れに、教会あったよな?

そこに行ってみるか?」


朋樹が言うと、沙耶ちゃんが

「最近、その教会の神父さんが

お亡くなりになった って聞いたわ」と

カップを両手で包む。


「もう後任の神父さんがいらっしゃるかもしれないけど、教会はまだ落ち着いてないんじゃないかしら?

何かを聞きに行くから、カトリックの協会に行ってみるのはどう?」


「そうだな... まだこの辺りで何かあった訳じゃないし、協会にアポ取ってみるかな」


協会か。

教会とは地味にイントネーションが違うけど

ぼーっとして聞いてたら

教会か協会か わからなくなりそうだよな。


いうか、カトリックって協会あるんだな。

神社とか寺もだが、そういう組織的なこと

まったく知らねぇんだよな、オレ。


沙耶ちゃんが カウンターにカップを置いて

「ちょっと待っててね」と

キッチンへ入って行く。


すぐに出てくると、オレらの前に

チョコアイスに小さいマシュマロが混ざったものを出してくれた。


「まだ暑いものね。でも二人ともホット飲んでるし、コーヒーに合うと思うわ」


「ありがとな、沙耶ちゃん」

「いつも いただいちゃってるな」


「ううん、二人ともよく お店手伝ってくれるし、助かってるのは私の方よ」


濃厚なアイスなのに、くどくなくて うまい。

沙耶ちゃんはいつも ちょうどいいものを出してくれる。


「沙耶ちゃんさ、今回のこと

なんか霊視とか出来ないよね?」


沙耶ちゃんは 店で占いをやっている。

カードや石も使うが、霊視で視ることが多い。

そして、占い以外の仕事は オレらに回してくれる。


「視るにしても、対象がいないのよね...

今回は役立てそうにないわ」


確かに...


オレが「ごめん」と言うと、沙耶ちゃんは

「気にしないで」と、ふんわり笑った。



店の電話が鳴り、沙耶ちゃんが出て応対する。

占いか、オレら向けの仕事の相談だろうか?


「... はい、はい。いつ頃からですか?

... そうですね。... ええ」


結構 長く話していたが

「いえ、こちらから伺うことも出来ますよ」と、メモを取っている。


電話を切ると、ふう と小さく息をつき

「泰河くんと朋樹くんに仕事が入ったわ」と

カウンターの上に、さっき書いていたメモを出した。


「向こうの都合で、明後日以降に話を聞きに来てほしいみたいなの。

まだ利用してるお客さんがいるんですって」


朋樹がメモを手に取り

「白山キャンプ場?」と、それを読む。


「キャンプ場を利用した人達の話では、野生動物じゃない何かが出るそうよ。

その調査の依頼みたい」


あっ。なんか最近聞いたな。


そうだ。一昨日飲みに行った時だ。

その店のバーテンの兄ちゃんが

“客から聞いたんだけど” って言って話したのは、“四つ足で歩く何か” って。


オレ、鼻で笑ってたんだよな。

ちょっと前まで夏休みだったしさ、酒飲んでふざけてイタズラしてるヤツとかだろう、って。


まさかキャンプ場から依頼がくると思わなかったな。マジで何か出るのか。


「なら先に、協会にアポ取っておくかな」


朋樹が「この辺りの教区の協会がいいよな」と、スマホで調べて電話している。


海の近くと高校の近くの教会に話に行ったことを伝えると、協会側も報告を聞いていたようで

すんなり話がまとまった。


「まだ担当の人が業務があるから、18時以降なら今日でもいいらしいぜ」


「じゃあ、今日の方がいいかもな」


オレらは 夕方まで沙耶ちゃんの店の手伝いをして、協会へ向かうことにした。

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