3 琉加


本屋に行って ハティから頼まれてたやつを何冊か買うと、バイクを河原に停める。


もう夕方なのに、まだ平気で暑いよなぁ。


琉地るち


名前を呼ぶと、煙がこごっていく。

それは シルバーグレーのコヨーテの形になった。


琉地。アリゾナに留学してる時に出会った

コヨーテの精霊。

たまに こいつが見える人には、狼の霊だと思われている。

まぁ尾は狐みたいだけど、顔は狼に似てるもんな。


「おまえさぁ、最近どこで遊んでんの?」


流地は くあっと でかい口開けてあくびをし

ふん、と鼻を鳴らした。


琉地は オレが呼べば来るし、来たい時にも来る。

イタズラ好きなヤツで、洗って干したばかりの洗濯物を落として遊んだり、庭に落とし穴を掘っておいてくれやがるが、いい相棒ではある。


でも最近、よく出てるんだよなぁ。

もともと気まぐれなヤツなんだけどー。


友達でも出来たのかな?

それなら それでいいけど、こないだフライドチキン買って帰ったら 袋ごとくわえて持って行きやがったしなぁ。自分では食わねーくせにさぁ。

呼んでもすぐに来ない時もあるし、土の匂いをさせて葉をつけて帰って来る時もある。


琉地は 河に入って、魚を追って遊び出した。


まあ、オレも こうやって用もなく呼んだりしてるけど。

たまにボールとかフライングディスクで琉地と遊んでる時、周囲から見ると オレ一人なので 変な人と思われたりする。

そういや、ボールもどっか持って行っちまったんだよなー。


河から上がると、今度は草むらの中でバッタを追う。精霊なぁ... もう犬だよな、普通の。


スマホが鳴る。ジェイドからの電話だ。


協会の用事が終わったんだろな って思いながら出ると、案の定で

駅前まで迎えに来てくれ ってことだった。


「琉地、ジェイドんとこ行くけど、おまえも来る?」


琉地は耳を立てて 一度オレを見たけど

ふん と鼻を鳴らして、またバッタを追い出した。


ま、いいか。


「あんまり他人ひとには イタズラするなよー」


聞いちゃいないが 一応言っておいて

バイクに跨がった。




*********




駅前で ジェイドを拾うと

「肉食おうぜ」って、焼肉屋に入った。

まだ早い時間なので 店は空いている。


「協会で 今後の話しをしたんだけど

なんか変なんだ」


ジェイドは、最近までイタリアにいた。

ま、アメリカとのハーフだけどイタリア人だし。

ジェイドの父さんと オレの母さんが兄妹なので

従兄弟にあたる。


「変って、何が?」


で、ジェイドは 神父だ。

神学校を出てイタリアの教会にいた。

そして、エクソシストでもある。

妹が憑かれた件で日本に来て、そのまま日本で暮らすことになった。


妹に憑いた悪魔を最終的に祓ったのはジェイドだけど、オレら家族は最初、この街の隅にある教会の神父を頼った。


神父は 亡くなった。


妹に憑いた悪魔に呪われて倒れた後に。

呪いは解けたし、医師の判断では死因は老衰だったが、何かが残る。どうしても。


生前、前神父は ジェイドに

教会と その裏にある自宅も託した。


日本で暮らすことを決めたジェイドは、一度イタリアへ戻って用事を済ませ、引っ越しをし

こっちの協会に話をしに行っていた。


「僕は 教会の裏の家を、司祭館みたいなものだろうと思っていたんだ」


肉を焼きながら話を聞く。


司祭館、というのは

カトリックの司祭が暮らす寮のような場所らしい。


「だけど違った。前神父の持ち家らしい。

あの教会はどうも教区から独立しているみたいなんだ。僕には、教区内の移動もない」


「何それ?

オレあんまり、教区がどうこう とか知らないんだけどー」


焼けた肉どんどん食って、追加注文した肉を焼きながら聞くと

教区というのは大まかな地域で分けられているみたいで、何年かごとに その教区内で司祭が異動するようなのだが、ジェイドには それがないのだと言われたらしい。


「えー? そんなことあんの?」


「ないね。普通は。

隣の区から助祭が 一人通うことになっているようだし。

あの教会は、教会として機能しているけど

協会には登録されてないらしい」


キョウカイきょうかいってさぁ

言葉で聞いてるとよくわかんねーよなー。

ま、いいか。

わかるとこだけ聞くかな。


「つまり、おまえって

協会に名前がない司祭 になるわけ?」


「そう。だけど給料は協会から出るし、ミサもすれば儀式もする。

ただ、無いはずの教会なんだ」


ジェイドは

「前神父も同じ感じで、あの教会にいたようだね」と、チシャ菜を摘まむ。


ふうん... なんでなんだろ?


前神父の葬式や埋葬にも、たくさんの神父が来てた。

あの教会が独立したものだとしても、潰す訳でも協会に含む訳でもない。

教会に通う教徒のためにだけでなく

協会側にも、独立して必要な理由があるのかな?


わからんし、別にいいけどさ。


「けどまあ、給料も出るし いいんじゃね?

おまえ 実際に司祭なんだしさ。

教会に行く人たちにとっても何も不都合ねぇじゃん。

母さんも また教会に通うの、楽しみみたいだぜ。おまえがいるから余計に」


そう言って また肉追加しようと呼び鈴を鳴らすと、ジェイドは

「そうだけど... まだ追加する気なのか?」と

驚いた表情になった。


「おう。おまえ何にする? ハラミ?」


「食べ過ぎじゃないのか?

白米も大盛りで 二膳食べただろう?

もう僕らは27だぞ」


「えー、まだイケるしオレ。

あと 二皿くらいにしとくけどさぁ」


皿に残っているカルビを焼きながら

そういえば、最近すぐ腹減るんだよな って

あらためて考える。


普段バイクだし、食う分身体動かした方がいいかな?

けど体型とか変わってないし、特に不調もない。


「おまえの実家で 叔母さんのご飯食べた時も

店に寄って フライドチキンを買って帰ったただろう?」


追加肉の時に取った 熱い茶を飲みながら

ジェイドが眉間に皺を寄せる。


普段、一人暮らしをしている家から実家まではバイクで40分くらいの距離。

同じ市内だし、オレは用もなく よく帰る。

ジェイドが こっちに来てからは、ジェイドもよく帰る。


「あのチキンは 琉地に持って行かれたぜ」


「でも 僕の家でアクアパッツァを作った時も

ピザを取ってたじゃないか」


「うん、まあな」


ジェイドは軽くため息をついて

「ハーゲンティのせいなんじゃないか?」と

軽くオレを睨んだ。


「へ? ハティのせいって?」


「... ハティって、ハーゲンティのことか?」


「そ。ハーゲンティって長いじゃん」


また ため息ついてるし。


「その、ハティは 魔神だ。

一緒にいて 何も影響がない訳がない」


それは... うーん、どうなんだろ。

四六時中 一緒にいる訳じゃねーしなぁ。

たいてい頼まれた本とかを渡して

後は 勝手にハティが使いたい時に、書斎やリビングを使ってるって感じ。

書斎に関しては もうハティの部屋とも言えるかもしれんけど、オレは むしろジェイドとばっかりいるし。


あっ、そうだ。


「ハティさぁ、本借りたいって言ってたぜ。

前神父の」


これ頼まれてたの、忘れてたわ ちょっと。


「本?」


ジェイドは 臭いもんでも嗅いだような顔をした。


「そ。狭間とかで前神父を見た って言ってたぜ。知識がある とか言っててさ。

オレさぁ、“リンだけじゃなく、オレとジェイドの記憶も消せばよかったじゃん” って言ったんだよ」


「それで?」


「それじゃあ友人として成り立たないんだと」


おっ。臭がる顔じゃなくなった。


「... いいだろう。

ハティには ルカが本を渡してくれ」


「あとさぁ、おまえ何かに見られてるって言ってたじゃん?

ハティが そいつを見に来るってさ」


「教会には入れん。勘違いするな」


あっ。やばいな なんか。

こいつ、急にキレたりすることあるんだよな。


「門の外ならいいじゃん。

おまえも神父としてじゃなく個人として会えばさ。何が見てんのか気になるしさぁ」


うーん、頷かねーなぁ。


「わかった。じゃあ、オレとハティで張り込むわ」


「... いや。僕もいよう」


ジェイドは 仏頂面のまま

「行こう」と、湯呑みをテーブルに置いた。


「僕の給料には、食事代や光熱と通信費がプラスされるが、質素な暮らしが求められる」と

会計用紙をオレに渡す。


「いや、それは いいけど

オレまだ お茶飲んでないんだけどー... 」


「帰ったら コーヒーを淹れてやる。

竜胆に直火用のポットをもらったんだ」と

椅子を立って スタスタと歩き出す。


こうあるべき、というか

本当なら問答無用でハティを祓うくらいが当たり前なんだろうけど。

ジェイドは どっか神父になりきれない っていうか、よく神父と自分の間で葛藤するんだよな。


会計用紙持って オレも椅子を立った。

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