26


車を山の展望台の駐車場に置いて、後ろの座席から ビニールの手提げ袋を朋樹と取り出していると、隣に ルカがバイクを停めた。


ルカにも 手提げ袋を ひとつ持たせ

道路を渡って獣道に入る。


今夜の空には 月はない。新月だ。


楠の大木がある頂上付近の広場に着くと

「気持ちいい場所だな」と、ルカが言った。


「榊!」


オレが呼ぶと、ふわりふわりと

狐火が空に上がる。


にゃあ、と

楠の裏側から 露が走り出てきた。


「あっ、露子!」


だが露は、喜ぶルカの隣にいる

朋樹に飛び付いている。


「なんで オレじゃねーんだよー...

ま、いいや。マグロ買って来たぜ」


ルカは ビニール袋から次々と、ここに来る前に買って来たものを取り出す。


マグロの刺身、稲荷寿司、からあげ、ピザに

日本酒、ワイン...


一夜干しのアジの開きを出した時に

楠の裏から榊が顔を出した。


「ふん。伴天連はおらぬようじゃな」


まだ怖いのか...



あの後、朝日が登り

半ば放心して座る オレらの近くに

ハーゲンティとボティスが来た。


「よくやった! 予想以上だ!」


ハーゲンティが 右手を 一度払うと、オレの顔や胸のサリエルの血がなくなり

教会の割れたステンドグラスが 一ヵ所に集まった。


ハーゲンティは それを全部、純金に変えた。


「教会の修繕に使え」


そして、サリエルのことだが

ウリエルとは 元々 一人の天使だったらしい。


ウリエルが 天にいて、サリエルは 月にいる。


サリエルが 月でしていることに、天は気づいていないと思われ、サリエルの目的についても わからない。


ハーゲンティは

「お前の主に引き渡された後、地界にて

口を割らせることになろう」と、朋樹に言い

「本は 後程、ルカに渡す。

しばらく地界へ戻る。用があれば呼べ」と

教会を出た。


邪視避けの呪符を返そうとした ジェイドと朋樹に、ボティスは「くれてやる」と言い

ジェイドに

「その若さにしては なかなかやるな。

ゾッとするぜ」と、一言添えた。

「俺は しばらく地上にいる」と

何故か、オレとルカの頭を ぺしぺし叩き

「精進せよ」と、月詠の真似をして消えた。



「ときに泰河よ。

その酒は葡萄酒であろうか?」


「おっ、玄翁」


まあ、いるかな とは思ってたけどさ。


「友人を紹介してくれぬか?」と

黒狐の玄翁が、ステッキのような杖を持った

洋装の小さい爺さんに化けた。

今日は ベレー帽ではなく、ハンチングを被っている。


オレが 紹介する前に、榊が

「ふん。ルカ というのじゃ。

伴天連の手先じゃというのに魔に通じておる」と

切れ長の眼をした女に化けた。

昨夜とは違う、派手だが 普段着の和装だ。


ルカと玄翁が握手すると、草の上に座り込み

紙コップにワインを注ぐ。


「むっ、これは なかなか... 」


玄翁は ワインを気に入ったらしい。


「榊、月詠命から何か聞いたか?」


朋樹に聞かれて、榊は「いや」と首を横に振り

アジの開きに手を伸ばした。

尾の方を持ち、嬉しそうに身を齧る。

榊の好物のひとつだ。


「朋樹の祝詞が聞こえると、儂はすぐに

きみに呼ばれたのじゃ。

我が主君は、月の領分を取りおうて

あの神やこの神と争うておられる。

あの後は すぐに、儂は現世ここに戻された」


「そうか... 何か わかったら 教えてくれ」


榊は 紙コップのワインに口をつけ、ちらっと意味深に 朋樹を見た。


「... 直に わかるであろ。

儂は戻されたが、また すぐに根の国へと使いに出されたのじゃ。弟神を呼べ、と」


朋樹は「うっ」と、ワインを運ぶ手を止めた。


「これは夜の問題だ、姉神には知られるな、

とも、申された。

大暴れしていらっしゃることであろうの」


日本神話で、月詠の兄弟と言えば

姉神の天照と、弟神の...


ああ、なるほどな...


「そういう訳で、何かわかったら報告する故

心配するな」


「ふん、そうか」


オレの背後から声がした。


「ボティス!」


露を膝に乗せることに成功した ルカが

驚いて声を上げる。


ボティスは 何故か榊の隣に座り

玄翁と榊に「邪魔をする」と手をあげた。


「おおこれは、異国の神であるのう。

この山の玄翁と申す」

「瑞獣か。ボティスだ」

玄翁とボティスが、榊越しに握手をした。


「その酒をもらおう」と

まだ空いていない瓶を指して言うボティスに

朋樹が 日本酒を紙コップに注いで渡す。


「この国の者は 飲む物も米か」と言うが

気に入ったらしく、自分で 二杯目を注いでいる。


「なにか あったのか?」オレが聞くと

「ない故に暇を持て余した」と答える。


こうして榊と並ぶと、やっぱり どこか似てるな。


「蛇神か」と言う榊に

「まあ、間違ってはいない」とボティスは答え

「しかし、美しい... 」と呟いた。


オレは朋樹と 思わず眼を合わせる。


なんだと...


顔は半分くらい同じじゃねぇか...

どうやらボティスは ナルシストのようだ。


呟きが聞こえなかったらしい 榊は

「なんじゃ? 何を見ておる?

異国の神は 慎ましさ というものを知らぬのか? じっと見るのは失礼ではないか」と

キッとした眼で ボティスを見返す。


ボティスは

「女は このくらい跳ねっ返りの方が良い」と言い

「跳ねっ返りとは何じゃ!」と

余計に 榊の眼を吊り上げる。


オレは何やら、複雑な気分になってきた。



「あのさぁ、ちょっと... 」


ルカが 口を挟むと、心地よく酔い出していた玄翁が「ほっ?」と、今 起きたような声を出した。


「ジェイドと電話したいんだけど、いい?」


主に、玄翁と榊に向けて言っている。


「はて、ジェイドとは?」

「伴天連か?!」


狐に戻った榊は、二本のしっぽを膨らませ

背中の毛まで立てている。


「いや、玄翁や榊を どうこうって訳じゃ····」

「そう、大丈夫だから信じてくれ」


オレと朋樹が口々に言うが、どうも不安なようだ。


ボティスが小瓶を出し、中から青白い粉を撒くと、草の上に魔法陣が出来た。


「その円に 二人で入れ。隠してやる」


玄翁と榊が恐る恐る入ると、ついでに露も入り、二重の円の中の文字が浮く。

それに護られた感じを受けたのか、ふたりと露が少し落ち着いた。


ルカは、ジーパンからスマホと

プラチナブロンドの髪を 一房 取り出した。


髪を地面に置くと、ジェイドに電話して

通話をスピーカーにする。


「いいぜ」と、ルカが言うと

ジェイドが祈りとは違う、呪文のようなものを

知らない言葉で詠唱し始めた。


「ラテン語らしいぜ。オレもわからんけど」と、ルカが補足する。


アリエルのつややかな細い髪が

一本、また 一本と空に吸い込まれていく。


「見てみろよ」


朋樹の言葉に、恐れて固まっていた 榊と玄翁も

天を仰ぐ。


月のない夜に、牝のライオンが駆けた。


すると、星空から

ふわり ふわりと 狐火に似た 白い珠が降り注ぎ

大地に溶けていく。


「おお、これは... 」


玄翁が声を震わせ、榊は袖で 口元を覆い

涙をこぼした。


永い永い時間を経て

野の魂は 野に還った。


「世に、このように美しきことが

他にあろうか... 」


榊の言葉に、オレも改めて 天を仰いだ。








********   「伴天連」 了

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