クリスマス キャロル 朋樹

クリスマス キャロル 1


ずいぶん寒くなった。とくに早朝は。


もう六時になる。目覚ましが鳴る少し前に

習慣で目を覚ますと、ベッドからフローリングに下ろした足が冷たかった。


この秋は立て続けに 二つ程 でかい件があったせいで、気づけば もう冬になっていた。


シャツの上に パーカーを羽織って顔を洗うと、

朝の日課の掃除を始める。

とはいえ、マンションだ。

なるべく音を立てないよう 心がけている。


実家にいた頃は、五つくらいの頃から

拝殿の掃除をさせられていた。

幼稚園や学校へ行く前に、早朝六時から

兄弟三人で雑巾がけをする。


男ばかりの三人兄弟の真ん中で、なにかと

損なような 気楽なような...

ずっと そういう立場だった。


兄が実家の神社を継ぐことになっていて

弟は大学院生だ。

なんかの研究を続けている、とか言っていたが

まだ働く気にならないのだろう。


オレは といえば、その日暮らしだ。

幼馴染みの泰河と一緒に、祓い屋をやっている。


子供の頃から、実家で修行し 作法も仕込まれ

神職養成所で資格を取ったので、神職としての

一通りのことは出来るが、なんか 退屈なんだよな。


陰陽の勉強もし、師もついたが

下地があったせいか 半年程で師に並んでしまった。

だがこれは、実践... 主に式鬼しき呪禁じゅごんという意味で、式占ちょくせんや歴などに関しては 知識をその場で詰め込んだだけだったが。


掃除を済ませると 手を洗って着替えをし

軽めの朝食を取り、すっかり日が昇ると洗濯をする。


時間は八時。

泰河は まだ寝てるだろうし、沙耶ちゃんの店も

まだ開いてない。


散歩でもするか...


クローゼットから コートを取り出す時に

棚の上に飾った純金の板に眼を止める。


教会の割れたステンドグラスを

ハーゲンティという魔神が すべて純金に変えた。

その時の仕事料として オレがもらったのが

この三角形の でかい純金の板だ。


底辺は40センチくらい、高さは30センチ程。

受胎告知のシーンで、天使ガブリエルと向かい合う 横顔の聖母マリアが描かれている。


····あいつらは、もう売ったんだろうな


特に泰河。

よく、金かね って言ってるしな。

そう困っても いねぇくせに。


勝負好きなんだよな。『そして勝つ』とか言う。

もう、他人と そうそう喧嘩する歳でもない。

眼に見える成果が好きなので

現実的なところで、それは金になるんだろうが

そのせいで 時々トラブルにもなる。困ったヤツだ。


だが、ガキの頃から あいつといると

退屈もしない。


ルカは、別に嫌いじゃないが

他人なら苦手なタイプだ。


なんていうのか、他人との距離感を考えないヤツで、多少 慣れてはきたが、面倒くさい。

よく笑い、単純明快で わかりやすいヤツだが

時々 冴えている。


でも まぁ、泰河に加え

うるさいのが増えた って感じだな。



コートを羽織って、車の鍵を取る。

ジェイドの教会に行ってみよう。


本棚から日本書紀や古事記、他に和歌の本を取って ドアを出た。


自分の車を出すのは久しぶりだ。

普段は、泰河の車の助手席に乗っている。

仕事でも 二人で動くことが多い。


キャンプ場の山の麓の駐車場に車を停める。

最近、この辺りに来ること多かったな...


教会は、ステンドグラスを発注中で

窓には ビニールシートが張られていた。

これは、通常通りに教会を開けられるのだろうか? 扉は空いているが...


中へ入ると、知らない神父がいた。

にこやかに会釈をし、近づいて来るが

すぐに申し訳なさそうな顔になる。


「教会の修繕が済むまで、ミサは お休みしているのです。ですが、祈られる時はどうぞ」


若いな。たぶん、通いの助祭だ。


「ヴィタリーニ神父は、いらっしゃいますか?」


聞くと、ジェイドは告解の最中だという。


「お知り合いの方でしょうか?」


「はい。雨宮といいます」


ふらっと来たけど、考えなしだったよな。

ジェイドはオレらみたいに フラフラしてる訳じゃないんだし。


帰ろうかと思っていると


「雨宮... 朋樹さん、ですね?

司祭から伺っております。

それぞれの宗教について語られる仲だ と。

そのまま待たれていてください」


そう言われ、長椅子に座る。


程なくして 神父姿のジェイドが戻ってきて

「朋樹!」と 微笑んだ。


最初に会った時も思ったが、男なのに麗しいヤツだ。

アッシュブラウンの髪、透き通った白い肌

亜麻色の眼に、桜色のくちびる。

だが、マルゲリータが吹き飛んだことを忘れてはいけない。


「朋樹、家の方に回ってくれ。

本山さん、あなたも休憩を取っていてください。のんびりいきましょう」


ジェイドは、助祭の肩に手を置くと

「‘’修繕中につき‘’ って札だけ、扉に掛けておいてくださいね」と、にこやかに笑った。


リビングで イタリア式のコーヒーを出してくれたジェイドに、持ってきた本を渡す。


「日本の神々の話だね、興味深い。

これは... 和歌! 美しい言葉達だと聞くが

僕に どのくらい理解出来るだろう?」


「理解、っていうか... まぁ

古語の意味は調べることになるだろうけど

あとは、感覚で気に入るかどうか だと思うぜ。

絵みたいに」


「そうか... うん、そうだね。

毎晩 少しずつ、情景を思い描いて読んでみるよ」


ジェイド とは 気が合うんじゃないか と思うんだよな。

似たような資格を持った立場 という共通点もあるが、何か 話していて落ち着く。

どこか似てる気もする。


しばらく他愛ない話をしていたが、ジェイドが

“本屋につきあってくれ” と言う。


「クリスマスに、ボランティアの人達と

子供たちに読み聞かせをするんだ」


「そういう時って、子供向けの聖書じゃないのか?」


「それは プレゼントとして用意してあるよ。

だけど 僕は、何か 他の話も聞かせたい。

本は、内側に世界をくれる」


さらに、教会の後ろの方に

本棚を置く予定でいるらしい。


「子供の時って、どうしても行動は制限されるだろう? でも、心には制限がない。

どこまでも拡がる。世界を創ることも出来るんだ。まるで聖父のようにね」と

ジェイドは、冗談めかして笑った。



大型書店に 三時間程いただろうか。

本屋から台車を借りて、車に絵本を運ぶ。


「まずは 一通り 僕も読みたいね。

有名な話は知っているけど、日本語で読むと印象が違うし、同じ本を読んだ人と感想を語り合うのは楽しい」


車のトランクと後部座席に本を積みながら

ジェイドは上機嫌だ。


「ルカに頼むと、マンガばかり持ってくるんだ。読めば素晴らしかった。さすが日本だ。

だけど、創造を楽しむには 活字だと思う。

幼いころは それを補うのに 挿し絵がいい」


台車を書店に返却し、車に乗り込みながら

ジェイドが「あ、そうだ」と 大きな声を出した。


「僕は、ルカの妹が生まれた時に 日本に来ていて、その時も本屋に行ったんだ。

買ってもらったのは、“妖怪大辞典” という

日本の魔物や精霊の本だった」


車を出しながら 思わず笑って話を聞く。


「今でも不思議なものがいる。一反木綿だ。

洗濯物が飛んでいただけじゃないのか?

日本は昔、褌という布状の下着を着けていたんだろ? 何故 それが精霊で、何故 怖いんだ?」


「さぁな。

それは オレより、泰河に聞いてみるといい」


ジェイドは頷き

「あの本も本棚に置いてみよう」と言った。

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