21


「アリエル」


シェムハザは 魔法陣に近づくと、アリエルの帽子を取り、自分の背後に捨てる。

アリエルは 青い眼をシェムハザに向けた。


シェムハザが指を鳴らすと

アリエルの眼の色が 黒く変わる。


「... 私、は」


アリエルは黒い眼で、シェムハザを見つめた。


「罪を 犯した... ?」


「考えるな、アリエル。

お前は 今 生まれたのだ」


シェムハザが微笑みかけ

「その罪ごと お前を貰い受けよう」と言うと

途端に その左半身が炎にまかれる。


アリエルの罪が シェムハザに移り

罪ごと焼かれたようだ。


炎は 一瞬で消えたが、シェムハザの左半身から

ぶすぶすと煙が上がり、焦げ臭い匂いが漂う。


「しばらくは見苦しいが、許せ」


シェムハザは 焼け爛れていない方の右手を

アリエルに差し出した。


「来い」


アリエルは シェムハザの手のひらに

自分の手を重ねる。


シェムハザが知らない言葉で何か呪文を口にし

アリエルが魔法陣を出ると

魔法陣の中には、青い眼をしたアリエルが残った。


「今より お前を我が妻とする。良いな?」


シェムハザが 引き寄せて言うと、アリエルの黒い眼に生気が灯る。


「ん? ここは 何処だ?」


アリエルの肩を抱き、シェムハザがハーゲンティに聞く。


「極東の島国だ」


「日本か... 我が城までは遠いな」と 少し考えたが

「よし」と、アリエルを抱き抱え

背中から黒い翼を拡げる。


「帰城まで世界旅行といこう。

何も知らぬなら、知れば良い」


「では」と、ハーゲンティと ボティスに

「あちらは頼んだぞ」と

青い眼の アリエルに眼をやり

「掴まれ」と、腕の中の アリエルに言うと

シェムハザは 空に飛び立った。




********




「見た目だけ男前 って訳じゃねーんだな」


ルカが 空を仰いで感心している。


飛び立つ時に見た 黒い眼のアリエルは

驚きと喜びの表情で、シェムハザを見つめていた。

こう言うのは、こそばゆくなるが

恋に落ちた という顔だった。


「シェムハザは、妻の寿命が尽きるまで

それはそれは大切にする。

もう、あのアリエルには心配いらん」


「おう。ありがとな、ハティ、ボティス。

見直したぜ」


黒い眼の、人間のアリエルについて。


普段、契約を取り扱うクラスの魔神や悪魔

... ハーゲンティやボティスになら

肉体を生かしたまま、霊性だけを抜き出すことや

分けることが出来るらしいのだが

最初、ハーゲンティとボティスは

“青い眼のアリエルを抜き出したら

黒い眼の人間のアリエルは幽閉する”... と

言っていた。

サリエルに 魂を渡さないために。


『ふざけんな!』と、ルカが切れ


『そっちも最善を選べよ! 魔神なら出来るだろ?

出来ねーなら 地に帰れ! ジェイド!』... と

送らせようとしていた。


祓魔師に送られると、魔神であろうと

しばらくは 地界から出られない。

呼び出されれば別のようだが、それは使役されることを意味する。

少なくとも 本人の意志では、長い間 地上に出ることは出来ないようだ。


切れる ルカに

「わかった」と、ため息をついたハーゲンティと

「お前、あんまり見くびんなよ」と

赤い眼で睨んだボティスが、選んだ策がこれだった。


「ふん。人間が望むもの というものは

昔から単純なものだ。

その分、手に入りづらくはあるがな」


ボティスは そう言うと、オレの手首を掴み

自分の眼の前に、オレの手の甲を向けさせる。


「これにするか」


オレは、人差し指と中指に指輪をしていたが

ボティスは、人差し指の分厚いシルバーの指輪をオレの指から抜き、自分の指に嵌めた。


「おい、待て!

それ高かったんだぞ!」


焦るオレに「安いもんだろ?」と、ニヤリと意味深に笑う。今の仕事の料金か...


「さて、問題は... 」


ハーゲンティの 一言で、オレらは アリエルに視線を向ける。


鎖骨までの黒髪、深く青い眼。

ノースリーブの白い膝丈のワンピース。

裸足の足。


右手に握っているのは、さっきのステンドグラスだろうか?


アリエルは、ただ

教会の開かれた扉を見ている。


「アリエルの罪と肉体は消えた。

もう、歩みを阻むものはないはずだ」


ハーゲンティが言う。


「だが、必ず邪魔は入る」


サリエルか...


「それに だ。アリエルが教会に入るまで

俺等は門の内側には入れんのだ」


ボティスが「ふん」と鼻を鳴らし

先を続ける。


「俺等の存在自体が アリエルの邪魔になる。

惑わす者 としてな。

さらに、アリエルが教会へ入れたとしても

俺等が扉の中に入るのは 状況次第だ」


首のネクタイを解いて外すと、胸のボタンを開けて「見ろ」と、自分の胸を見せる。

ボティスの胸には、長い 三本の みみず腫れがあり

血が滲んでいた。


「さっきの祈りのだ」


ジェイドが アリエルの髪に祈りを捧げた時か...

平気な顔をしていたが、どうやら痩せ我慢してたらしい。


「お前等、ハーゲンティのめいを聞けよ」


ボティスが長く指笛を吹くと、黒雲が教会の空を覆い出す。


夜空の下弦の月は、消え入りそうに細く薄い。


「俺には、60の軍がおり

ハーゲンティは33の軍を持つ」


月まで黒雲が覆うのを見ながら、ボティスが言う。


「だが、地界の長は ハーゲンティだ。

戦略に長けている。なにしろ、賢者だからな」


オレは 思わずハーゲンティを見た。


「時間だ」


ハーゲンティが軽く息を吹くと、魔法陣は消え去り、アリエルの 白いワンピースの裾が揺れた。


黒雲の向こうで雷鳴が鳴り出すと

ハーゲンティは 口元を微かに緩ませる。


アリエルが 一歩、教会へ踏み出した。

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