18


「サリエルか... 」


「らしいぜ。ハティ達が言うにはな」


教会の裏、ジェイドの家のリビングで

それぞれが ソファーに だれている。


疲れた。今日は。

ワイン飲みながら、あくびを噛み殺す。


「で、ジェイドや朋樹が寝ちまうのは、邪魔させないため らしいぜ。

アリエルの手助けをさせない、ってことだな。

天に祈れば、それが届いてしまう。

聖職者や神職は 祈りとか詞で、それぞれの神や守護者やらに語れるらしい。

加護も受けやすいしな」


「じゃあ、ルカも動作を妨害されるのは?」


「うちは カトリックなんだよ。主に母さんが。

たぶん、それだろ」


自分のグラスに ワインを足しながら

ルカが続ける。


「とにかくな、ハティ達は

最早 おまえ等のみの問題ではなくなった... とか

言ってたぜ。魂の配分がうんぬん、とか」


ジェイドの眉間に 軽くシワが寄る。


「関わる気か。さっきの黒雲はどっちだ?」


ん? 教会の外が急に曇ったことだろうか?

オレとルカが教会に走った時に。


「ボティスの軍だろ。

加勢してやる、とか言ってたし」


半分寝かけていたが、気になるので

ここで口を挟んでみる。


「軍て、雲が か?」


「あれは ただの雲じゃない。

ボティスが自分の軍を呼んだんだよ。

月から、オレと泰河を隠したんだ」


月。サリエルからか。


「サリエルは、雷で射とうとしたけど

うまくいかなかったから

地に降りて、見に来たんだね」


ジェイドが言う。


「大鎌持って、か」


なんの気なしに呟くと、ルカが

「大鎌?」と不思議そうに聞き返す。


「泰河、なんか見えたのか?」


「は?」


はっきり見えたじゃねぇかよ。


オレが見たもの。

黒いローブで、フードを目深に被った大鎌の男のことを話すと

「えっ、おまえ すげーじゃん」と

ルカが感心する。


「オレにも ハッキリは見えなかったんだぜ。

黒いやつには見えたけど、あの長い棒が鎌だってわかったのは、ハティから サリエルだ って聞いたからだし」


ジェイドには、何か強大な気配としか

わからなかったらしい。


「... いや、それは おかしい」


朋樹が口を開く。


「こいつ、すげぇ鈍いんだよ。

いくらか気配とか感じることはあっても

見えることは、ほぼ ない。

相手が強けりゃ見えることも 稀にあるが

ジェイドや ルカ以上に 見える訳はない」


「でも、見えたぜ。

まるっきり死神だったしよ」


フードの中身は骸骨なんじゃないか と思うくらいの死神具合だったしな。


「... そうだよなぁ」

ルカは朋樹に顔を向け、オレを親指で指した。

「そこら辺の生きてないヤツに足捕まれたりしても、素通りしてるもんな」


今、ルカがなんか すげーこと言った気がする...

マジかよ...


「多分だけど、アリエルに触れたからなんじゃないかな? 彼女は 一度、泰河の胸で溶けた」


ジェイドが言う。


「それは、アリエルが見たサリエル なんじゃないか?

しかし、死神のようだったのか...

彼には 元々そう言った伝承はあるし、堕天した と言われているけど、はっきりは してないんだ」


ただ、と 前置きし


「邪視には、彼の護符が効く と いわれている。

邪視を避けられる とね。

本人にも効くかどうかは わからないけど」


「いけるんじゃねーの? 鏡みたいに。

メデューサとかも、そういうやつで自分が石化してなかったっけ?」


ルカの説明で ちょっと笑った。

自分の護符で、って...

それ、おまえだろ とか言いたくなる。

深夜ってなんでも面白くなるよな。


「じゃあ、護符は 一応用意してみるかな。

他に何か聞いた?」


「ああ、なんか確信は ないらしいけど... 」


ルカが、ジェイドと朋樹に

サリエルは、天には黙って独断で

アリエルを地上に堕天させた恐れがある ことや

その魂を手に入れるために、絶望に追い込もうとしているのではないか... と 考えているらしい、と話す。


「... やり方が汚ぇな」


朋樹が さも軽蔑したように吐き捨てた。


「待て...

天が、アリエルの堕天を知らないのなら

アリエルは、人間の身体を完全に離れれば

天に戻れるかもしれない。

天では、アリエルが不在 だというだけだ。

戻っても、何の不都合も生じない。

肉体の枷が外れれば... 」


ジェイドが考えながら話す。


「え... ジェイドおまえ。それって、つまり」


肉体の死、なのか?


「いや、何か方法はあるはずだ。

沙耶夏さんの店で、泰河が会ったのは

アリエルの霊性だけだった」


そうか


主人格から他人格を差っ引いて、他人格だけ天に戻ればいいのか。


でも、どうやって... ?


「... 他人格の天使部分を、身体から分離することが出来たとしてもだ」


朋樹が話す。


「分離したそれも、同じ肉体の魂の 一部だ。

必ず 元の身体の魂に戻る。

オレが生き霊を相手にする時もそうだ。

念を浄化すると、本人の元へ戻る。

多重人格の場合でも、主人格に他人格を統合していく方法を取るらしいぜ。

アリエルは 人間として地上にいる。

分離しているのは 一時的なものなんだ。

霊性は、ひとつの身体にひとつだ。

主人格と他人格は、互いに繋がっている。

肉体が滅びれば、他人格の意志は

霊性ではなくなる。

主人格の魂は別の場所へ行くからな。

他人格の魂も引っ張られて、一緒に行くんだよ。

残るのは霊性には満たないもの、“想い” になる。

人霊で言えば 未練や執念だ」


なるほどな...

肉体がある限り、繋がれてる状態だと言っても

過言じゃないけど、肉体を失えば

分離した他人格は 本人に満たなくなる。


「それに、もし仮に

アリエルの主人格から他人格だけを抜き出して、完全に生きた身体と分離出来たとするだろ?

互いに繋がった “霊性自体” を 二つに分けたとする。

それでも、他人格... 霊性が教会に入れなければ、

呪縛は解けないはずだ」


「なんで そう思うんだよ?」


オレが 朋樹に聞くと、ジェイドが

「それは 多分正しい」と

また考えながら話し出した。


「アリエルは、サリエルに

‘’自分の足で教会に入れたなら” と

試練を与えられている。

これは、簡単に言ってしまえば

契約や呪いと同じなんだ。

アリエル自身が、それをけてしまってるから」


そして これは

もし、サリエルが なんらかで消えても

無効にならないらしい。

これにはまた、朋樹が補足する。


「よくさ、昔話なんかでも怪談話とかだと

七代先まで祟ってやる、とか言うよな?

そこで呪いにかかってんだよ。

呪いをかけた方が死んでも、かかった方には有効だろ?」


ああ、なんとなくわかった。

かけたヤツがどうこうしてるんじゃなくて

かかった方、アリエルに作用してんのか...


「でもさぁ、他人格のみになれば

教会まで歩いても、もう溶けないよな。

身体がないから」


ルカが ボトルを空けて言った。


「ルカ、おまえ 話 聞いてたのか?」


朋樹が ムッとする。


「聞いてたよ。普通ムリなんだろ?

ひとつの身体の霊性を、二つに分けるとか。

人にならね」


ジェイドの視線が ルカに向いた。


「あのさ、他人格の天使の話ばっかだけど

もし主人格だけになったら、その人間の部分は

どうやって生きると思う?」


オレも、朋樹もジェイドも 答えに詰まった。

考えてなかった。


「自殺しなくても、たぶん死ぬぜ」


誰も話さないので、ルカが話を続ける。


「オレさ、沙耶さんの店で アリエルに触れてるじゃん?

その時 見えたのは、暗闇だけだったんだよ。

生きてるとかの実感がない みたいだった。

あとは、元の霊性の記憶だな。他人格の。

メスのライオンになって走っているとこ と

教会の灯りと、たぶん 泰河の手の温度」


アリエルは、二ヵ月前は天にいて

突然 地上に堕ちたと、ボティスが言ってたな。


まだ ほんの 二ヵ月だ。


でも、堕ちてからは ずっと

闇の中にいるのか?


二ヵ月も 独りきりで


「比喩とかじゃなくて、生きてる理由がないから無意味なんだよ。主人格にとってはね。

沙耶さんとこに占いに行ったのも、深層で他人格が影響して、泰河を探しただけだ。

泰河が教会で触れるまでは、他人格だって

ひとりで闇の中にいたんだしな」


なら、どうすればいいんだ?

他人格のアリエルは帰りたがっている。


主人格のアリエルは、他人格を失えば

存在する意味を失う。


だけど...


胸にアリエルの頭部を抱いたことを

思い出した。


あの時、アリエルは

嬉しそうな顔で微笑った。



「... スぺランツァ」


三人が オレの方を見る。


あの時、溶けきる前に

アリエルは 唇を動かした。


その言葉が 口をついて出た。


「speranza...  希望 だ」


なんか、疲れてる時とか 深夜って

やばいよな。


さっき笑ってたのに

泣けそうな気分になる 簡単に。


どっちのアリエルも 救われなきゃ 嘘だ。


「ジェイド。

おまえが優先するものって、何?」


ルカが ジェイドに聞く。


黙ったままのジェイドに、ルカがまた

質問を重ねる。


「信仰心、だよな? それは何のため?」


ジェイドは瞼を閉じた。

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