10


は? 何言ってんだ?こいつ。


あからさまに そういう顔になっちまった。


あ 待てよ。

昨日の女って、リホって子 だろうか?


「違う。あの溶けた女だよ!」


うーん、表情で何考えてるかが理解わかるとは

さすが幼馴染みというだけはあるな。


でも、占い客があの女 とか

いくらなんでも、それはないだろ。


奥のテーブルの方を振り向いた。

パーテーションしか見えねぇけど...


さっき入ってきた女は ジーパン穿いてたし

アイスティー 頼んだんだぜ?

他人の空似 ってやつだろ。


スマホを取り出し、メモ画面に

『でも溶けてねぇだろ』と書いて

朋樹に見せた。


「おまえは見てないから そう言うんだよ。

あれは、あの女だ」


朋樹も奥のパーテーションを振り返る。


それなら、と

『おまえが金縛りになってねぇだろ』と

また書いて見せた。


「そう! それなんだよなぁ...

でも絶対 あの女だ」


譲らねぇなぁ。

なんだよ、この根拠のない確信は。


昨夜の女の顔を思い出してみる。


幅がある二重まぶたに長く濃い睫毛。

すっとしているが、そう高くはない鼻。

ふっくらした柔らかそうな薄紅色の唇。


きれいな顔はしていたが、たいして特徴的でもなかったし、似てるヤツなんか結構いそうだったぜ。


「来た時に被ってた帽子、脱いでたんだよ。

眼の色が藍色だった」


ん?

昨夜、オレにも黒い眼には見えなかったが

あれは、教会のステンドグラスが 眼に反射してたんじゃないのか?


いや、待てよ。

反射するほど、強い灯りではなかった気がする。


灯りが眼に映る程なら、オレらの眼も違う色に見えたはずだが、そんなことはなかった。


でも、だからってなぁ...


「一応、ルカとジェイドに連絡しとくぜ」


おい、はやまるなよ。

違ったら どうすんだよ。


手のひらを朋樹に向けて、‘’待て‘’ と示した。

言葉で話せないというのは、もどかしく結構大変なことだ。


またメモに

『眼の色が同じ他人 じゃねぇのか?

日本人でもマレに青い眼で生まれることがあるらしいぜ』と、書いて見せる。


「ああ、知ってるよ。

でもあれは他人の空似とかじゃない」と

朋樹は ルカとジェイドにメッセージを入れながら

「どう引き留める?」と、オレに聞く。

占いの客、本当に引き留める気かよ。


『人違いで、単なる占いの客なら

その人にも沙耶ちゃんにも悪いだろ』


また書いて見せると

「じゃ、尾けるか?」と聞いてくる。


いや... ストーカーみてぇじゃねぇか。

店の男の人が尾けてきた... とか問題だろ。


そうこうしている内に、奥のテーブルのイスが動く音がした。


「... ありがとうございました」

「いえいえ、またいらしてね」と

それぞれ帰りの挨拶をしている。


パーテーションの裏から、客と沙耶ちゃんが出てきて 店のドアへ向かう。


オレと朋樹も立ち上がり、会釈して

客を凝視した。


シャツにカーディガン。

タイトなジーパン、低いヒールの靴。


後ろで緩く結んでいる髪は、昨日の女と同じ黒髪で、長さも似たような感じだが

やっぱり帽子のせいで、鼻から上が見えない。


オレらの目の前を通って、女は店を出た。


「オレ、行って来るわ」と、朋樹も店を出る。


あーあ...

声かけても尾けても警戒されると思うぜ。

まあ朋樹は男前だし、下手したら喜ばれるかもしれんけど。


「朋樹くん、どうしたの?」


オレは 沙耶ちゃんに スマホメモで簡単に説明し、今の客の占いの内容を聞いてみた。


「いつ願いが叶うか、ってことだったわ。

具体的な内容は話してくれなかったけど...

でも、見た感じは 普通の女の子だったわよ」


願い、なぁ。

ぼんやりした相談内容だよな。


『眼の色も普通だった?』と書いて見せると


沙耶ちゃんは

「深い青っぽく見えたけど、カラーコンタクトじゃない?」と、軽く答えた。


「でね、占ったんだけど、何も わからなかったの」


えっ

沙耶ちゃんでも、わからないって時があるのか...


「霊視でも何も視えないし、ルーンでもカードでも、努力と助けが必要... って感じで。

彼女の願いが叶う時期どころか、叶うかどうかもわからなかったのよ。

だから、お代は いただかなかったわ」


沙耶ちゃんは

「こんなこと初めてだったけど、私も まだまだってことね」と、小さく ため息をついた。


「さ、そろそろ お店開けなきゃ。

でもその前に、今日はシュークリームをたくさん作っちゃったんだけど、泰河くん、食べる?」


オレが笑顔で頷くと、沙耶ちゃんは

「持ってくるわ」とキッチンに入った。



その間に、奥のテーブルのパーテーションを

片付けとくかな。

下にコロコロ付いてるけど、結構デカイから

沙耶ちゃんが運ぶのは大変だろうし。


しかし朋樹、変質者扱い されてねぇかな?

まだ連絡ないし、尾けてんだろうか?


「!!」


パーテーションを外して 思わず身が縮んだ。


テーブルを前に、あの女が座っていた。

白いノースリーブのワンピース

深く青い色の眼...


カウンターの方から

「あら、泰河くん、ありがとう」と

沙耶ちゃんの声がする。


オレは、オレを見る女の眼に釘付けになっていた。


混乱したまま、無意識に口が動く。


「... Voglio tornare」


なに? 今、オレが言ったのか?


女は テーブルに着いたまま、薄れて消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る