あれから


ジェイドと朋樹が、それぞれの方法で

オレの声を出そうと いろいろなことを試した。

やれ、簡単な儀式をしてみたり、禊いでみたり。


だがどれも効果はなく、そもそも 二人の見立てでは、オレは 何にも憑かれていない という。


「だいたい、おまえ憑かれねぇもんな」

朋樹は、やーめた って風に コーヒーを飲み干す。


ルカにも 何も見えないらしく

「まあ、ちょっと大人しくしてるのもいいんじゃねーの?」とか、のんきな事を言っていた。

ヒトゴトだと思って勝手なこと言いやがって·...

オレは おまえほど うるさくねぇよ。


ルカの言葉に「そうだな」と 同意した朋樹を 強く睨むと、ジェイドが肩を竦め、慰めるかのようにオレの肩を ぽんぽんと軽く叩いた。


「たぶん、なんかサワりでも あったんだろ?

だって、溶けるような女掴んだんだしさぁ。

そのうち治るってー。腹減ってきたわ オレ」


ルカ。腹立つぜ おまえ。



そうこうしている間に 朝になり

ジェイドは もうすぐ教会の扉を開ける時間らしい。


「今日 このまま、なんか仕事すんのか?」


朋樹が ジェイドに心配そうに聞く。

オレらも同じだが、ジェイドも まったく寝ていない。


「いや。隣の区から助祭の子が通ってくれてるんだ。今日はその子に教会を頼んで 仮眠は取るよ」


起きたら、ルカがメモした記号を調べてみると言っていた。


ルカが あくび混じりに「また本借りてくし」と、リビングを出る。


「あいつ、本なんか読むんだな」


朋樹が不思議そうに ルカの背中を見て言う。

オレも同印象だったので、うんうんと頷く。


「ハティが読みたがるらしいよ。

この世に知識ほどの宝はない、とか言って。

僕も 幾らかは向こうから持って来たけど

ここには 前神父が遺した本が たくさんあるからね」と、ジェイドが言うと


「おっ、オレも借りたいな」と

朋樹が食い付いた。


「いいよ... 朋樹。

僕は、日本の神道について興味があるんだけど

おすすめの本があったら教えてくれないか?」


「おお、マジで?

じゃ、今度 見繕って何冊か持ってくるしよ。

オレに答えられることなら何でも答えるぜ」


おうおう、オレひとり置き去りで盛り上がりやがって。こいつら もう全く、オレの声のことなんか気にしてねぇな。


ムスっとしたまま 二階の書庫について行き、とりあえずオレも、ナントカの書日本語訳 解説 とかを 何冊か借りた。



 

********




「それで、話せなくなっちゃったの?」


沙耶ちゃんのとこで遅い昼食中だ。

時間は もう16時になる。


起きてシャワーして家出て、今日 初の飯だ。

昼食というより朝食だけどさ。


朋樹は 昼頃起きたらしく、14時頃にオレの家に来た。

それで起こされた訳だが、割りと長く寝た割に

起きても 疲れのせいかスッキリしない。

夕方くらいまでは寝てたかったんだけどな...


「そう。起きても やっぱり話せないらしいんだ」


昨夜から朝までの事を、飯食いながら

朋樹が 沙耶ちゃんに説明した。


「困ったわね...

原因が わかってても、解決法を見つけなくちゃね。時間経過でなんとかなりそうなものでも なさそうだしね」


そうなんだよな。

一度寝て起きたら もしかして... とか思ったんだけどなぁ。


沙耶ちゃんは、カウンターを出ると

店のドアに “準備中” の ふだを掛けた。


18時までは、夜の仕込みと

予約の占い客を ひとりふたり鑑定するためだ。


オレらが ここにいる時は、仕込みを手伝ったりもする。とはいえ、食材を買いに出たり

沙耶ちゃんの指示通りに 火にかけた鍋の中身をかき混ぜるくらいだが。


「仕込み、手伝うよ」と言う 朋樹と共に

オレも イスから立ち上がるが

「泰河くんは いいわ。

疲れてるみたいだし、座ってて」と

沙耶ちゃんに止められてしまった。


渋々 イスに座り直し、出してもらったコーヒーを飲みながら、ジェイドに借りた本を開く。


えーっと... なんか、天使が堕ちた って話だな。

堕天使、ってヤツか?


自分が神と同等なのではないか?... とか

勘違いして、堕とされたり。

土塊から造った人間にばっかり 愛情注ぎやがって。オレらは 炎から生まれて、人間の姿かたちは 神やオレらの模造なのに... とか

嫉妬して堕とされたり。


そんで、堕天使が悪魔になった と。


へぇ。じゃあ、天使の形は人間なのか。

目には見えないらしいけど。


しかし、嫉妬でも堕とされるとは...

自由意思も持てねぇのか。

ひたすら使命に従う訳だ。


おっ。ルシファー とかは 聞いたことある。

悪魔側の皇帝 とか、金星のことだ とか。


けど仏教だと、真言宗の空海和尚が悟りを開いた時に、口に 明けの明星... つまり金星が入ってきた って話があるよな、確か。

キリスト教側が聞いたら、とんでもないな。


あ、でも。神とキリストと天使以外は

どこの神でも悪魔でも、全部悪魔なんだっけ? なら問題ない? のか。


うーん... オレ あんまり、キリスト教的な話知らねぇんだよな...

だからって日本神話とかも、朋樹ほど詳しい訳でもねぇけどさ。


ただ、古事記と日本書紀で 多少書いてあることが異なる部分があるように

堕天使についても、なんとかの書によって

堕ちる理由とかが ちょっと違ったりするみたいだ。


いや、違ってるんじゃなくて

どっちも理由としてあるのか?


まあ、その書とかにも

認められている聖典と、外典扱いになってるものもあるようだな。


さらに、同じ宗教でも宗派によっては

『誰々は大天使だ』とか『いや堕天使だ』とか

違ったりして、疎いオレには さっぱりわからん。


あちこちの国の神話に、なぜか 共通する部分 ってのがあったりするらしいが

世界は数日間で神に創造された... って、よく読む気がする。


で、日本の神が地上へ降りたり冥府へ入ったりするのと、天使が地に堕ちる ってのが

ちょっとだけ似てる気がする。

天から 違う世界へ行く... ってとこが。



朋樹が キッチンからカウンターに戻ってきた。


「今から 占いの客が来るらしいぜ」


占いの客が来た時は、店の奥のテーブルを使う。


以前、オレらは 客に気を使って

占いの時間になると 店を出ようとしていたが

沙耶ちゃんが「かまわないわ」と言うので

店のバイト君が休憩を取っているフリ をして

カウンターにいる。


奥のテーブルの前に 占いの時だけパーテーションを立てるので、店内のほとんどが客からは見えなくなるのもあって、客の方もオレらを あまり気にしていないようだ。


占いの相談内容によっては、オレらの仕事依頼に繋がることもある。


急に不幸が重なり出した、とか

家族や知人が突然豹変した、とか

妙な現象が続く原因 みたいなやつ。


たいてい調査しても何にも出ないが

時々アタリの時もある。



占いの客が到着して、ドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」と

奥のテーブルに沙耶ちゃんが案内している。


「いらっしゃいませ」と言う朋樹と共に

カウンターのイスから立って、オレも会釈だけしとく。

来店した占い客は、つばのある帽子を深くかぶっているが、若い女の子のようだった。


店が 喫茶店ということもあり、サービスで占い客にドリンクを出すので

沙耶ちゃんに「アイスティーをお願いね」と言われ、朋樹が作って持って行った。


「どうぞ、ごゆっくり」と、朋樹はカウンターに戻って来ると

小声でオレに「おい」と耳打ちした。


「昨日の女だ」

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