「あのなぁ、泰河。

なんで おまえは、観察するとか、ちょっと考えてみる とかが無いんだよ?

これ、毎回言ってる気がするけど」


「本能的っていうか、動物的だよなー」


「ルカは他人ひとのことは言えないと思うよ」


「おい、泰河?」


石畳の上に座り込んでいるオレの肩を、朋樹が軽く揺する。


「おまえ、泣いてんのか?」


頬を伝う涙が 次々と石畳に落ちた。


「どうした?」


朋樹の言葉に 首を横に振る。

なんだろう... ?

自分でもわからんが、涙が止まらない。


朋樹が 正面に回り込んでしゃがみ、視線を合わせてくる。


「... 憑かれてはいないな」


石畳を歩く音がして、ルカとジェイドも オレの近くに来た。


「ちょっとごめん」


ルカが 朋樹の隣にしゃがみ、手を伸ばすと

オレの胸に その手のひらを当てた。

女の頭が溶けた場所に。


「... なんだろ? これ」


ルカは、オレの胸に当てた自分の手を見ている。

どうやら残った女の思念を読もうとしているようだ。オレは言葉も出せないでいた。


「喪失感と切望と... 希望?

... で なんだろ、この記号」


オレの胸から手を離し、その手のひらを見つめる。


「とにかく、家の方に戻ろう」


ジェイドが そう言って、オレの背中に手を置くと、ふっ と、複雑だった胸の中が軽くなる。


「立てるか?」


朋樹に言われ、頷くと

ふらつきながら立ち上がった。




********




教会の中を通り、ジェイドの家に戻ると

リビングのソファーに どさっと腰を降ろした。


なんか疲れた。やたら。


いつぶりかに泣いたせいと、涙を拭おうと雑に瞼を擦ったせいで、まぶたがヒリヒリする。


ジェイドが淹れたコーヒーを飲んで

やっと 一息つく。


「オレも、近くまでは行ったことあるんだけどさぁ」

ルカが カップを片手に話し出す。

「泰河、よく走れたよな」


あの女は、十日程前の満月の晩から出だしたようだ。


ここに遊びに来ていた ルカが、何かの気配に気づいて外に出てみると、今晩のように、女が教会に歩みよりながら溶けていった。


その晩から、ルカとジェイドは

毎晩、あの女が溶ける様子を見続けることになった。


外門が開き、女が立つと、ジェイドは動けなくなる。

意識はハッキリしているのに、まるで他人の身体のように、自分の意思で身体を動かすことが出来ない。


ルカは 動けはしても、ひどく身体が重くなる。

なんとか歩を進めたが 間に合わず、触れる前に

女は 溶けきってしまう。


それなら... と 外門の外で待ってみると

いつの間にか、半ば溶けた女が 石畳の途中を教会へ向かっている。


石畳の途中で立っていても、振り返ると、やっぱり女は 溶けながら教会へ向かっているらしい。



「オレも、動けなくなったんだよな。

金縛りにあった感じに似てた。

まったく霊視も出来なかったしな」


朋樹は 手のカップを見つめ

「あの女には、しっかりと身体があった。

霊じゃないと思うぜ。

でも、人に何かが憑いた ってものでもないと思う·... たぶんな」と

めずらしく歯切れの悪い言い方をした。


「ジェイドも朋樹も動けないってことは

聖職者や神職に何かあるんかな?」


ルカは コーヒーを飲み干すとカップをテーブルに置き、また オレに触れた方の手のひらを見つめる。


「何かを失って、それを切望してるみたいだった。

すげぇ哀しいのに、なんか、喜びみたいなものもあった。目の前が少し拓けた時 みたいなさ。

あと、記号みたいなのが見えたな」


ルカの言葉で、ジェイドが 壁際の棚から

紙とペンを取り出してテーブルに置く。


「どんな記号が見えた? 書いてみて」


ルカが 思い出しながらペンを動かす。

記号は いくつかあったようで

「... いや、違う。なんか Xみたいのもあった」と

書いては消しを繰り返している。


「泰河。おまえ

実際に 女に触ってみて どう感じた?」


朋樹に聞かれて、女の肩を掴んだ時や

胸に頭部を抱いた時の感触を思い出す。


体温は オレより少し低いようだったが

普通だろうと思う。


触れた時は、確かに人の感覚があるのに

触れた場所から溶けていく。


溶ける時、その瞬間だけ液体のようになるが

液体はすぐに粒子のようになって

大気に溶け込んでいくように見えた。


説明しようと口を開くが「... っ 」と

声が詰まる。


カップに残ったコーヒーを飲み

もう 一度 話そうとしたが


「......... 」


「泰河?」


朋樹の不安気な声に、ルカとジェイドが紙から眼を上げ、オレの方を見た。


「お前、喋れないのか?」


「!!」


えっ、マジかよ?!

声、出ねぇ...

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