スノーホワイト 4


「あっ、やっぱり神谷先輩!」

「リン寝てるんですよー」


「かわいいなぁ。白雪のようだ」


先輩の声、久しぶりに聞いた。

夢でも嬉しい。


「彼女は毒林檎を食べてしまったんだ。

王子、君がすべきことはわかっているね?」


足音が近づいてきて、どきどきする。


「おい、待てよ」


ちょっとニイ。やめてよ。


「おまえなんだよ、急に現れやがって。

白タイツなんか穿いてんじゃねーよ」


「ルカ····もうやめとけよ」

「そうだぜ。王子はカボチャパンツに白タイツでいいんだよ。おまえシスコン過ぎだろ」


ふう って、先輩のため息。


「お義兄さん。オレはあなたが嫌いです」


「うおっ?!」


先輩····


「お義兄さんは、りんによくプレゼントとかしてますよね?

そういうことも、もういいです。

これからはオレがします」


「な···· オレは、あいつの兄だぜ?

別に欲しいもん買ってやるくらい····」


「違う。お義兄さんは好かれたいだけだ。

これまでの埋め合わせをしようとしてる。

りんだって、本当にどうしても物が欲しい訳じゃない。甘え方がわからないだけなんだ。

あなたのせいで。

あなたがそんな風に甘やかそうとするから」


うん そう。

ニイと私は10個も歳が離れてる。


ニイが高校生や大学生の時

私のことなんてほったらかしだった。

時々でも遊んで欲しかったのに。


大きくなってから急に、リン リン って

言われたって、どうしていいかわかんないよ。


心で大切に思ってくれてるのはわかってる。


でも違うの。


「····どうすりゃいいんだよ」


「りんの話を聞いてやってください。

オレは、りんを裏切りません。

冗談でも不安にさせるのはやめてください」


そう ヒスイみたいにしてほしかったの。


ニイにいじわるを言われるのがイヤだった。

大丈夫だって言ってほしかった。


私、そんなに恋だってしたことなくて

不安だったから。


「····悪かった」


「じゃあ、どいてください」


「それはイヤだ」


ニイ···· 最低····


「ルカ、いいかげんにしろよ!

かっこ悪ぃんだよ てめー」

「もう、おまえの負けなんだぜ」


「うるせぇな!

おまえらにオレの気持ちはわかんねーよ!」


「····じゃあ、リンの気持ちは?」

「リンはお兄さんのことも好きですよ」


「うっ····」


「よし。ショック療法を試してみよう。

竜胆さんにじゃなく、琉加くんにね。

泰河くん、朋樹くん

琉加くんが暴れて怪我をしないように取り押さえて。王子、行きなさい」


ああ、やめろぉ~ って、ニイの声。

先輩の手が、私の頬に触れる。


「なあ、キスして起こすのって

眠り姫じゃなかったか?」

「気づくなよ。寝てんだからいいんだよ」


そう いいの。

もうじゃましないで。


····でもさ、これって夢なんだよね。


きっと私が、ずっと望んでたことで

それを自分勝手に見てるだけ。


先輩のくちびるが触れた。

ゆっくりとまぶたを開く。


「おはよう、りん」


先輩だ ずっと会いたかった

やっぱりかっこいい。


「どうして、泣いてるの?」


だって、目が覚めたら····




********




「····ん、りん」


あっ 寝ちゃってた!

ヒスイとお土産の買い物してたんだった。


パッと顔を上げたら、先輩がいた。


「えっ?」


向かいに座ってる先輩は

春より痩せてて、少し髪が伸びてる。


「迎えにきた」


どうして?

胸の中がどんどん鳴ってる。


なんか、眼の奥が熱い。


先輩はくしゃくしゃのメモの紙をテーブルに置いて、私に見せた。


メモにはヒスイの家の住所と連絡先が書いてある。ニイの雑な字で····


「驚かせたかったんだ。

イタリアに行くって聞いてから、ずっと計画してた。驚いた?」


うん って、頷くけど

もう涙が止まらなくなってる。


「三日前に、やっと旅費が用意出来て

りんの家に行ったんだ。

いきなりお義兄さんに蹴り飛ばされて」


「えっ?!」


「“妹を不安にさせんな!”ってさ。

謝って、理由話したら

“さっさと行って来いやコラ”って

これ、殴り書きして丸めて投げつけられた」


ニイ···· 嬉しいけどひどい····


「従兄弟のお兄さんが止めてくれて

“はじめまして”って、握手したんだけど

すげー握力でさ。

“これからよろしくね”って 笑ってたけど

なんか、びびったよオレ」


「············」


「りん。手、出して」


まだぼんやりしながら右手を出したら

「反対」って言われて、左手を出す。


指輪、つけてくれて


「りんて、大切にされてるよな。

でもオレも大切にするよ。ちゃんと好きだ」


そんなこと言うから、顔を覆って泣いた。



イタリアの最後の夜は、ヒスイの部屋で

ヒスイと一緒に寝る。


先輩は、ジェイドの部屋で寝てる。


「ね、ヒスイ」


「ん?」


「バールでジェラート食べた時

もう、先輩と連絡してたの?」


私が、ニイの言ったこと思い出して

不安になって泣いた時

『出来てないよ』って、ヒスイは言った。


「ううん、昨日ジェイドが電話してくるまで知らなかったよ。でも私、カンがいいの」


ヒスイの部屋のドアがノックされる。


ヒスイが「はい」って返事したら

ドアが開いて、先輩が枕とタオルケット持って立ってた。


「ダメだ。嬉しくて寝らんねー。

床に寝るから、おじゃましていいですか?」


ヒスイが返事する前に部屋に入ってきて

テーブルの向こうに転がった。


「いいけど、それ以上近寄ったら殺すよ」


「····はい」


ヒスイは笑って

「ちょっとルカと似てるよね」って

笑えないことを言った。




********




「おい、神谷。連泊してんじゃねーよ。

そろそろ帰れよ」


「お義兄さん····

オレちゃんと、お義兄さんの部屋で寝てるじゃないすか。床で。

オレの実家には、昼間りんと帰ってるし」


「オレは、おまえの兄ちゃんじゃねーよ。

兄ちゃんとか呼ぶな。縁起でもない」


ひでーなぁ って、先輩が口を尖らしてる。


「今日、ジェイドさんはどうしたんすか?」


「あ? 教会だよ。

神父だからな、あいつは」


先輩と一緒にいられるのは嬉しいけど

ニイも毎日ここに帰って来るんだよね····


「お義兄····ルカさんは彼女とかつくらないんすか?」


「おまえ、厄介払いしようとしてんな?

仮にオレに女が出来ても、おまえの処遇は何も変わんねーからな。覚えとけ」


お母さんがニイを呼んで、ニイがキッチンに向かった。


庭の花壇のきんぎょ草の花びらがひらひらとして、今日もかわいい。


「····りんさぁ、学校が休みの時に

オレが一人暮らししてる部屋においで。

毎月、新幹線のチケット送るから」


隣に座ってる先輩を見上げたら

先輩は、自分の手首を見てた。

私がイタリアで作った、ボルドーのレザーのブレスレットを。


「勉強も多少はみてあげれるし

じゃまされずに会お」って、私を見る。


こくん て、頷いたら

「けどまあ、障害がある方がいいって言うしな。一生なくなりそうにないけど」って

こっそりキスをした。


「お まえ····」


振り向いたら、ニイが白い顔してる。


「やっべ····」


先輩は私の手を掴んだ。


ニイが ゆらって動いたから

急いで庭のサンダルを二人で履く。


「逃げよ」


先輩と走って玄関に回って、自転車に二人乗りする。


「待てやコラー!!」


「また夜帰ってきまーす!」


二人乗りでこんなにスピード出ると思ってなくて、おかしくなってきて二人で笑う。


「あー、おもしれ。オレ、義兄さん好きだよ。

このまま海まで行こうぜ」


「何時間もかかっちゃうよ」


「いいんだよ、夏なんだから。

帰りは義兄さんが迎えに来てくれるよ、きっと」


うん。私もニイが好き。


空は青くて、真っ白い入道雲が出てて

すごく夏だなって感じ。


先輩の汗ばんだ背中にほっぺたくっつけて

とってもしあわせな気持ちになった。







******** 「スノーホワイト」 了

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