2
うん、これぞキャンプだな。
おっさんに手伝ってもらって
広場の真ん中に張ったテントを外から見る。
近くで焚き火でもやれば もっと雰囲気は出るだろうけど、一人だし、見回りの時も困るよな...
それはやめておくか。
一度バンガローに戻ると、おっさんの差し入れのコンビニ袋に、充電したスマホや虫避けスプレーを入れ、仕事道具と、でかい懐中電灯に双眼鏡も
一緒に持って来た。
テントの中では、おっさんに借りた電池式の室内ライトを点けてみる。
うん、ますますいい感じだ。
満足すると室内ライトを消し、テントの入り口にちょっとした仕掛けをして
時間はまだ早いが、見回りがてらに散歩することにした。
双眼鏡を首にかけ、懐中電灯を片手に
事務所がある宿泊施設の端の方から キャンプ場の周囲を取り巻く遊歩道に入る。
木々の間から空を見上げると、よく晴れた空に白い星々が見えた。
やっぱり、住宅街から見るよりずっとよく見えるな...
普段はそんなに星を意識することもなかったが、こうしてたまに見上げるのはなかなかいいものだ。
そして今夜も、虫の声がすごい。
昼間はまだ蝉が鳴いているのに、夜は秋の虫たちが 草むらから様々な音を立てる。
緩やかに曲がりくねった遊歩道は、そのほとんどの道程が木々に覆われているが、一ヵ所だけ 眼下に夜景が見える場所がある。
川に向かう分かれ道の部分だ。
そこから眼下を見渡すと、道路に規則正しく並ぶ街灯や、その下を走っている車のライト。
住宅街の人工の灯りが見えた。
時間が遅くなるにつれ、灯りが減っていく。
今日はまだ早いので灯りが多い。
街の灯りの向こう側には、山の暗い影が見える。
「ん?」
オレは、遠くの山に目を細めた。
灯りの列が動いているように見える。
人家もない、山の中腹の辺りだ。
赤というかオレンジというか、そういう色の灯りが つらなったような列が長くなって動いている。
山を登っているのか?
最大まで拡大にした双眼鏡を目に当てるが
遠すぎてうまく見えない。
... 遠いのに、なんで肉眼では見えるんだ?
あれは 狐の嫁入り だろうか?
晴れた日に降る雨のことを狐の嫁入りというが
山に提灯のような灯りが行列になることも
また、狐の嫁入りという。
あの山は、大学の裏辺りか?
確か、山頂付近に展望台がある山だ。
狐なんかいたっけ?
この辺りは、熊はいない。
だが猪や狸は見たことがあるし、猿もいるらしい。
まあ、なら
狐がいてもおかしくはないか...
しばらく その灯りの行列を見ていたが
カーブに差し掛かって山の反対側へ消えていったので、観察はやめて散歩を再開する。
何かはよくわからんが、今回の件とは関係ないしな。
川へ下ると、川岸に座って少し休憩した。
川面や辺りを懐中電灯で照らしながら、向こう岸も双眼鏡で見てみるが
川の流れると音と相変わらずの虫の声。
それ以外は昨日までと同じ。何もなく静かだ。
平たい石を投げてしばらく水切りをしたが
何か虚しいし、退屈になったので、テントに戻ろうと遊歩道をまた歩く。
だいたいオレ、霊感とか あんまないんだよな...
こんな仕事しといてアレだけど。
オレは そういうのに対して結構鈍い方だ。
空気みたいに実体がないヤツとかは、たいてい見えない。
そんなんだし、オレの仕事相手は実体があるヤツになる。掴んだり出来るヤツ。
空気みたいなヤツ... 霊関係は、朋樹の仕事。
朋樹は実家が神社ということもあって、一般的な祓いなんかも出来るが、次男坊なので実家のことは父と兄にまかせ、こうしてオレとフラフラしている。
だが、陰陽道にも通じているので呪や式なども使い、出来ることが多い。
オレはといえば、こういう仕事をするにあたり、一応それなりに勉強や修行もしたが...
ザザザザッ と 木々の下で
遊歩道の右、川側の草むらが揺れた。
おっ、出たか?
オレは立ち止まり、懐中電灯を消して
音がした草むらを見つめて待ったが
またザザッと草が揺れて、そこから飛び出してきたのは うさぎだった。
なんだよ。かわいいじゃねーかよ。
ふわふわしやがって。
あれ? うさぎって夜行性だったっけ?
しばらく待ってみたが、何も出てこない。
まぁた今日もこんなかよ。なんだよもう...
いいやもう、帰ろう。と、足を踏み出すと
ギギッ という声がした。
やっぱり なんかいるのか?
何かが仕留められたような声だった。
... 血の匂いがする。
懐中電灯を点け、右の草むらに向けるが
ただ虫の声がするだけで、匂い以外は何もさっきまでと変わらない。
いや...
よく耳を澄ませると、虫の声に紛れて
何かが何かを食ってるような音が聞こえた。
動物が狩りでもしたんだろうか?
崖とかにはなっていない場所なので
遊歩道のロープを越えて、草むらに入ってみた。
膝くらいまで繁っている草を足で分け、踏みつけながら入ると
突然、そいつが飛び付いてきた。
倒れそうになったが、片足を後ろに出して踏み止まり、オレの両肩を掴んでいるヤツの顔を正面から見ることになった。
素っ裸の女だ。
白髪に、横に並んだ四つの眼。
頬まで裂けた口の周りには
まだ新しい濡れた血がついている。
額の髪の生え際からは
二本の短いコブのような角が見える。
腕は白い獣毛がびっしり生え、腰から下も同じように白い獣毛に被われていた。
気色悪...
なんだ、こいつ
「ぐぅァわっ、うヴぇぐぁ」
「あ?」
白い獣女はオレの肩を揺さぶりながら
ぐぁ とか、ヴヴェ とか
発音出来ないような言葉を吐き散らす。
真ん中の二つの眼は オレを見ているが、両側の眼は ぐるぐると好き勝手に周囲を見回している。
「ヴゥぐぅヴぇラ... ぐぁイヴぁ」
「なんなんだよ、おまえは?」
「うぐぇラぉ ヴぐぁグぃノ」
うるせぇ...
「ぐぁゴ! ぐゲらっ!」
オレは肩の腕を振りほどき、獣女の鼻を殴った。
話にならんし。
獣女は ドッと地面にケツを着き、四つの眼全部でオレを見る。
「ヴぅぐぁレら····」とかなんとか言って地面に手をつくと、四つ足で白い尾を揺らし
遊歩道を飛び越えて、来た方向からは逆の森の中に入った。
直進するとキャンプ場の方へ向かう森だ。
「おい待て コラァッ!!」
オレも遊歩道のロープを越えて森に入る。
木々の間の斜面の枯れ葉や苔に足を取られながら走り、登山用シューズ履いて来てよかったとちょっと思う。
しかし、何なんだ あいつは...
先を行く獣女は、キャンプ場に入り
四つ足で広場を駆けている。
後を追うオレも 広場に入ってまた走る。
獣女は灯りの消えた暗いテントへ向かい
入り口のところで弾き飛ばされて、地面に転がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます