万象

桐崎浪漫

狐 

泰河


山に入って三日経つ。

山といっても、山中のキャンプ場だが。


オレは ここに仕事で来ている。

謎の生物調査に。

このキャンプ場からの依頼によるものだ。


あーあ...

暇そうだよな、今日も。


依頼がくる前から噂は聞いたことがあった。

このキャンプ場周辺に、四つ足で歩く何かが出る、と。


出没するのは、主に深夜らしい。

昼も ちらほらとは目撃されたようだが。

なぜか、そいつに遭遇した人達は あとになると

そいつの姿形をよく覚えていないそうだ。


このキャンプ場は 割と広い。


山道の道路に面した駐車場の奥に三階建ての

でかい建物があり、その 一階に事務所がある。

事務所がある建物は宿泊施設で

学生の自然学習... 小学生から高校生までが山の中で 二~三泊する学校行事や

会社の研修なんかの団体客に利用される。


宿泊施設からバーベキューテーブルなどがある芝生の広場を挟み、逆側には バンガローがある。

木々の間に八軒点在する このバンガローは

少人数のグループ向けで、一軒あたり四人分のベッドが入っている。


周囲には ぐるりと木々の間に遊歩道が巻き

今の時期からはモミジやカエデ、イチョウなどの紅葉が楽しめる。

遊歩道の途中には、分かれ道があり

釣りが出来る川に繋がっていた。


昨日までは、朋樹... 幼馴染みで仕事仲間 が 一緒だったので、半分は単なるキャンプ気分だった。


話に聞いていたこと


釣りをしていたら、猿でも猪でもない何かが背後から飛び出してきて川に落ちた、とか

広場で星の観測をしていたら、草むらが割れて変なものが飛び出してきた、とか

バンガローの周囲を何かが歩き回っていたが、やがて そいつがドアや窓を開けようとした、とか


そういうことは 一切なかったしな。


キャンプ場の好意でバンガローの一軒に無料宿泊し、初日にダンボール箱に入った食料... パンや即席麺、インスタントコーヒーなどに加え、米や野菜などの自炊用食物まで渡された。


オレと朋樹は、昼から夕方までは川で釣りをし、それから飯の支度をして食って

夜遅い時間になると交代で、一人がバンガローで番をし、一人がバンガローや宿泊施設周辺を中心に 外を歩き回った。


外が明るくなると寝て

昼過ぎに起きて、のんびりと川へ釣りに行く。


飯食って、バンガローでシャワーを浴び

「たまには こういうのもいいよな」とか

夜の見回りまで トランプしたりして、

すっかりリラックスしていた。


今日は、川で釣りをしていると

朋樹のスマホが鳴った。


沙耶ちゃんからの電話で

朋樹に 別の仕事の依頼が入ったらしい。


沙耶ちゃん、というのは一人で喫茶店をやっていて、彼女自身も店で霊視や占いをするが、それ以外の仕事... 今回みたいなやつとか、霊関係のやつとかを オレらに回してくれる。

このキャンプ場の件にしても、沙耶ちゃん経由でオレに話が回ってきたものだった。


朋樹が帰り、ひとり残ったオレは

いきなり退屈になった。


とりあえず釣った魚を焼き、バンガローで

テレビ観ながら食って

なんか もの足りず、キャンプ場から段ボールで渡された即席麺などの食料を物色する。


... 考えてみれば、いつ出るかわからんヤツが相手だ。こうして箱で食料渡してくるんだし

その時にオレも、長期戦の可能性が高いと わかっとくべきだったよな。


でもなぁ...

結構キャンプ生活も満喫したし、話し相手もいないと余計に時間を持て余す。仕事だし仕方ないけど。

軽くため息をついて、段ボールの中から缶コーヒーとチョコ菓子を手に取った。


テーブルについて、またテレビ観ながらチョコ菓子を食ってると、バンガローのドアがノックされた。


ああ... と思いながら立ち上がり

「はーい」とドアを開けると

立っていたのはやっぱり事務所のおっさんで

今日もコンビニの袋を持っている。


「ごくろうさまです」


おっさんはオレに コンビニの袋を差し出した。

ここに来てから 毎晩差し入れをくれる。


「あっ、ありがとうございます。

でも、まだいっぱい食うもんあるから

もう大丈夫っすよ」


これを言うのも三度目だ。


いやいや、と おっさんは手を顔の前で振り

「雨宮くん、帰っちゃったね」と

心配そうな顔で言った。


雨宮、というのは 朋樹のことだ。


「そうっすね。他の仕事が入ったみたいで」


オレが言うと、心配そうな顔のままで

「梶谷くん 一人で大丈夫かい?」と聞いた。


カジヤというのはオレの名前。

梶谷 泰河。下はタイガと読む。


「まあ、大丈夫っすよ。

一人で仕事することは結構多いんで」


おっさんは「そうか、よく平気だね」と

暗くなってきた周囲を見回した。

このおっさん、怖がりなんだよな。


「その、悪いけど、今夜も... 」


おっさんの言葉を遮って

「もちろん、いいっすよ」と

オレは答えた。


本来なら、おっさんは事務所に宿泊しなければならないらしい。キャンプ場にオレがいるから。

だが、この件が解決するまで

キャンプ場は「環境整備のため」と営業停止していて、他に客はいなかった。


「そうか、悪いねぇ...

朝、また事務所にいるから」


ほっとした顔になり、手を振って

「じゃあ」と、帰ろうとするおっさんを

はっ と 閃いたオレは呼び止めた。


「あの、すいません。

レンタルのテントとかって置いてます?」


振り向いたおっさんは驚いた顔をしている。


「あるけど...

一人で、テントで過ごすのかい?」


オレは頷き

「もちろん見回りはしますけど、広場にテント張って休憩しようかと思って」と言うと

おっさんは 自分がそうすることを想像したようで、ぶるっと一震えし

「あんまり勧められないけどなぁ... 」と

オレに ついてくるよう手招きして、事務所の方へ歩き出した。

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