大々大大大怨霊

えあじぇす

其の一 神逐の儀

 篝火かがりびが焚かれている。


 どす黒い空間に、女の姿があかく照らし出されている。


 真っ白でゆったりした巫女装束に、緋色の袴。


 手には艷やかな葉をつけたさかきを握りしめる。


 その表情は険しく、正に決死だ。


 彼女の前には五枚の札が木の台(三宝とか言ったか?)の上に並べられ、酒や魚などの供物くもつも置かれている。


 祭壇、なのである。

 

 彼女は祭壇に向かってうやうやしく礼すると、何やら唱えながらさかきを一心に振るい始めた。


 私からすれば奇妙にしか聴こえない声色で、彼女が唱えているのは祝詞のりとだ。


 ――あらたまたけたまことなくして


 祟り神に成り果てた神を、清浄な森山しんざんはらたてまつる、宮中に伝えられた祝詞だ。


 ――高天たかまがはらはじめしことかみながらもろししてく


 無駄なことをするものだなぁ、と、私はわらう。


 ――神直かみなおび、大直おおなおびになおたまひて


 あんなので、あの連中が、大人しくなる訳がない。


 ――ところよりは四方よもを見はるかす、ッ


 それ見たことか。


 「うぐ」


 さかきが床に落ちた。


 彼女はうめき声とともに膝から崩れ落ちる。


 バチン、バチンとぜる音。


 五枚の札が、ひとりでにことごとぜる音。


 彼女が戦慄おののうずくまる。LEDランプが灯る。


 広間のどす黒さは瞬時にき消え、背広姿の男たちが引き戸を開け雪崩なだれ込んでくる。


 白目を剥き喉をむしり、彼女の身はびくびくと痙攣している。


 背広たちが彼女に駆け寄る。


 喉から手を引き剥がす。


 彼女が背広たちによって広間から連れ出される。


 同時にスプリンクラーが天井から雨を降らす。


 篝火が消える。

 

 紫の煙も、水滴にかき消される。


 機械により噴霧された水音ばかりが、虚しく余韻を残す。


 祭壇はずぶ濡れの台無しである。


 つくづく、無駄な事をするものだ。


 全ての光景を見終わった私は、広間に降り立つ。


 そして、自らかち割れた五枚の札を見下ろした。


 札にそれぞれ書かれていた筆書きは、水で流され読めなくなっている。


 ぐちゃぐちゃににじんで、のたうつ黒い蛇みたいになった筆書き。


 すっかり読めなくなった、怖ろしいモノたちの名前。


 それを見ていたら何故だか、笑いがこみ上げてきた。


 こらえ切れず、きゃらきゃらと笑い声を上げる。


 構うものか、どうせあの背広どもには聞こえやしないのだ。


 おかしい。ああおかしい。


 たかだか人間風情で、この一世一大怨霊めらを。


 どうこう出来ると思うてか。片腹痛し。


 笑い声を上げながら、私は次にどうしようか考えていた。


 これからどうしようかなぁ。


 野をば焼こうか。


 街をば焼こうか。


 衆生しゅじょう尽くにあだなしてくれようか


 どれをやったら、たのしいかな?


 誰もいない広間の中で、尚も私は笑い転げた。

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