頭こぼれて
nyone
第1話 電信線の猫
こんな夢を見た。
海を臨むある教会の前に居る。喪服を着た人だかりが出来ている。
近隣でも他に類を見ぬ広大な海浜公園だ。内包する市は、経済的に殆どその公園で成り立っていると言っても差し支えない。教会は、その海浜公園の中にあった。
地元の大企業の役員、名士、市長、町議……続々とその教会に集う。
しかし、本日、その面子に見送られ夕焼けに旅立つのは人ではなく、ある一匹の猫だという。
その猫を街中の殆どの人間が知っており、名だたる有力者達がその一匹の猫の葬儀のために集まったが、不思議な事に、誰もその猫の姿を見たものは居ないという。
猫は、その教会に集う誰もが生まれる前、飼い主の目の前で、海浜公園内のとあるビルの最上階の窓から飛び降り姿を消した。遺骸は見つからなかった。
その日を境に、園内に張り巡らされた数百もの案内放送用スピーカーから、その猫の鳴き声が聞こえる事例が相次いだ。誰かの悪戯ではないか、園内のどこかのマイクに、特殊な仕掛けが施されているのではないか……調査は幾度となく行われたが、八十年に近い月日が経ってなお、それを裏付ける様な証拠はついぞ見つからなかった。
人づてに人づてに話は伝えられてきた。最早、その最初の放送を聴いた者も、まして猫の鳴き声を直接聴いた事のある者も居ない。しかし、市に住む数多の住人がその猫の鳴き声をスピーカー越しに耳にした。猫は不死のイメージを市民に抱かせ、老人は猫を、半ば信仰の対象として取り扱った。
猫の鳴き声がスピーカーから聞こえなくなりもう丸三日になるという。人々は、猫の死を悟り、そうして葬儀を開いたのだという。
こんな夢を見た。
修学旅行の宿泊先の旅館の、朝靄けぶる庭の庵に、クラスメイトが一人倒れている。
死んでいる。
それを見たのは自分だけだ。
自分はそれを教師や警察に通報せず、そのクラスメイトの鞄から、彼の携帯を盗み出し、宿泊先の旅館を出る。
旅館前の道路を出て、起き抜けの車道沿いを走る。
次第に足は早足になり、駆け足になり、朝日が地平線を舐め始めるのを横目に、遠くへ遠くへと進み続ける。
気分は異様に高揚しており、ともすれば両足がそのまま宙に浮き空を飛ぶのではないかとさえ思う。
まだ、旅館の死体には誰も気づいていないのだろうか。
不意に、盗んだ携帯が着信し震える。
足を止め、通話ボタンを押し、名を告げずにそっと携帯を耳に当てる。
ノイズが大きく音声が不明瞭だが、警察が何か話している声が聞こえる。
この携帯は今、あの死体のある場所と繋がっている。
こんな夢を見た。
高台から海を見下ろしている。
隣に誰か立っている。
朝か夕方かは不明だが空も海も赤い。
水面は異様な程凪いでいる。波一つ、立っていない。
海から全ての波が消える時が、この世界が終わる時なのだと、隣の誰かが言う。
こんな夢を見た。
途方もない地下に人が暮らせる部屋がある。そこで顔も知らぬ女性と暮らしている。
地下の存在を知る者は誰もいない。自分と女性の存在もまた、誰からも忘れ去られている。
地上では何か大きな事件があった。自分と女性は地上に戻る事が出来ない。
地下での暮らしは何不自由ないが、自分は時折ふと地上に思いを馳せる。
自分と女性の他に、自分という存在を知っている人間が居ないというその事実に、薄ら寒さを覚える。
果たして、自分は今、生きていると言えるのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます