劉裕論23 南宋 葉適 2

もともと劉裕りゅうゆうは名将劉牢之りゅうろうしに抜擢を受け、その下で将略や中原で起こった過去の出来事を学んでいた。そのうえで知勇を兼備、その器の広さも図りしれぬほど。もし簒奪なぞ考えず、国家の経営に専心し、失われた中原の回復を見据えておれば、その達成も難しいことではなかっただろう。それだけの才覚と、資源が劉裕にはあった。だからこそ南燕なんえんを、後秦こうしんを滅ぼすことができたし、人々は劉裕に敬礼をなし、その遠大なる夢を託さんとしたのだ。


では、これらの計略を失わせ、南北の大分裂を招くに至ってしまったのはなぜか。劉穆之りゅうぼくしが劉裕の進むべき方向を見誤らさせたためである。


天下を取るための策略は、古くは蘇秦そしん張儀ちょうぎが説いている。この理論に倣い、また応用したのが蕭何しょうか張良ちょうりょうである。そしてこの理論は後世に受け継がれている。つまり、ある程度の定番は存在している。


いわゆる英傑の士であればその定番を踏まえ、世の趨勢がおおよそ自らの力でどうにかなる領分を上回っていると把握するものである。しかし劉穆之は己のこしゃまっくれた戦略眼、文筆の腕前で、かの豪傑を手助けし、時流を生み出そうと目論んでしまった。


あぁ! 人々は彼を鄧禹とうう荀彧じゅんいくに比肩しうるものと見なしているが、むしろその実態は賈充かじゅう鍾會しょうかいと呼ぶのがふさわしいのではないか?




裕本劉牢之所拔,習見百年經畧中原舊事,勇智兼人,宇量開絶,若使息圖僭奪,專意經綸,其於恢復混一之功,不難成矣。裕非無此資,故前取燕,後取秦,皆欲頓駕立足,為遠大之基。所以隨事淪胥,既得復失,終於割據分裂者,乃劉穆之教誤之也。取天下自蘇秦、張儀說破蕭何、張良做出,後世相承,盖有定說。英傑之士,必先識其大勢所歸,運動開闔,在本身材分之外。而穆之乃欲以區區應用刀筆小能,輒當豪傑佐時之目。嗟夫!彼謂如鄧禹、荀彧者,無以異於賈充、鍾會耶?


裕は本は劉牢之に拔せらる所、百年の經畧、中原の舊事を習い見、勇智は人を兼ね、宇量は開絶、若し僭奪の圖を息ましめ、經綸を意に專らとせば、其の混一の功を恢復せるは不成せる難からざらん。裕は此の資無きに非ず、故に前に燕を取り、後に秦を取り、皆な頓駕立足し、遠大の基を為したるを欲す。隨事の淪胥せる所以、既に復た失を得、終に割據分裂せるは、乃ち劉穆の教の之を誤らしむるなり。天下を取るは蘇秦、張儀の說いてより蕭何、張良を破りて做出し、後世にも相い承ぎ、盖し定說を有す。英傑の士、必ずや先に其の大勢の歸す所、運動の開闔、本より身材が分の外に在すを識る。而して穆之は乃ち以て區區として刀筆の小能を應用せんと欲す、輒ち豪傑の時を佐くの目に當らん。嗟夫! 彼れ鄧禹、荀彧が如きに謂わるるも、以て賈充、鍾會に異なる無からんか?




謝安さん「いや劉牢之単品でなにかやらさすんならちょっと戦略眼足りなさすぎんぞ……?(晋書謝安伝「(安)常疑劉牢之既不可獨任」)


劉裕を誤らせたのが劉穆之だ、ってぶちあげたいがために劉牢之を謎の大名将に仕立て上げる葉適さん、やっぱり宋人です、ねっ☆


それにしても歴史評論がThe属人的で、人間さまの可能性って無限大だなって感じます。

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