第01話 地球が滅亡!? Time is NOW×LOVE!!


 世界の終わりは、いつも唐突に訪れる。

 むかし恐竜が絶滅したときも、今日みたいに不意打ちだったに違いない。


 お昼休み、高校の屋上で。

 自称宇宙人の偵察機が「もうすぐ地球が滅亡する」とほざいた時。


 あたしは、少しワクワクしたのを覚えている。






 女子高生の主張。

 お昼休みの屋上が、生徒が立入禁止の空間で納得いかない。

 校内における不可思議ルールの代表例だし、理解不能な謎ルールだし。

 言葉を選ばなければ、脳が沸いてると思う。


 ――なぜ?

 ――屋上が立入禁止なのは常識でしょ?


 でもね、ひとつ想像して貰いたいワケよ。


 妄想のままに思い描いた、屋上のイメージを。

 漫画やドラマで描かれる、学校の屋上のワンシーンを。


 あのドラマで、ヒロインが愛を告白したのは屋上だった。

 あのアニメで、二人の恋が発展したのも屋上だった。

 屋上で不良が殴りあったり、いじめられっ子が飛び降りる漫画に興味はないけど、あの恋愛小説でもファーストキスは屋上だった。


 とどのつまり、学校の屋上は恋愛シチュエーション的な意味で大事ってこと。


 恋愛イベントの名産地だし、恋が芽生える不思議な空間だし。

 たまに異能バトルや自殺騒動も起きるけど、ノーノー、時にはスルーも大事。


 とにもかくにも学校の屋上は、体育館の裏に匹敵する校内屈指の告白スポット。

 そんな屋上に、あたしこと大空夏美おおぞら なつみは踏み込もうとしている。


 ――それもお昼休みに。

 ――クラスメイトの男子と会うべく。


 とくん、とくん……と加速する、鼓動のリズムはロックンロール。

 連鎖で汗ばむ手のひらは、まるで緊張の方程式。

 荒ぶる呼吸を抑えつつ、落ち着けアタシと自己暗示。


「落ち着け、静まれ、あわてるな……これは風紀委員の仕事、だから恋愛イベントとは無関係よ」


 レッツ暗示。素晴らしき思い込みパワー。

 錯覚? 気のせい? ノーノー! げんじつ!

 なんか勇気が出てきたぞ! なんだかやれる気がしてきたぞ!


 小言をブツブツ覚悟を決めて。

 塔屋のドアノブ手をかけて。

 生徒にバレてる番号ロックに暗証キーを打ち込んで。

 ドアを「バンッ!」と、フルオープン。


 右見て! 左見て!

 目標発見――あたしの足元っ!


「んゅ! やっぱここにいたわね! 人格破綻男!」

「あん?」


 屋上の日陰に、量産型の不良が座っていた。

 タバコを咥えた口元、くすんだ金髪はボサボサ。

 常時ダルそうなテンションで、いまは屋上の少ない日陰に座っている。

 無気力、生ける屍、モチベなし。


 あたしが耐えがたき頭痛を感じていると、彼はハリのない声で言うわけで。


「なんだ。大空か」

「今日はね、あんたにチョッちっとお話があってきたの」


 あたしは、足元のロクでなしを見下ろして言った。


「モチ風紀委員としてね」


 威嚇たっぷりに言いながら、彼の口からタバコを奪う。

 火の点いたソレを床にポイして、上履きでグリグリ。


 ニヤッと笑うあたし。

 彼は火の消えたタバコを眺めながら、


「勿体ねぇ……」

「じゃないわよ! 人類のKY種ッ! いいこと! 学校でタバコを吸ってるのがバレたら停学なのよ! 自分がどんだけヤバイことしているか、自覚はあるのかしら感情アルビノ! あと屋上は生徒立ち入り禁止っていう校則、知らないなんて言わせないわよ面白み欠乏症! あたしは前々から風紀委員として、あんたの空気を読めない合わせない根暗で陰気で似非クールな態度をビシィィィっと矯正したかったけど人目がある教室じゃなかなか機会というか」

「おまえ、息継ぎなしでよく喋れるな」

「っさいわね! あたしが酸素不足に喘ぎながらあんたを想ってお説教してあげてるんだから、ちゃんと聞いて感謝して態度を改めて生き方を見直しなさいよ! この表情筋麻痺男!」

「話は聞いてる。むしろ大空が一人で熱くなって」

「シャラップ! 屋上でタバコを吹かす不良生徒に反論は認めない! 天が許してもあたしが許さない! 風紀委員の大空夏実が許可しない! とにかく禁煙っ! このままじゃ本気で停学コースだから厳守すること! オッケー、分かった、理解した? 態度で見せてよ、実行してよ、生返事は禁止だからね、って反応しなさいよっ! 冬眠モードはやめて! この孤高気取りのネクラバカっ!」

「あー、考えとく」

「また適当な返事を……ところで、あんたって、いつもお昼休みなにしてんの?」


 ふと浮かんだ、あたしの素朴な疑問。

 とぼけた返事でマイペースな彼を、ジトっと睨みながら問いかける。


「図書室でぼぉーとしてたり、中庭でぼぉーとしてたり、グラウンドの隅で」

「もういいわ……ひとり孤独にランチタイムが、あんたのスタンダートって分かったから……お弁当は? どーせロクなモン食べてないと思うけど?」


 あたしの問いかけで、彼が無言で取り出したのは――菓子パンだった。


「なんですって……」


 ただの菓子パン。


 推測するに、これが彼のお昼ごはん。

 育ち盛りのお昼ごはんが、菓子パン1つだけ。

 しかも、ジャムパンを油で揚げた「ジャムフライパン」。

 大手パンメーカの意欲作。

 変わりモノ揚げパンのシリーズって、さすがにこれはヒドイ。


 不気味な菓子パンを片手に、半信半疑で聞いてみる。


「マジで、これだけ?」

「ああ」


 唖然としたあたしの問いに、彼の返事は興味もやる気もなっしんぐ。


 ――死に至る無気力症候群。

 そんな架空の病名が、アタマに浮かんできたりして……いや、これは末期っぽい。


「これは重症ね。男子高校生のお昼ごはんが菓子パン1つとか信じられない」

「食うだけマシじゃねぇ?」

「正論っぽいけど、あたしは認めないわ。間違いなくおかしいから、男子高校生の昼食に相応しくないジャムフライパンは、あたしが没収します」

「わかった」

「いやいや、そこは拒否ってよ……自分で無茶を言ってる自覚あるし……それはいいとして、はい」


 ため息混じりに、あたしは自分用のお弁当箱を差し出す。


「ジャムフライパンの代わりに、あたしのお弁当を恵んであげる。たまには栄養つけて頭を活性化させなさい――て、勘違いしないでよね! これはあたしの好意じゃなくて、栄養不足の同級生を気遣う、風紀委員の差し入れなんだからっ!」


 なぜか赤面しちゃったり……ね。







「お弁当、美味しかった?」

「ああ」

「そう、良かった」


 最初は禁煙指導のつもりが、途中からなんで屋上に来たのか忘れて。

 二人でお弁当を空っぽにして、彼から強奪した「ジャムフライパン」をパクつくあたしは、貴重なお昼休みをダラダラと浪費していた。


 変わり種揚げパンは、やけに美味しかった。

 大手パンメーカーの底力を感じつつ、ふと空を見上げると天気は快晴。

 空の上の『アレ』がよく見える、晴れ渡った青空がびゅーてぃほー。


 気づけば、お昼休みも半分以上が過ぎていた。


 広い屋上には、あたしと彼だけ。

 真面目でスカートの丈が半端なあたしと、物静かな彼が二人っきり。


 手を伸ばせば、すぐ届く。

 まるで、二人の関係みたいな距離感を保って。


 会話は弾まない。でも、気まずくない。

 どこかそわそわした雰囲気が、不思議と心地よくて、


「なあ、大空」

「んゅ? ふもぉむにょ?」


 沈黙を破ったのは、意外にも彼だった。

 ジャムフライパンを齧りながら、もぐもぐとお返事すると。


「食ってからでいい」

「みゅあんだ……んぐ、なによ?」

「もうすぐ地球が滅亡するとしたらどうする?」


 それは、なんの変哲もない質問だった。


「空の上のあいつらが本気になったら――ってこと?」

「そんな感じで」


 やっぱり無表情な彼は、空を見上げてタバコの煙を吹かした。

 そよ風に混じる、ほのかな苦味のタバコの香り。

 いくら注意しても改めない、彼の悪癖。

 なんど注意しても止めないので「これはサイコーに素晴らしいのでは?」と、モノは試しと貰いタバコしたら盛大にむせて、白い目で見られたのは黒歴史。

 意地になってもう一回吸おうとしたら「丈夫な赤ちゃんを産みたきゃ吸うのはやめとけ」とタバコを取り上げられたのが、片想いの始まりだったのかもしれない。


 きっと、彼は覚えてもいない。

 だけど、あたしにとっては大事なエピソードを思い出しつつ。

(心配するなら、副流煙対策ぐらいしてよねっ)

 心のなかで毒を吐いとく。

 あと、いつの間に火をつけたのか貴様。


「大空なら、どうする?」


 視線を空の彼方に固定したまま、彼が聞いてきたので、


「さあ?」


 彼の口からタバコを奪って、グリグリと床に擦り付けるあたし。


「あいつらが攻めてきたら……か」


 あたしは、ふと空を見上げてみた。


 どこまでも広がる青空。ゆっくり流れる白い雲。

 青い空と白い雲の向こう側、成層圏のさらに向こうでは。


 キラキラとおひさまの光を反射する、宇宙人の戦艦が輝いていた。


「そんな感じで頼む」


 あたしが、ふと見上げた先にある光景。

 それは普段と変わらない、いつも通りの風景。


 地球を宇宙人の艦隊が包囲している、生まれた時から変わらない日常だった。


「うーみゅ」


 宇宙人の艦隊が、地球を囲んでいる。

 大人たちは「昔はこうじゃなかった」と言うけれど、生まれた時からそれが普通だったあたしには理解不能。

 だって普通じゃん。

 あたしが生まれる前から、それは月や太陽みたいに存在してたんだし。

 もちろん頭では「宇宙人の戦艦が地球を包囲している」ことを変だと思わなくもないけど、変な状況も生まれる前から変なんだから、やっぱり普通と思うしかない。


 だから――


「さっぱり分からない。どーなるんだろう?」


 彼に問われて、久しぶりに意識した宇宙人の戦艦。


 いまも地球の周りに居座る宇宙人が遠くの星系から来たのは、あたしが生まれる前のこと。

 ワープ航行で太陽系に出現した宇宙人の科学力は圧倒的で、地球は瞬く間に包囲下に。

 やがて世界に緊急ニュースが配信されて、人類史上最大のパニックが起きた。


「宇宙人に限定しなくても、もうすぐ地球が滅びるとしたらでいい」


 彼が条件を狭めて、再び問いかけくる。

 あたしは脳裏に浮かんできた、捕鯨船にキレたクジラやイルカが武装して地上を侵略するというしょうもないパニック映画のワンシーンをどこかに押しやりながら、ためしに宇宙人が攻めてくる光景を想像してみた。


「しょーじき、想像もつかないわね……」


 がんばったけど、どうしても思い浮かばない。

 空の上の宇宙人が攻めてくるシチュエーションに、リアリティーがなさすぎて。

 宇宙人が攻めてくれば、どんなことになるかぐらい分かるけど、それがリアルか問われたらクエッションマーク。

 まるで、もうすぐ日本列島が海に沈む――ぐらい。


「イルカが攻めてくるのと同じぐらいありえないわね」

「イルカ?」

「気にしないで。スルー推奨プリーズで」


 非日常な日常に慣れたあたしには、宇宙人の侵略なんて怖くもないし、リアルでもない。

 だけど、人類が初めて宇宙人と遭遇した時の反応は違ったらしい。

 親から聞いた話だと本当にひどかったそうで、前代未聞の事態に世界中がパニックになって、自暴自棄になった人が暴れるわ、悲観した人が何万人も自殺するわ、信じてもいなかった神様にすがる人とかも大量発生したそうだけど、みんながパニックに陥ったわけじゃなくて、清くつつましい高校生カップルをエンジョイしてたあたしの両親みたく、人類に残された最後の時間をあわてず騒がず恋人とゆっくり過ごすのに当てた人も多かったって話。


 母親が曰く「この時デキたのがアンタだから宇宙人に感謝しなさい」だけど、あたし作りのきっかけになった宇宙への感謝より親のノロケ話がウザかったのを覚えている。


「まあ、分からないよな」


 答えが出せないあたしに、彼は感想をボソリ。

 なお地球を包囲した宇宙人の艦隊は、なにもしてこなかった。

 地球の周りに居座り続けるけど、攻撃はおろか人類代表団の呼びかけにすら反応しなかった。

 いつまでたっても「ワレワレハ ウチュウジンダ」なんて言い出さなくて、衛星軌道上からの砲撃なんて行わず、地球上陸作戦なにそれ?で、いくつかの国は軌道上の宇宙艦隊にミサイルを打ち込んだけど、ソレに対する宇宙人のアクションはミサイルを迎撃するビーム兵器を放っただけ。


 空の上のあいつら。

 あいつらは、ホントなーんもしない。


 地球を囲んで居座るだけで、それ以外はなんの行動も起こさない。


 でも、宇宙人は地球から飛び出そうとする物体だけは、容赦なく攻撃を加える。

 それが核兵器を積んだミサイルでも、人工衛星を積んだ宇宙ロケットでも関係なく、きっと人が乗っていても躊躇なく、なんとかビーム兵器で迎撃する。

 地球から脱出しようとする物体を迎撃する理由は、あたしが生まれる前から不明だけど。


 こうして、人類は平穏を取り戻して。

 以前と変わらぬ、普通の生活を送るようになって。

 なにもしてこない宇宙人を、空気かなにかのように扱い始めて。


 そこそこ平和で安定した世界。

 いまに至るワケ。


 彼の質問に、あたしは答えた。


「ま、好きなことやるでしょうね」

「好きなこと?」


 彼があたしの顔を見ながら、オウムみたいに問いかけてくる。

 地球滅亡の日にやりたい、あたしの好きなこと。


 それはね――


「地球滅亡の時に教えてあげるわ。ところで、あんたはどうなの? 脳みそがシイタケの培養地だし、みんなが騒いでる中でも、一人マイペースにぼぉーとしてるの?」

「さぁな」

「答えになってないわよ」

「でも分からないだろ? 明日にでも世界が滅びる、たぶん滅びると聞かされ続けて十数年、結局なにも起きないまま何不自由なく平和な日本でダラダラ生きてきたんだし、宇宙人が攻めてくるなんてリアリティー皆無なSFで想像の範囲外だぜ」

「うーん、まだ答えになってないかも?」


 あたしのツッコミに、少し困った様子の彼は、


「俺が自暴自棄になって暴れるとは思えないし、ガタガタ震えて死ぬのを待つのはゴメンだろ。攻撃側の宇宙人に「戦争反対」とか抜かしても失笑ものだし、奴隷になってまで生き延びたいかと言われれば首を傾げる」

「あんたみたいに答えを先延ばしにする奴が、最後に一番後悔するのよ。それで、結論は?」

「んー、わからん」


 素っ気ない答えが返ってきた。


「あんたねぇ……あたしに質問しておきながら、その答えはないんじゃない?」

「いや、俺が答えを出せないから質問してみたワケで。それで、お前はどうするんだ?」

「地球滅亡の時まで秘密よ。もしかしたら、学校サボっておウチでお昼寝してるかもね」

「本当にそれでいいのかよ。もうすぐ地球が滅亡するのに」

「なんの問題もないわよ。あんたが宇宙人をやっつけて、地球を滅亡から救ってくれるから」


 あたしの信条。ボケにはボケで返す。

 そんなあたしの心のこもったボケに、彼は珍しくクソ真面目なツラを浮かべて言うのだ。


「あー、それは無理だ。技術力が違いすぎて、やつらには勝てっこないぜ」

「そうなんだー、すごいねー、だったら今すぐ筋トレでも始めたら? 鍛えまくれば、いつかは宇宙人のバリアーも突き破れるかもよ?」

「鍛え始めるには、少し遅いな」

「そうかしら? 部活も勉強もしてない青春知らずの暇仙人のあんたなら、筋トレする時間くらい海にバラ撒くほどあるでしょ?」

「時間なんてねぇよ。もうすぐ地球は宇宙人の攻撃で滅びちまうんだから」


 あたしのつまらない冗談を、彼はそう切り捨てた。


「へー、どうしてそんなことを知っているの?」

「俺が宇宙人の偵察機だから」


 想像以上の切り返しに、自分の耳を疑った。


「聞いたことねぇか? 宇宙人はあなたの隣にいるって噂? 宇宙人が超技術で開発した人間社会を監視する人間ソックリのアンドロイド。それが俺なんだとよ」


 自信満々に言う、彼の姿をした自称宇宙人の偵察機。

 それは、どう考えても、


「ギャグ?」

「笑いたければ、笑っておけ」


 ため息をつく彼は、ジト目であたしをにらんでくる。

 あたしも負けじと、言い返してやるのだ。


「……やれやれだわ。前から変わりモノだとは思ってたけど、まさか宇宙人だったなん」

「だから、俺は宇宙人じゃなくて偵察機だと。人間社会に溶け込んで目や耳で感じて肌で触れた情報を宇宙人に送る機材なんだよ。あと、マジらしいぜ。上の奴らが地球を滅ぼすのは」


 背筋が凍るようなことを、自称宇宙人の偵察機は言った。

 あたしは、とりあえず聞いてみる。


「でも、なんでいきなり……」

「さぁな? よく分からない連中だし、宇宙人には宇宙人の理由があるんだろ」

「だって……今まで、なにも起きなかったじゃないっ!」

「なにも起きなかったのは宇宙人の都合だと思う。それがいきなり滅ぼす展開になったのは、いつでも人類を滅ぼせるのに滅ぼさなかった理由が消えたか、新たに人類を滅ぼす理由ができたか」

「……あんた、マジで言ってるの?」

「もちろん。地球はもうすぐ滅びる。宇宙人の偵察機の俺が保障する」


 巷に溢れる三流SF以下の妄想を、自称宇宙人の偵察機は言いのけた。


 それに対する、あたしの感想は。


「ノストラダムスのジジイ並にウサンくさい予言ね……それで、地球はいつ滅びるのかしら?」

「あと3分ぐらい。惑星破壊砲とかで地球ごと木っ端微塵にするらしい」

「うぁ、マジてきとー。絵に描いたような厨設定っ」

「そうか」

「そりゃそうよ、だって……ありえないじゃん」

「ありえないのもどうかな?」


 困惑するあたしに、彼は至って真面目な口調で説くのだ。


「たまたま起こったビックバンで宇宙が生まれて、広がる宇宙にたまたま太陽ができて、その太陽から近すぎも遠すぎもしない絶妙な位置にたまたま地球という惑星ができて、そこにたまたま生命が誕生して、恐竜が地上の王者になったと思ったら隕石衝突でたまたま滅んで、俺たちの祖先がたまたまその後釜に居座って、その中で猿がたまたま進化をして、これまで地球に誕生した生命のほとんどが絶滅していく中で、たまたま人類が誕生して、たまたま発展して、たまたま俺達が生まれて、たまたま日本という島国に産まれて、たまたま同じ高校に進学して、たまたま地球滅亡の日に屋上で会話している――何分の1の確率かは知らねぇけど、いま俺達が存在していることの方が、ご都合主義全開のありえない展開だと思わないか?」

「あんたって、ホント極端な話が好きよね……」

「確かに極端だと思うが、こうも考えられないか?」


 普段の寡黙さが信じられない彼は、言葉を重ねていく。


「数え切れないぐらいのたまたまの積み重ねで存在している俺たちの世界が、たった一回のたまたまで、もうすぐたまたま滅びる」


 あたし達のいる世界は、あたしが思っている以上に脆弱だ。

 数え切れないほどの偶然が産んだ奇跡の産物で、たったひとつの偶然で滅んでしまう脆いものらしい。


 ひとつ、想像してみる。


 世界中にミサイルが着弾して、核の炎が全てを薙ぎ倒す光景を。

 大きな彗星が直撃して、ビルより高い津波が、全てを飲み込む光景を。

 衛星軌道上から地球破壊砲が発射されて、この星が木っ端微塵に砕ける光景を。

 つまらない理由で、あたしたちの世界が崩壊する光景を。


 それはいつ起こってもおかしくなかったことで、いつかは必ず起こること。

 それがいつかは、誰にも分からない。

 明日かもしれないし、十年後かもしれないし、あたしの生きている間には起こらないかもしれないし、千年経っても起きないかもしれない。


 でも、いつかは必ず起こることなのだと。


「冷静に考えれば、地球滅亡は厨設定でもご都合主義でもない十分ありえる展開だろ?」


 いつでも地球を滅ぼせる宇宙人に囲まれた地球で、地球滅亡の現実性を説く彼。

 バカバカしい主張には、不気味さと説得力があった。


 ――まさか? 彼は本当に?

 ――宇宙人が作った、人間そっくりの偵察機?


 そんなバカなと思うけど、彼ってじつは人間離れしてたり。

 勉強してる気配皆無なクセに成績はいいし、喫煙者のくせして走り幅跳びの記録は8メートル。

 これで手抜きなんだから、本気を出した時の凄さは未知数で……


「まさか……本当に宇宙人の偵察機だったり……」

「らしいな。俺がソレを知らされたのは、つい最近だけどな」


 テンパるあたし。

 彼も出自を知ったのは最近みたい――て、ワッツ?


 あまりの事態に、アタマがパニくる。

 衝撃すぎる告白に、ハートの動揺が隠せない。


 宇宙人? 偵察機? 彼が? 何のため? つい最近知った? たしかにそれっぽい?

 さっき、あと三分で地球滅亡って言ったわよね?


 つまり――


「もうすぐ地球が滅亡するのも、マジなのぉおぉぉっ!?」

「残念なことにな。どうする? 地球滅亡まであと100秒だぜ」

「どうするって!? 落ち着いて!? 冷静に!? 本当に!? きゃあ!? どうしよっ!! つーか100秒ってマジ!?」

「ああ、残り95秒ぐらい」


 とんでもないことを緊張感ゼロな無表情で言う宇宙人の偵察機に、あたしの額の血管がブチッ。

 パニクるあたしは、思うわけよ。


 何があと95秒よ、協調性退化型の新人類ッ!

 そーゆー重大告白は、もっと早く言いなさい、ほんと使えない365日マイペース男!


 あと3分とか、あと100秒とか!

 そんなカップ麺しか作れない時間で、恋する女の子に何ができるっていうのよっ!


 こんのぉ……ッ!


「人類滅亡まで、あと90秒」

「冷静にカウントすんなァァァァ!!」


 だぁぁぁ――っ!

 時間が足りない! 寿命が短い! 地球がヤバイッ! Time is なんとかっ!

 地球滅亡まで80秒で、どうしろっていうのよ!


 あたしが地球滅亡の時にやりたいこと。

 それは、もっと時間とステップを……もういい、知らない、I don't know.


 覚悟を決めたあたしは、彼の両肩をガシッと掴んで。


「先に謝っておくわ。ゴメンなさいッ!」

「おい。ゴメンって……っ」


 時間がないあたしは、とまどう彼の唇に

 ――ぶちゅっ、

 と。


  自分の唇を押し付けた。


「…………」

「…………」


 二人だけの屋上で、突然のファーストキス。

 あたしと彼の視線がゼロ距離でぶつかる。二人っきりの時間が停止する。

 驚きの表情をした彼と、完全に吹っキレたあたし。


 震える唇には――初めての感触。

 最初のキスはタバコの苦味がした。昔読んだ漫画だとファーストキスはレモン味らしいけど、リアルは所詮こんなもん。

 ……けど、これも悪くない。


 繋がった唇が、ゆっくりと離れる。

 混じり合う唾液が銀の糸を引いて、オーバードライブで加速する吐息は熱を帯びていく。


 初めてのキスと、近すぎる視線に戸惑いながら。

 地球滅亡まで――あと50秒。


「いきなりで、ごめん……」


 どうにか搾り出せた、しょぼい声。

 最期なのに照れくさくて、視線を合わせるのが気恥ずかしくて。

 鼓動がバクバクと破裂寸前なあたしは、彼の上履きを見ながらしか言えなかった。


「でも……」


 言いたいことはたくさんある。伝えたい事もたっぷりある。

 だけど、声が出てこない。なぜか言葉に出せない。


 言葉では伝えづらい、ストレートな感情。

 あたしが口に出して言いたいのは、地球滅亡の瞬間にやりたかったコト。


 ――彼への告白。


 ずっと片想いで我慢してたけど、もう我慢してる場合じゃない。

 今しかない。だけどダメ。いつも友達から「喋りすぎ」「ちょっと黙って」「ちゃんと息しろ」と言われるクセに、肝心な時に動かない口は役立たず。


 だから、彼の胸に顔をうずめてみた。

 体重を預けるあたしを、彼は優しく抱きしめてくれた。


 気まずい雰囲気、だけど幸せに包まれたまま。


 地球滅亡まで――あと30秒。


「なあ。さっきの質問、まだ覚えてるか?」


 沈黙を破ったのは、大好きな彼から。


「覚えてるよ。もうすぐ地球が滅亡するなら、どうするだっけ?」

「その答え、まだ聞いてないよな?」

「それは、地球滅亡の時に教えるって言ったでしょ」


 言い終わると同時、あたしは優しくほほえんで。

 ちょっと背伸びして、さっきより強く、さっきより大胆に、彼の唇に自分の唇を重ねた。


 二度目のキスは、やわらかい舌が印象的。

 素人目にもぎこちなくて、強く押し付けすぎた歯茎が痛かったり、夢中になりすぎて前歯がコツリと衝突、苦笑いなエピソードを作ったり。


 地球滅亡まで――あと10秒。


 背中で彼の優しさを、唇で彼の温かさを感じながら、あたしは考えていた。

 あたしにはまだやりたいことがたくさんあるし、まだ知りたいこともたくさんある。


 だけど、もうすぐ地球が滅んじゃうなら……

 もうすぐ世界が終わっちゃうなら……

 たくさんある願いの中から、一番やってみたかったことに挑戦してみようと。


 地球滅亡まで――あと5秒。


 彼をまっすぐ見つめながら、動かない口に変わって心の中で告白してみる。

 地球滅亡のときだから言える、最後の告白を。

 ――大好きだよ、

 と。


 あたしと彼は、屋上で抱き合ったままキスを続けた。

 お昼休みの屋上で、二人っきりで抱き合ったまま濃厚なキスを続けた。


 甘い。これは果てしなく甘い。

 バレたら登校拒否モン、だれかに見られたら赤面モンの甘さだわ。

 うわっ!? あたし砂糖ブチ撒け過ぎっ!?


 だけど、問題なっしんぐ。

 恋愛スクープに目がない友達連合がひやかしを始める頃には、地球は滅亡してる……ハズだけど、なかなか地球は滅びない。

 この時間が永遠に続けばいいのに――なんて思うけど、ロマンちっくな終焉は訪れない。


 地球は滅びない。人類は生存中。

 誤差なの? それとも遅延なの? とか思いつつ。

 どうした地球? もう20秒は過ぎたぞ?


 ――あれ?

 ――いつになったら地球は滅ぶのかしら?


 そろそろ、呼吸が苦しくなるぞ?

 背伸びしたつま先が、プルプル痙攣してるぞ?

 やたらと、鼻息がくすぐったいぞ?


 もう30秒ぐらい、地球滅亡の予定時刻は過ぎてるはずなのに。


 世界はいつもと変わらず、地球はぜんぜん滅びず。

 どこか遠くで「五時間目とかマジだりー」と聞こえたりして、どうする35秒は経過した。


 あのぉ宇宙人さん……そろそろ限界なんですけど?

 呼吸が苦しくて我慢できなくなったあたしは、彼とすごぉ~~く濃厚に重ねた唇を離した。


「…………」

「…………」


 無言で、互いに瞳をぱちくり。

 凍りついた空気の中で、しばしの沈黙タイム。

 気まずい空気に、あたしは全てを悟った。


(――騙されたッ!?)


 ハートがパニック、口では無言、汗がダラダラ、心臓バクバク。

 どうしよヤバイよ、あたしバカあぁぁぁっ!!


 彼の無言が痛くて泣ける。それより自分の痛さに泣ける。

 些細なジョークを本気にしちゃった、自分が痛くて涙目モード。


 本気にするどころか動転して興奮して唇まで奪った自分が痛すぎヘルプで理性がヤバイ。

 キスしながら頭の片隅で「地球滅亡っていいかも♪」と思ってた。赤面ロマンチストの自分なんて殺したいぐらいアウチ。


 自己嫌悪に押し潰されそうなあたしは、とりあえず――ぎゅっ。


 彼のボディーを、力強く抱きしめてみた。

 意外と逞しい胸に顔をうずめながら、いろんな意味でハートがドキるあたしは決心する。


(こうなったら……吹っ切れるしかないわ……)


 イエス・カミカゼ。当たって砕けろ。

 このままじゃ破滅よ。もうどうにでもなれだわ。


 恋はアタック&ブローケン。

 あんなことをやったんだ。もう恥ずかしいことなんて……たぶんない!


 あたしは、雰囲気重視の甘い声で囁いてみた。


「ねぇ、さっきの告白どうだった?」

「おどろいた」

「ア"ア"ア"ア"ア"ア"――ッッッ!」


 あたしの理性は、粉々に砕け散った。


「うぅぅうぅぅ……」


 特に意識してないのに、嗚咽混じりの情けねぇー涙が溢れてくる。

 ヒビ割れたブロークンハートに、悲鳴にも似た後悔のスタッフロールが流れていく。


 屋上で這いつくばって奇声を上げるあたしに、困惑する彼は問いかけてきた。


「大丈夫か。アタマとか?」

「るっさい! うぅぅ……ひっぐ、ドちくしょうで……しくしく」


 恥ずかしい、ひどい、ムカつく、死にたい。


 色々な感情が津波のごとく押し寄せて、理性はグッバイ、ひとりごとはマジカオス。


 脳裏に浮かぶのは、マイナスベクトルなものばかり。

 自分がバカすぎる。騙されてキスしちゃうとかアホ。適当な冗談を本気にして告白までしちゃうなんて超ゾウリムシ。今なら地球が滅びてもいい。脳死で記憶パーも悪くない……そうだ! 彼をそこらに転がってる植木鉢かなんかでデストロイして……って、これはヤバイ。


 脳裏に浮かぶのは、破滅論カタストロフィーばかり。

 しかも、証拠隠滅の方向にエスカレート。


 このままじゃ、心がピンチッ!

 あたしの理性は、ボロボロ限界だぁ!


「……騙したわねっ」


 壊れた精神を安定させるには、他人を批判するのがいいらしい。

 心も体も涙目なあたしは、例にもれなく無表情な彼を、ジトっと睨むけど。


「じつは、俺も騙された口なんだが……」


 あたしの抗議に「あれ、おかしいな?」とか「話がちがうじゃねぇか」と、意味不明なひとりごとをブツブツな彼は。

 どこか気まずそうに、目線をそらしながら。


「わるい。騙すつもりはなかった」


 ペコリと、あたしに謝罪。

 もしや照れているのか、視線をあさっての方向に向けたまま言うのだ。


「さっきの話だが……嘘になったらしい。だから、これからもよろしくな。夏美」


 ほんのり赤面した彼は、髪をかきむしるあたしに手を伸ばした。

 差し出された親切に、あたしは「……あっ、ありがと」素直に手を取るけど、その時にふと気づいてしまった。


 ――もしかして。

 ――あたしを下の名前で呼んでくれたの、初めてじゃない?


 きんこんかんこん――と。


 なんの変哲もないある日の、ちょっと不思議で、きっと死ぬまで忘れられない、お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


 5時限目は、たしか英語。

 さっさと教室に戻らないと、英語教師の発音ヤバげな小言を聞かされる。


「……急がなきゃ」

「だな」

「落ち着くな! ちったぁ焦りなさいってか、教室に走れえぇぇ!」


 あたしは、彼と教室に向かう前に。

 やっぱり無表情な彼と繋いだ手はそのまま、屋上を去るその前に。


 ひとつ振り返って、青い空を見上げてみた。


 ――透き通ったブルースカイ

 ――静かに流れる白い雲

 ――大好きな彼と見上げた

 ――青い空の向こう側

 ――成層圏のさらに向こうでは

 ――キラキラとおひさまの光を反射する

 ――宇宙人の戦艦が今日も変わらず輝いていた

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