第15話 踏み絵

 4台の照明車が、滑走路中央の空間をギラギラ照らしていた。夜の11時を回っても、昼間の暑さが滑走路にいすわっている上に、照明の熱で、慧子の全身から汗が吹き出していた。

 周りでは、野戦服姿の兵士10数名が、ある者は顔に手をかざして上空に目をやり、ある者は、照明のまぶしさを避けるように足元を見ている。


 マスムラが近づいてきた。「どうして、わざわざ、夜の11時に、それも、ヘリでなんか来るのかしら」と問いかけると、「ブラックマン大佐が、日中に輸送機で来ると目立つからと、輸送機を沖縄で着陸させ、増援部隊をヘリに乗り換えさせ夜中に着くように命じたそうです」とマスムラが抑揚のない口調で応えた。

 

 夜中に照明で煌々と照らされてヘリで到着するほうが、よほど、目立つ。いかにも、カレンらしい芝居がかったお膳立てだと、慧子は苦々しく思った。

 そのカレンはと言えば、珍しく軍服を着込んでいる。ただし、野戦服ではなく、スーツ型の軍服だ。ボトムスはスラックスではなく、スカート。上下ともに身体の線にピッタリとフィットし、「米国陸軍女性将校、この夏の新モデル」と銘打ってパリコレのランウェイを歩かせても恥ずかしくない姿だ。官給品を、自分用にあつらえ直させたのだろう。


 平服姿は慧子とマスムラだけだった。マスムラはネクタイこそしていないが、DCIS捜査官に相応しくサマースーツを着用しているからいいが、慧子は白のTシャツにグレーのショートパンツ、パープルのクロックス・サンダルといういでたちだ。周りから完全に浮いている。

 増援部隊が来ることなど全く知らされておらず、30分前にシャワーを浴びているところをカレンの副官から電話で呼び出されたことへの腹いせで、このTPOをわきまえない姿になったのだが、はるばる太平洋を渡ってきた増援部隊には、何の罪もない。自分は、彼/彼女たちに対して、極めて失礼な態度を取る結果になっている。慧子は、自分の心の狭さを恥じた。


 「私は、間近で増援部隊の顔を拝んできますが、博士は、どうしますか?」とマスムラに訊かれた。「私は、ここで結構。どうせ、第二世代ANCをかき集めて編成したのでしょう。私の知った人間はいないし、私がどうこう口出しする話でもない」と慧子は答えた。

 私がここにいるのは、単に儀礼のために過ぎない。であるなら、もっと礼儀に適った格好で来るべきだったと、また胸が痛んだが、やってしまったことをいくら悔やんでも仕方がない。慧子は、自分の身なりについては忘れることにした。


 やがて、闇夜にヘリの衝突防止用外部灯火が現われ、ローター音が響き始めた。大型の兵員輸送用ヘリがぐんぐん降下してくる。ローターが巻き起こす激しい風で身体があおられる。

 ヘリが無事着陸してローターが静止すると、増援部隊の面々が、指揮官を先頭に降りてきた。カレンに敬礼している指揮官の顔に見覚えがあった。「彼は・・・」慧子は、記憶の糸を手繰る。「彼は、私が開発した第一世代ANCの第3号、リリー・ロバートソン曹長の上司でありパートナーでもあるフィル・ブルックス大尉ではないか?


 慧子は、次々とヘリから降りてくる増援部隊の面々に目を凝らした。なんと、梨花に撃破されたタナカ軍曹・グエン伍長を除く、残り8名のANCとその上司がそろっているではないか。そして、それが、増援部隊のすべてだった。

 

 野戦服姿の兵士たちをかきわけて、ブルックス大尉が慧子の前までやってきた。大尉が慧子に向かって敬礼し、「博士、お久しぶりです」と言う。慧子は、思わず、敬礼を返していた。「第1号と第2号のことは、聞いています。私たちが、彼らの仇を討って見せます」それだけ言うと、ブルックス大尉は、足早に立ち去った。彼に続いて、他のANCと上司たちも慧子の前に現れたが、みな、目礼だけして、無言で去っていく。

 橘梨花との戦闘に駆り出された第一世代ニューロ・クラッシャーたちは、梨花のニューロ・クラッシュ能力を封印することに失敗した慧子に、一様に冷たい視線を向けている。この上、梨花が日本で身を潜めていたことと慧子の関わりを知ったら、ANCたちは、慧子を八つ裂きにするかもしれない。私が、あの人たちだったら、そうする。


 カレンが近づいてきた。慧子が「どうして、あなたのご自慢の第二世代ANCではなく、第一世代ANCが増援に来たの?」と尋ねると、カレンが小さく肩をすくめた。「貴重な第二世代にこれ以上何かが起こってはいけないと、秘密兵器局長が腰が引けてしまった。私が指揮している限り、もう、二度と、第二世代ANCがリカごときに敗れることはないと、根拠も上げて説明したけど、一度ビビリ出した人間は、ダメね。リカは、近々退役することが決まっている第一世代で片付けろという話になって、残りの8組全員が送られてきたわけ」


 カレンが左右対称の整った顔を少しだけかしげ、エメラルド・グリーンの瞳で慧子の目をのぞきこんできた。

「ところで、第一世代と言えば、あなたがエキスパートだわ。リカ・タチバナを抹殺する作戦は、あなたに立案してもらう。その許可は秘密兵器局長からもらっている。本当は指揮も任せてよいといわれているのだけど、さっきの第一世代ANCたちの態度をみると、とても、あなたの指揮に服しそうにはないわね。指揮は、ブルックス大尉にとらせるから、あなたは、作戦プランを立案して。明日の午後3時に、まず、私に見せてちょうだい」それだけ言い終えると、カレンも、照明の外の闇の中に消えていった。


 いつの間にか、マスムラが傍らに立っていた。

「『踏み絵』という言葉をご存知ですか?」日系3世のマスムラに訊かれたくない。私は、17歳まで日本で育った。遠藤周作の『沈黙』は、11歳の時に読んでいる。

 

 慧子は、質問には答えずに、本題に入った。

「カレンは、私が梨花の失踪に一枚かんでいるのではないかと、ずっと疑っていたのね。だから、梨花を抹殺する作戦を私に立てさせる。作戦が成功すれば、私への疑いを解いてもよい。失敗したら、梨花の失踪への関与をほじくり出すような面倒なことはせずに、作戦失敗の責任を取らせて私を処分する。作戦に失敗してANCに損害が出ても、どうせ、退役処分が決まっている第一世代ANCだから、ペンタゴンにとって実害はない。カレン・ブラックマン博士らしい、考え抜かれた計画だわ」


 「ひとつ、邪悪な想像を付け加えてもいいですか?」マスムラが尋ねてきた。慧子がうなずいて返すと、マスムラが声を低めて「ブラックマン博士は、あなたの作戦が失敗して、あなたの処分と第一世代ANCの廃棄を同時に達成できることを期待しているのかもしれません。彼女は、第二世代ANCでリカ・タチバナを倒すことにこだわっていそうですから」

「マスムラ捜査官は、カレンがそこまで偏執的で非合理的な人間だと考えるのですか?」

「大いに疑っていますね」


慧子は答えなかった。ただ、背筋を冷たい汗が流れ落ちるのを感じていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る