第14話 「まぐれ当たり」と科学

 真夏の昼下がり、広大な横田基地の滑走路には、まるで、ひとけがなかった。滑走路の中央部には陽炎がゆらめき、その中に管制塔がさかさまに映っている。

 左斜め後ろから日傘をさした人影が近づいて来た。

「こんな砂漠のど真ん中みたいな所に人を呼び出して、どういうつもり?」カレン・ブラックマンが、不服そうに、うなった。

「たまには、生の夏に触れた方が健康に良いから」

「真夏の屋外なら、おととい、橘梨花のハンティングで、たっぷり味わってきた。そう言えば、結果を訊かないわね。梨花がどうなったか、知りたくないの?」

「あれは、あなたの作戦。その結果に、興味はない」本当は気がかりでならないが、梨花について自分が抱えている秘密をほじくり返されるのを恐れて、無関心を貫くことにしている。だから、おとといも、梨花ハントに向かう途中で、軍曹とグエン伍長の治療に加わりたいと言って基地に引き返してきた。

 

 しかし、帰ってきて良かった。執刀医は慧子のアドバイスを必要としていたし、手術の結果、驚くべき発見があったのだから。プラスチックケースを握った右手に力が入る。

「それより、私は、これが気がかりなの」慧子は、右の手のひらを開き、握っていたプラスチックケースをカレンの鼻先に突き出した。その中には、直径0.5ミリほどの針状電極と、それにつながる直径0.1ミリほどの給電コードがはいっている。

「この針状電極がグエン伍長の大脳基底核に挿入されていた。私が開発した人造ニューロ・クラッシュ・システムには、針状電極は、一切使っていなかった。いつ、勝手にこんなものを追加したの?」

「半年前よ。あなたに相談すれば断られるに決まっているから、勝手にやらせてもらった」

「なんてことを!」

「あなたも、グエン伍長のニューロ・クラッシュの致死率が急低下していたのは、知っていたでしょう」


 「ええ。人間は、ただの神経ネットワークじゃなくて、『心』を持った存在だからね。暗殺任務に嫌気がさしてくれば、致死率も下がる。予想された事態だわ」人間には「心」があることを、慧子はANC開発の直前に手がけた脳連動小火器制御システムの開発で思い知らされていた。

「『心』ですって?何を寝ぼけたことを言っているの?ANCは人間ではなくて兵器よ。『心』なんか持って、そのせいでパフォーマンスが落ちるような兵器があったら、即、廃棄処分だわ。私が改修したおかげでグエン伍長がそうならなかったことに感謝するのね」


 「つまり、致死率を上げるための改修が、この針状電極だったわけ?」と慧子が問うと、「そうよ」カレンが勝ち誇ったように答えた。

「慧子、あなたのシステムは、左右の側頭葉の表面にシート状の刺激用電極を置いて側頭葉全体を電気刺激で興奮させるという、呆気ないほどシンプルなものだった。その単純な構造が、ペンタゴンでも選りすぐりの脳神経科学者が2年間取り組んで実現できなかったことを、やってのけたのだから、驚いた」


 こいつは、どうして、2年前に決着がついたはずの議論を蒸し返そうとしているのだ。額から流れこんだ汗で、目がしみる。

「私たち、脳神経科学者は、梨花の脳内でニューロ・クラッシュに関与するニューロン群を、特定しようとしていた」カレンは、どこか遠くをみるような目になって、話し続ける。「そのニューロン群がわかって、梨花がニューロ・クラッシュしている時に、そのニューロン群の中で電気信号がどのようにやりとりされているかを究明すれば、普通人の脳内の同じニューロン群に同じ電気信号のやりとりを起させてニューロクラッシュを再現できると考えた。しかし、2年間梨花の脳を研究しても、肝心のニューロン群を特定することができなかった」


 見つけられなくて当然だ。他者の脳神経を共鳴させるほどの激しい興奮が、脳内の特定のニューロン群の異常興奮だけで起こるはずがない。ニューロ・クラッシュは、梨花の全身の神経が同時に異常興奮して起こる現象に違いないと、慧子は考えている。

 他の人間がそれに巻き込まれると、心臓が止まって亡くなる。解剖所見で心臓に器質的な異常が発見されないことが多いから、脳の生命維持機能が破壊されたと推論されているだけで、梨花のニューロ・クラッシュが、直接心臓を止めている可能性もあると慧子は思っている。


 「ところが、慧子、あなたは、梨花の脳が異常興奮を起す原理なんか、まるで、気にしなかった。ただ、彼女の脳が異常興奮している時と同じ興奮状態を普通人の脳に起させようとした。それも、左右の側頭葉という、ものすごく大雑把な領域で」カレンの言葉が、段々熱を帯びてきた。

「ええ。私は、梨花がニューロ・クラッシュしている時のLFP(Local Field Potential脳のある範囲の集合的な電位)を、彼女の脳全体について計測した。脳のどこをとっても、激しい興奮が測定されたけど、興奮のパターンは、ニューロ・クラッシュの度に変わっていた。ただ、その中で、左右の側頭葉だけが、比較的安定した興奮パターンを示していた。そこで、私は、普通人の左右の側頭葉の表面にシート状の刺激用電極を置いて、試行錯誤を繰り返して、梨花の異常興奮状態と同じ興奮状態を引き出してみた。すると、ニューロ・クラッシュが起こった。現象が生起する原因はわからないまま、起こっている現象を真似てみて、それが、たまたまうまくいった」


 カレンが日傘を投げ捨て、慧子の肩を両手でつかんだ。

「そう、そうなのよ。あなたの人造ニューロ・クラッシャー(ANC)は、ただの『まぐれ当たり』。科学者のくせして、なぜ、それで満足できたの?」

「証拠を残さず殺人を犯せるANCは、存在してはならない禁断の兵器。そのために科学を使ってはならない。『まぐれ当たり』しただけでも、人類にとって不幸なことだった」

 カレンに肩を突き放されて、慧子は、1、2歩、後退した。カレンが真夏の陽射しを浴びながら、昂然と胸を張った。金髪がキラキラと輝く。

「私は、違う。私は、科学者として、『まぐれ当たり』でないANCを開発しようとしてきた。梨花の脳を直接研究することはできなかったけれども、私たちが最初の2年間に蓄積した膨大なデータがあった。それを解析して、大脳基底核から左右側頭葉にいたる特定のニューロン群がニューロ・クラッシュの起点になっている可能性を発見した」


 慧子は、軽蔑をこめて、ゆっくりと両手をたたいてやった。

「バカにしている振りして、本当は悔しいんでしょう。ええ、わかるわ。あなたの顔に『悔しい』って、書いてある。私の科学的発見を」カレンは「科学的」という言葉に力を込めた。「私の科学的発見をANCに応用したのが、グエン伍長に埋め込んだ針状電極であり、最終成果が、第二世代ANCなの。第二世代ANCは、現在可能な最大限のニューロクラッシュ機能を果たせるよう、脳内に573個のチップを埋め込み、それが、シート状電極6枚と針状電極120本と連動している」


 こいつは人として超えてはならない一線を超えている。慧子は、そう思った。だが、最初に、その線に足をかけたのは、他でもない、この私なのだ。


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