第10話 巻き込まれた二人(その1)
破壊と殺戮の現場から疾風のように逃げ出して林道を走ること15分。コータローは、一言も話さない。これは、コータローとしては、よくよくのことだ。コータローは、ひどくおしゃべりで、3分以上、黙っていたことがないからだ。
世津奈は、黙っていようと思えば、いくらでも黙っていられる。他人から話しかけられれば、少しでも会話が弾むように努めるが、自分から会話を欲するタイプではない。
もしかすると、コータローのおしゃべりは、話好きというより、「沈黙恐怖症」ではないかと、世津奈は疑っている。コータローが何を話しかけてきても「あ~
~、そ~、へ~」と流し続けたらコータローがどうなるか試してみたら面白いかもしれない。だが、そういう相手に失礼な態度は世津奈が最も嫌うことなので、この実験が実行されることは、ない。
「宝生さん、ボクら、すごくヤバいことになってないすか?」コータローがついに口を開いた。
「実弾が飛んだんですよ。人が二人も殺されて。これって、ボクら、調査員がする仕事ですか?」
「違うでしょうね。このレベルになっちゃうと、反社会的勢力とか外国人の傭兵にお金を積んで守ってもらわないとね」
「そうでしょう、そうですよね」コータローが急に元気づいてきた。
「そりゃ、社長には、訊かれましたよ。本来の調査業務じゃなくて身辺警護だけど、引き受けてくれるかって?」
「うん、訊かれた」
「だけど、ボクら、調査員っすから、身辺警護って言われても、調査員の仕事の延長でこなせる範囲のことを考えるじゃないすか。でも、これって、明らかに」それまで、前方を見ながら世津奈をチラ見していたコータローが、ここで、道から完全に目をそらして、世津奈を見た。
「疑問の余地なく」と言って、世津奈の顔にツバを飛ばす。世津奈がカーゴパンツのポケットから汗でグジュグジュのハンカチを出して顔を拭いていると、「間違いなく」と言って、また、ツバを飛ばす。
「間違いなく、なんなの?」
「間違いなく、調査員の業務を逸脱してます!」
「だけど、この仕事で、実弾が飛ぶのを見たのも、人が殺されるのを見たのも、初めてじゃないわよ」と言ってから、しまったと思った。あれだって、見たくて見たわけじゃないのに・・・
案の定、コータローは世津奈の失言に食いついてきた。
「宝生さん、今の言い方、『人が殺されるのを一度見たから、この後、何回見ても平気』って、そう言ってる感じがしますよ」コータローが顔を世津名に向けたまま、ツバを散弾のように飛ばしてくる。世津奈は、もう、ツバをぬぐうのを諦める。
それより、前方が気がかりになってきた。見ると、20メートルほど先で、道の右端が大きくえぐられ、泥水がたまっているではないか。
「コー君、いいから、前を向いて運転して」
しかし、コータローは、前方に視線を投げようともしない。
「まともな人間は、人が殺されるのなんて、死ぬまでに一度も見たくないものです。宝生さんは、危ない目に遭いすぎて、人間性が壊れてるんすよ」コータローが言い終わると同時に、SUVの前輪が水溜りにはまって、バンパーが路面をたたきつけた。
「コー君は、私の人間性の心配より、まず、このクルマが壊れないようにしてね」
世津奈の言葉にコータローは口を尖らせたが、ともかく、視線を前方に戻した。
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