Story



 太陽の光がかろうじて届く、薄暗い海中を、とくに目的もなくひたすら泳いで進む。


自分が今まっすぐ進めているのかさえわからない。


ひんやりとした水が皮膚を滑るようにして流れる。


ふと下を見ると、真っ暗な暗闇が広がっている。


<あまり下に行くと怖いものがいる>


いつだったかイルカの群れに教えられたことがある。

僕は体が小さいから、きっとすぐに殺されてしまう

と。

少し気になるものの、死にたくはないと思いあまり深くには潜らないようにしている。

ぼんやりと考え事をしていると、遠くの方でイルカ特有の高い鳴き声が聞こえた。

急いで方向を変えて声のした方へと向かう。僕はいつもイルカの声が聞こえるたびに、声のする方へ向かいイルカの群れと一緒に泳ぐのだ。そして長い旅から帰ってきたイルカ達からこの広い海の話を聞く。僕には親というものがいない。だから、僕にとってイルカ達は大切な家族のようなものなのだ。


急いで声のした方にむかったが、すこし遅かったようで、僕がついたころにはもうイルカの群れは去ってしまっていたようだった。

諦めて、また適当に海をぶらぶらとしようかと思い、ふと下を見るとイルカが一頭周囲をクルクルと見回しながら弱弱しく泳いでいた。

イルカは基本群れで移動する。もしも群れからはぐれてしまったときは、群れが探しに来てくれるまではぐれた場所で待て、というルールがある、と教えてもらったのを思い出した。そっと近づいて声をかける。「ねぇ、はぐれちゃったの?」

人間の僕に少し警戒したような目を向けつつ、「あぁ」と答えた。

「何歳なの…?」落ち着いた対応に、思わず年齢を聞くと「今年で30だ」と言った。

イルカの寿命はだいたい30年くらいだから、かなりの高齢だとわかる。その体ではたしかにはぐれた群れを自力で見つけて追いつくことは難しいだろう。彼の仲間が迎えに来るまで僕はこのイルカと雑談をした。彼はアカシアという名前だった。故郷はこの海からかなり離れたところにあるようで、そこに戻ることもほぼ不可能であると少し寂しそうに笑いながら言った。そこから何時間と話したが、いつまで待っても彼の仲間は戻ってこなかった。アカシアも時間がたつにつれそれに気づいていたようで、会ってから5時間ほど経ってから、諦めたようにため息をついた。「あー…悪いな夘月。付き合ってもらっちまって。迎えは来なさそうだしよ、諦めるわ」「アカシアこの後どうするの…?」「ん?あぁ、仲間の処に行く」「仲間…?群れの皆がいるところわかったの…?」「あぁ、たくさんの仲間がいるところに行く。ありがとうな夘月」


それだけ言って深海の暗闇へと消えていった。


アカシアの姿はやけに弱弱しく見えた。



それから何年か経った。アカシアは仲間に会えたのだろうか。そんなことを考えながらまたふと下を見る。いつも通り真っ暗な世界が広がっている。いつもだったら引き返すところなのに、何故かその時の僕はそのまま深海へと進んだ。

恐怖感なんて微塵も感じなかった。

ずっと泳ぎ進めるていると、とうとう海底へとついた。海底をゆっくりと進むと、ごつごつとした岩が並ぶ中、少し大きめな岩の陰に深いくぼみがあって、何故か月明かりが届いていた。


「…!」


おもわず目を見開いた。そこにはたくさんの骨があった。

「これは…イルカの骨…?」そっとたくさんの骨に手を伸ばす。少しとがった頭がい骨はイルカで間違いなかった。たくさんの骨が沈むこのくぼみは、何故か温かみがあった。そういえば小さい時に深海の怖さを僕に教えてくれたイルカはこんなことも言っていた。


「これは俺達の中で語り継がれている噂話なんだがな、群れからはぐれちまって、もう戻れそうにもなくて死んでしまうイルカはな、深海の墓に行くのだそうだ。その墓が深海のどこら辺にあるのか、俺たちは誰も知らない。ただ、群れからはぐれ、死を悟ったものは導かれるようにその墓へと進むんだ。仲間に囲まれて、ぬくもりの中死ぬのだそうだ。寂しくならずに済む。そんな噂だ。」


その時はただの噂だ、と考えて、信じていなかった。だが、今目の前に広がるのは「深海の墓」なのだ。この墓に眠るたくさんのイルカたちの中にアカシアはいるのだろうか。そしたらもうあんな風に寂しい顔はしていないだろうか。していないと良いな。



ひたすらまた海を進む。


冷たい水が僕を優しく包んで頬を撫でる。

上をみると明るい太陽が今日も海中を優しく照らしていた。



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【短編】深海の墓 なゆ @Chan66

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