紅色 ~傷~ 21

「どうしたんだ杉慕すぎした?」


教室の天井を見上げていた俺を如何いかにも高校デビューしましたー!と言わんばかりの茶色に染めた髪の友人の果柱が訝しげに見る。


「……ここの上から何か冷たい感じがしたんだよ」


「冷たい?」


「ああ。風みたいなもんじゃなくって……」


「それはまさか、幽霊的な心霊現象の類のひんやりさか!?」


「ひんやり」って、天井見上げただけの簡単イベントで出逢える幽霊って、その幽霊はきっと安いぞ果柱はばしら、貴重価値的に。


「そんなもんじゃない、と思うんだが。冷たい感じってのも別に温度とかそういった感じじゃなくて、ほら、ドライアイスあるだろ?」


「ああ」


俺は人差し指を上へ指す。

コンクリートできた白い天井は何の落書きもなく、亀裂が入ってもおらず、真っ白なキャンバス、それは新品同様と差し支えない。

それを見るとこの学校は、お金がかかってる私立高校なんだと確認させられる。


「あんな感じの質量がないって言うか、熱くもないけど、冷たいけど冷たくもないような微妙な温度(?)。触れても全然感触がない感じの煙(?)。わかる?」


「わ☆か☆ら☆ん!」


「さい、ですか……」


わからない、のもわかる。

何故なら、


「杉慕って、よく抽象的な言葉を使つけど、『俺ってミステリーとかホラー系に登場する口達者な文学系主人公みたいだろ(ドヤ)』的なこと、実は心の中では思ってるだろ」


……これだ。

俺の説明昔から他人にはわかり辛いことがある。俺が抽象的で、具体的な説明ができないことが続いて、果柱には、こう思われているとことになった。

『他人』って言葉を使ってるからといって、他人を見下してるわけじゃない。

俺はただの説明が下手な人間なだけだ。


「……よし、オイ果柱。放課後に河川敷に来い。武器は持たず、スマホも持たず、遺書いしょを書いて来い」


「…………貴方様杉慕は?」


「ん?俺か。俺は、両手に機関銃+上空から地球上なら何処でも撃ち込めるサテライトキャノン+αでカラーズメンバー全員でお前に総攻撃を仕掛けるわ。加えて、お前のエロゲコレクションを全てダストシュートだ。無論のこと、拒否権はない……!」


「お、おぉ、杉慕様ァ!そんな、せ、殺生なことを!最初の段階で俺、死ぬよね!?機関銃だけで俺のこのナイスなボディーが蜂の巣になるよ!次のサテライトキャノンとか、俺の存在自体が消滅するんだけど!蜂の巣になった俺の体を跡形もなく消滅させる気か!?そして、カラーズメンバー全員って、俺、蜂の巣になって消滅して幽霊になった後でもボコボコにされるの!?最後に関しては最早、イジメだよな!?お前のただのらしだよな!?」


「そうだけど」


「わお!この人真顔で言い切りやがったぜ☆」


「……」


俺は真顔で果柱に言い放ち、果柱の次の言葉を待つ。ここまでのやり取りは、この学校に入って、果柱と出逢ってから幾度も繰り返されたものだ。

だから、次の果柱の言葉も容易に予想できるし、果柱が本当に懇願こんがんしている訳がないことも知っている。果柱の方も、俺が本当に実行することも、実行できないことも知っているから、特に苦には感じない。


「ひ、酷い!」


「当然だ」


「何故……?」


「……面白いから?」


「なぜ疑問形!?」


7月26日の昼休みに2年E組で行われる2人の一般生徒の談笑はこのクラスの雰囲気に合っていて、クラス内にいる他の生徒も同じようにこのクラスの雰囲気に溶け込んでいると言える。

例外は────ない、筈だった。

少なくとも、杉慕京太郎すぎしたきょうたろうが想い描くこのクラスの空気と雰囲気に全員が元々用意されていた市販のパズルピースのように簡単に確実にハマっているだろうと根拠のない自信があった、が──


神無月かんなづきは一緒じゃないのか?」


俺は教室を見渡しても見つからない果柱の友人の神無月夜空かんなづきよぞらがいないことに今更ながら気付いた。

あまり人と関わりたくないから、教室の自分の机でひっそりと昼休みを過ごしているだろうと思っていたが、いなかった。


「……神無月なら屋上にいると思うぜ」


少し間を置いてからの果柱の返答の内容は想定外のことだった。

屋上……神無月が……合わないな。

素直にそう思った。


「そうか、何しに?」


「さぁ〜?昼飯は屋上に行くついでに食べてくると思うけど。俺もはっきりとは知らん。……何だよ、気になるか?」


「別にそうじゃないけど、今日は暑いからわざわざ屋上に行って火炙りにされるなら、クーラーが効いてる教室で食ったら屋上に必要はないだろうから、さ。それが不思議でな」


今日は特に暑い。

気温は40度に届いているのでは?と感じるほどに暑い、

夏も本格的に入ってきたな、と感じずにはいられない。鬱陶しいほどに暑いから、余計に喉がかわいて仕方ない。持ってきていたお茶が入った水筒がすっからかんになってしまったぐらいだ。


「そうでもないけどな。確かに暑いけど、逆にそれがいいアクセントになって、屋上で飯を食うとまるでピクニックに行った気分になるんだ。あそこって風通しがいいんだ。上手い具合に吹いてくれればこの暑さでも十分に過ごせると思うぜ」


……ピクニックか。

いいなピクニック。山を登って、綺麗な空気の中で昼飯の弁当を食べる。周りは大自然に囲まれていて、きっといい景色なんだろーなー。

……何だか、行ってみたいなピクニックに。

でも、悲しいかな──俺には一緒に行く相手がいない。


「そうだ!今度、一緒にピクニック行かないか?勿論、神無月も一緒に、さ!」


と、物思いにふけっていると果柱からピクニックのお誘いがきた。

唖然あぜんとなって、口元がニヤけるのを抑えようとする。

取り敢えず、「おう。いいぜ」と答えた。

その返事に果柱はヤケに喜んでいたのが不思議だっだが、とにかく、


──このお誘いは正直、ありがたい。


臆病者の俺には、他人を何処かへ誘うこと自体がとても勇気がいる行動だ。

誘うと決めたとしても、その後にどう誘ったらいいのかとか、誘ったら嫌な顔をされないかとか、キツイお断りの言葉を受けるかもしれないとか、そんな一見どうでもいいように思えることに頭を悩ませる。


──典型的テンプレート弱者モブ


典型的な弱者の弱者が持って当たり前の短所。


「それなら、神無月を見つけないとな。2人でピクニックなんて、気色悪くて仕方ないだろ?せめて、3人まではいないとな」


明らかに先程より気分か良さそうな声色で言うと、果柱は苦い顔になる。


──どうしてだ?神無月と果柱は仲がいい筈だ。少なくとも、神無月から見て他人と思える他のクラスメートよりは……。


「何かあったのか……?」


俺は半信半疑で果柱に問う。

果柱は見て取れるようなギクッとした表情で固まって目線を逸らす。

……わかりやすい奴だ。

表情に感情がそのまま出ている。


「……そんな……ことは……ない……と思う」


「絶対何かあっただろ。目がキョロキョロ泳いでるぞ」


「そんなバナナ〜!……なんて?」


「面白くない。それにすべってる」


「……あはは……は…………はぁ〜」


果柱はため息を吐いて、項垂れる。

明るかった表情に陰が落ち、目を細めて地面を見つめる。

肩を落としてうずくる体勢のまま、俺には顔を向けずにボソッと吹くと消えてしまいそうな蝋燭のような小声で呟いた。


────……カラーズ


と、思いがけない単語に表情がピシッと固まる。

固まった石像が再び動き出すには数秒のタイムラグが必要だった。









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