紅色 ~傷~ 20

神無月夜空かんなづきよぞら────という男子を俺は少し知っている。

天パに近いボサボサとしたくせっ毛のある髪質と整った顔立ち、何処か使いすぎて疲れ果てた人形の目を連想させる少し垂れた目に全身から″できるなら近寄らならないでくれ″と言わんばかりの纏っている空気。

俺の神無月夜空に対する第一印象は″普通の男子″だった。良くも悪くも勉強もスポーツも趣味も好きな食べ物も特にピックアップするものはなかった。

最初に神無月夜空の名前を聞いたのは、やはり友人である葉柱はばしらからだった。俺は良くも知らない他人に話しかけれるほどの行動力がないのでこれは必然のことだった。

神無月夜空はよく遅刻する。遅刻上等犯まではいかないが1ヶ月に2度は遅刻する程度で一時的なものなら、誰も神無月夜空の名前を記憶の片隅かたすみに置かないだろう。

神無月夜空の名前は彼のクラス、2年E組の中なら同じクラスの神愛乙女かみあいおとめ、それに続くクラスの中での上位メンバーの次に知られている名前だ。1位……ではなく、13位ぐらいに神無月夜空の名前が付けられている。

何故か?どうして神無月夜空の名前は良くも悪くもクラスの皆に知られて、13位なんて中途半端な順位にいるのか。

俺は知らない──が、果柱からある噂話を聞いた。

最初、俺はよく遅刻するからだと思っていたが、それは違う。

ほとんど的外れではなく、半分正解のこれもまた中途半端な正解だった。

神無月夜空は遅刻することが多いイメージがあるし(実際にはそんなに遅刻していないが高校二年生の初日に遅刻してしまいそんなイメージがついている)、″できるなら近寄らならないでくれ″オーラを出しているが、神無月夜空自身は至って普通の男子高校生。

それは間違いではないが、問題なのは彼を取り巻く人間関係だった。

神無月夜空には可愛らしい姉妹がいる、ロリっ子の友達がいる、女性に街中で出会い頭にアッパーされていた、病弱でか弱そうな美少女と一緒にいた、別のクラスの委員長と親しそうに話していた、怖そうなお兄さんの喧嘩事に巻き込まれて怪我をした、今年の4月頃に強盗に襲われそうになった。

どれもこれも不確かで本当に事実のことなのかはわからなかった。合ってはいるが、話しを盛りすぎている可能性もある。人から人へと噂は流れていくのだから、その道中で誰が聞き間違えて次の人へと伝わったかもしれない。

クラスの奴らもきっと俺と同じ考えで、多分盛っているだろうが面白いから誰かに伝えるときはそのまま伝えよう、となって現在に至っているに違いない。

2年後、この貼華てんか高等学校を卒業すれば神無月夜空というたかが男子1人とは今後一切出逢うことはまずない、こんなたかが噂で恨まれることも話しが肥大化して自分の身に何か不吉なことが降ってくる訳がない。

と、そう────高をくくっているからできる面白半分の特に意味がない日常の一風景。


あぁ、俺もそう思う。

──同感だ。

──肯定する。


彼等クラスの奴らは悪くない。

悪いのは彼だ、神無月夜空だ。

クラスという不思議な残酷な世界の中で彼ははみ出た。1本の真っ直ぐな道の中、彼は別ルートを″幸運ふうん″ながらも偶然見つけた。だからこその代償と思えばこんなのは安い。

順位が上がること、噂されること、少し変な目で見られるのも仕方ない、当然だ。

神無月夜空はそんな″目でみえない″ものに勘づいていないようだ。


なら、この話はどうでもいい。


特に被害がある訳でも、辛い目に合ってもいない、悩んでもいない。


──放置だ。

──捨てる。

──忘却だ。


そんな風に他人事に(実際に他人で、俺とは親しい交流はない)別世界で起こっている出来事のように俺には被害はない、と心の何処かで″たかくくっていた″。

神無月夜空の友人の果柱に比べれば俺の知っている情報は些細なもので、俺個人は神無月夜空を全くと言っていいほどに他人なのに勝手に天秤てんびんに乗せて計って、わかり切った風に語っていることを俺は後悔することになる。



そんな″ごく普通の人間″に神無月夜空と俺は劇的でもなく、喜劇的でもなく、感動的でもなく、午後の休み時間にトイレで出逢った。


「どうも」


「……どうも」


先に話し掛けたのはどちらだったのかは、俺にはわからない(どうでもいいことだ)。



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