紅色 ~傷~ 16

カツーンカツーン。


8時35分。まだ朝と呼べる時間帯。


カツーンカツーン。


一階の廊下から見えるグラウンドには誰もいない。

誰もいない白いペンキで塗られたコンクリート製の廊下に二人の足音が鳴り響く。

片方は男。天パに近いくせっ毛のある髪質の彼。真っ白な半袖の制服の上から真っ黒なブレザーを身に纏い若干アンバランスな服装の彼。この学校では夏の制服でも冬のベストを着てもいいことになっている。


もう片方は女。『川』『海』『夜空』または『宇宙』と表現するべきか、つややかで一本一本が極細の美しい絹糸のような髪。加えて、薄い。限りなく薄い髪の厚さ。薄っぺらい白紙しろかみのような髪から奥の景色が見えてしまうのではと思わせるほどに透明感のある白髪しろがみ。その白髪を手で溶いたらどれだけの幸福感と感動が湧き上がるか想像できない。簡潔に言うと髪の色は『白色しろいろ』、または『透明とうめい』。本来、髪の色が透明なんてありえないが、事実、女の髪には奥がある、底がない。光の反射によっては、その白髪は女神の如き神々こうごうしさを顕現けんげんさせるだろう。

まるで、『かみ』の『かみ』が『かみ』なって形作っているかのように。 ただ単純に美しい。

そんな彼女は紅色あかいろを主張としたアクセントとして純白じゅんぱくを組み合わせた制服にこちらも紅色を基調としたチェック柄の膝丈ひざたけスカートを身に纏っている。

彼女の底知れない白髪しろがみとルビーより深い紅色の宝石の瞳と紅色あかいろの制服の組み合わせは、彼女の存在を彼女の魂の色を明確にほとんど完璧にこの世に表現させている。

鬼に金棒……神に神棒か。

とにかく凄い。一言で表すのは例え人気小説家にも売れっ子漫画家にも評論家にも街中で演説している政治家にも王様にも難しい難問中の難問たが、あえて、あえて他のあるだろう彼女を表す言葉をゴミ箱に捨てるという愚行した場合に出てくる言葉は──『すごい』という陳腐ちんぷで低俗な言葉だった。


だが、それも仕方のないことなのかもしれない。上え上えとその価値が上がるにつれて表現する言葉は徐々に陳腐な言葉へと変わっていく。「凄い」「素晴らしい」「美味しい」「嬉しい」「楽しい」とこの言葉しか出てこないと思わせるのが極上のそれも最高質のものなのだから。

それに比べて、女神に匹敵するであろう彼女の隣を平然へいぜんと額から汗を浮かばせている彼はとてもとても彼女とは不釣り合いもいいところだ。月とスッポン。星と石ころ。黄金の林檎りんごと腐った林檎りんごかみと人。等といくらでも出てくるが、勿論のこと彼──神無月かんなづき夜空よぞらはそのことを重々承知していた。自分では不釣り合いだと、隣を一緒に歩いて談話するなんておこがましい。馴れ馴れしく「神愛かみあいさん」と呼ぶのもなんて身の程知らずなのか。


「(だから、早く教室に行きたい。神愛さんが嫌いとか苦手とか気に入らないとかそんな感情はないけど、こっちのライフという名の精神ゲージがみるみるうちに赤ゲージまで減っているんだよな……)」


ここでため息なんて吐いたら神愛さんに気をつかわせるかもしれないのでそこは我慢した。

隣で今も笑顔で歩いている神愛さんには悪いけど本当に悪いけど早く遅刻報告書を先生から受け取って教室に行きたい。

こっちは階段での会話とか何やらで足がぷるぷると産まれたての小鹿みたいに足がならないように必死に平静をよそおっているだから。ふと気を抜くと神愛さんにバレてしまう。それはダメだ。ダメダメ。絶対ダメだ。ほんの些細なことでも神愛さんは優しいし、感が良さそうだから絶対に気付く。足のぷるぷるも、僕の精神がすり減っていることも、ドキドキしていることも100%気付く、そして心配する……かもしれない…………多分、恐らく。

僕なんて神愛さんに心配してもらおうだなんて無量大数むりょうたいすう年足りない。もう一回人生をやり直して足りるかどうか……。


「(そうだ。僕なんて神愛さんと比べたらゴミ虫……神様とGくらいの差がある。きっとこの日が僕の人生の中で一番の幸福な日だったんだ。ハッハッハ!間違いない。神無月君は嘘をつかない)」


自虐めいたことを自分に言っていると、


「着いたよ神無月君」


可愛いらしい綺麗で耳元にスゥーと入ってくる夏風の如く天使の声が聞こえた。


「そうですね。なら、早く報告書を受け取って教室に行きましょう。流石に神愛さんがこんな時間まで遅れていると学校全体が大騒ぎになってしまいますし」


「大袈裟だよ」


……割とマジなんだけどな……いやホント。

くすくすと笑っているが、神愛さんはもうちょっと自分の評価を上げた方がいいのでは?今の1万倍くらいにまで。

それにしてもやっぱり神愛さんは可愛い。綺麗だ。昨日見たアニメに登場する銀髪美少女ぎんぱつびしょうじょなんて相手にならないほどに。二次元の美少女が三次元に負ける日が来るとは……。

僕に活発な妹が言うときっと「えぇ〜!夜空お前二次元を超えるモノホンの美少女を見つけた?それに話した?ふざけんな!アタシでさえまだこの目でモノホンのthe 美少女に会ったことないのに!マジでfuck!夜空お前はモノホンのfuckだー!!」と八つ当たりしていたに違いない。


「……中から聞き覚えのない男性の声が聞こえませんか神愛さん?」


静まり返った廊下には生徒指導室の中の声が僅かだが漏れていた。

聞こえてくる声は僕が今までこの学校で聞き覚えのない声だった。

誰だ?新しい先生か?それとも、漫画や小説みたいな季節外れの転校生か?二次元的な思考を働かせていると、神愛さんが「あぁ~」と口に手を当てていた。

神愛さんは知っているだろうか?


「……多分、たまに学校に来る配達員の人だと思うよ」


配達員?この学校にそれも生徒指導室に直接来るのか配達員が?聞こえてくる声は言い合いのようにも聞こえるけど……。何の荷物を運んでいるだろう?


「中に入ってみたらわかるよ」


そう言って生徒指導室の扉を開けようとした時──眼鏡をかけた執事服を着た一人の男性が勢いよく扉を開けた。


「誰だ、お前ら?」


この時僕はこの人口都市の非日常日常に足を踏み入れていた……踏み抜いていた。



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