紅色 ~傷~ 12
凍りついた水面は未だ溶けず。
極寒の空間に吹き荒れる風向きは一方的に僕の方へ。前が
冷たい風が眼球を避けて、眼球の奥へと外から内へ入り込んでくる奇妙な感覚に意識が飛びそうになる。
僕は死に物狂いで凍りつきそうな眼球をぐるりと1mm、2mmとミリ単位で動かして、
気持ちを決定的にしたかった。
僕は時坂京の現在の表情を見て、胃がズキズキと痛く、罪悪感が水泡の如く湧いてきた。
しかし、本当の彼女は、僕が勝手に想い描いている
「あんた、まだそないなことしてんの?」
この言葉は決定的な一打。
僕を詰ませる最高の一打。
僕専用の開発された、僕特攻のこの世界で一つしかない1打。
『王手飛車取り』。
将棋で表すとそれほど痛手な一打だ。
『二者択一』。片方選んで片方を捨てる。
人間が毎日しているリサイクル活動。
両方を選ぶことなど、ルール上不可能な絶対的で道理的で片方を捨てたとしても誰も怒らない、認める、理解している世界の真理。
「あんた、まだそないなことしてんの?」
京先輩の3回目の問い。
冷たい。感情の読めない声色。
見えない表情。
歪ませる三日月。
それらが物語っている京先輩の本質。
未だ僕はわからず。
「あんた、まだそないなことしてんの?」
京先輩の4回目の問い。
もしかすると、4回目など僕が凍りついている間にとうに過ぎているのかもしれない。
もし、4回目を過ぎて10回目にいったとしても京先輩は同じ声色で同じ見えない表情で同じ歪ませた三日月で同じことを言うだろう。
僕には京先輩がそうするという未来に確信に近い予感があった。
「あんた、まだそないなことしてんの?」
京先輩の5回目の問い。
僕は罪悪感を抱かざるえない。
京先輩が何度何度問おうと僕は、
とどのつまり『
『王手飛車取り』の『二者択一』を僕は片方を選び片方を捨てる道理性の塊を取らない、逃げない、放棄する。
──諦める。
負けを認める。
『
幾千の問いが僕を襲おうと何度だって僕は諦めるだろう。
“問答の放棄”。
それが、
昼休みが終わらない。
京先輩と出逢って何十分が経っただろうか。
チャイムの音は鳴らずに心臓の音だけがこの空間に響く。
しかし、どんな事柄だろうと絶対に、必然的に変化は“
流れに運命に“
僕と
僕と京先輩も同じ“人間”なのだから。
まだ、
この世のルール、定義、常識を逸脱していない僕らはそれらの中で生きている。
そう、だから、この冷たい状況だってきっと変化が訪れる。招かれるはずだ。
僕と京先輩は常識内の生物なのだから。
と、僕は期待していた。
それもかなり。
後に思ったのだ、どうして僕はこの時動けるはずの体を普通に動かさなかったのか。
後悔の
「……あんたが、何も言えへんのはわかっとたけど……それでも期待しててんで。私みたいな変人と付きおうてくれて、感謝してたんや。当然やけどな。だから、だからこそ、あんたが自分でそんなくらっちーもんに対して何らかの自分で決めた回答がほしかった。これはうちの自分勝手の願望やから強制は強いひん……やから勝手に残念に思っておくわ」
あれ?
あれれ?
この流れは可笑しいのではないだろうか?
僕は疑問符を頭の上に出現させる。
変化が起こるとは思っていた。
良くも悪くもこの停滞した状況に亀裂をいれてくれると。そして、その後はいつも通りに妥協点を見つけてこの暗い話を終わらせる。
そうだ、いつも通りならこんな、こんな悲しいそうな言葉を京先輩は言わない。
気付くと暗黒で覆われていた顔半分を今は確認できた。
顔だけでなく、京先輩の小さな体躯の全てをハッキリとこの目に映すことができた。
「……」
それは悲壮感が
重くはない。大きくもない。
しかし、手で触れた瞬間にすっと溶けてなくなった。まるで雪のように
京先輩からは、その刹那の意思が何重にも重なって連なって、1本の
何故なら、京先輩の初めて見る悔しいさと悲しいさを混ぜ合わせた顔を見てしまったら、僕はそう思わずに何を思うのか。
可笑しい。
このフレーズは僕の中でリピートし続ける。
「……僕は………わかり、ません」
やっと出た言葉はそんな弱々しい、何の意思も載っていないハリボテの戯言だった。
僕はいつも通りに間違える。
僕はいつも通りに流される。
「……そか、そんならまだええわ。待っとくわ。夜空君が納得のいくまで、“取る”一手を打つまで、卒業するまで……な」
「……ごめんなさい」
キーコンカーコン!
と、授業5分前の予鈴が鳴る。
この予鈴が終わりの合図なのだということは僕と京先輩は感じていた。
潮時。引きざわ。幕引き。
この
「……」
京先輩は「
小さな妖精さんは、消えた。
蒼い、深海ように不思議と惹き込まれてしまう暖かい目をしている京先輩の瞳は冷たく、不純物が入り混じったいた。
「……違うだろ。ごめんなさい、何かじゃなくて、ありがとう……だろ。僕のバカが!」
予鈴が鳴り終えて誰もいなくなった屋上で僕は、後悔と自分の不甲斐なさと京先輩の暖かい優しさに体が悲鳴を上げているのが聴こえた気がした。
冷たい空間も冷たい風も、冷たい雰囲気の場所もこの屋上の何処にも一つを除いて存在しなかった。
冷たかった唯一の場所、それは僕のいる場所だった。
冷たいのは京先輩ではなく、
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