柄じゃない……のも、たまには悪くない

 ダレンが、芋虫型魔獣「キャタピラー」の強烈な体当たりを、盾に見立てた両腕でガードした。

 今回の戦闘で、ダレンが初めて受けた強烈なクリティカル・一撃ヒットだった。


「クッ……!」


 キャタピラーに圧される形で、大きく後退するダレン。

 直撃では無いが、ダメージはそれなりにあっただろう。


「クリークッ! 前に出過ぎだっ! それから、即座にダレンのフォローッ!」


「わ、わかってるよっ!」


 俺の声に反応して、クリークがキャタピラーとダレンの間に割って入る。

 キャタピラーは、ダレンへと追撃の構えを取っていたが、その攻撃はクリークの構えた盾に阻まれ不発となった。


「イルマは即座にダレンを回復。ソルシエ、キャタピラーを牽制しろっ!」


 俺が指図する前には、イルマの回復魔法クラルがダレンの受けた傷を治癒していた。


「分かってるわよ、もうっ!」


 そして、ソルシエの火炎魔法フラムがキャタピラーへと向かっていった。

 クリークはタイミングを見計らって、盾を使いキャタピラーを押し返した。

 その直後に、ソルシエの火炎魔法フラムがキャタピラーにヒットする。

 キャタピラーはその攻撃を受けて、大きく後退した―――。





 一昨日の約束通り、クリーク達はグルタの洞窟前へとやって来た。

 一日間を空けたのは、クリークのダメージを考慮した結果……ではなく、単純に俺の体が持たなかったからだ。

 グルタの洞窟前で合流した途端、特にクリークなんかは「昨日は暇だった」と散々ぼやいていた。

 俺がクリークのダメージを心配して、昨日一日街の外に出る事を禁じたんだが、その代りダレンとみっちり基礎体力訓練をしたのだそうだ。

 俺なんかは一日ベッドで過ごしていたし、本当は一週間ほどそうしていたい気持ちだった。

 本当に若いって羨ましい……。

 それでも昨日は、イルマのお蔭で随分とリフレッシュが出来た。

 彼女は、俺が目覚めるだろうと考えた昼頃に、昼飯を持参してやって来た。

 その後、部屋の掃除やら俺の衣類を洗濯までしてくれて、帰りには夕食を用意してくれたのだ。

 お蔭で、雑貨屋コンビニに行く手間も省けて、随分と楽をさせて貰った。





 心身ともに随分と回復出来た俺は、若く元気過ぎる彼等を相手に、声を張り上げて戦闘指示を行っていた。

 今、彼等が相手をしている「魔獣キャタピラー」は、その名の通り芋虫型の魔獣だ。

 成虫となり「デスパピヨン」となれば、今のクリーク達では手に余るのだが、その幼虫ならば、本来彼等のレベルで苦戦する事は無いはずだった。

 先程ダレンが受けたクリティカル・ヒットも、ダレンにしてみればそれ程大きなダメージだった訳では無いだろう。

 言わば、格下のモンスターと戦っているのだ。


「ダレン、もっと前に出ろっ! ソルシエ、魔法が強過ぎるぞっ! もっと抑えるんだっ!」


「はいっ! 分かりましたっ!」


「えーっ! もっとーっ!?」


 元気の良いダレンの返事に対して、ソルシエは不満気な返事だが、それでもしっかりと対応しようとしている。


 恐らく今、一番四苦八苦しているのはソルシエだろう。

 魔力を抑えて、と一言で言えば簡単なようだが、弱すぎれば意味のない攻撃な上に、無駄に魔力を消費する。

 強すぎれば魔力の消耗も大きい上に、敵の注意を引き付けてしまうのだ。

 だが、それを何とかこなして見せるソルシエは、やはり魔女としての才能がある。


「イルマ、もっと全体をよく見るんだ。眼を逸らしていてはダメだぞ!」


「は……はいっ!」


 彼等の戦闘もそれなりに良い形となって来た頃、キャタピラーは力尽き、地面にその巨体を横たえたのだった。





「なんだよー! あれなら今まで通り戦った方が、よっぽど早く決着がついたぜー!」


 手にしていた盾を放り投げて、クリークが地面へ大の字に寝転がった。

 さっきの戦闘が、よっぽど不満だったらしい。


「まったくね。これじゃあわざわざ、勇者様に教えを乞う必要なんて無いんじゃないかしら」


「ま……まぁまぁ、クリークさん、ソルシエさん。折角勇者様が教えて下さっているんですから……」


「……」


 クリークの不平不満に、真っ先に便乗したのはソルシエ。

 彼女も先程の戦闘では、フラストレーションの溜まる戦い方を強要されていたとあって、不機嫌さを隠そうともしなかった。

 そんな二人を嗜めるダレンだが、やはりまだ目上の彼等に意見を言う事には慣れないらしい。

 その上下関係に対する姿勢は見事なんだが。

 イルマはそんなやり取りを、何も言わずに見ているだけだった。


 確かに先程の戦闘は、俺が出した指示の下で戦う魔獣との初めての戦いだった。

 そのスタイルに当然慣れていない彼等は、明らかに格下の魔獣を相手取って、苦戦と呼ぶ程では無いにしろ随分と手間取ったのだった。


「……でもみんな、いつもより疲労は随分と少ないんじゃない?」


 イルマは、感情の読み辛い抑揚の乏しい声でそう言った。

 その声に、他のメンバーは自らの体を探る様に調子を確認する。


「……そう言えば……そうかな?」


 自らの魔力を確認し終えたソルシエが、ポツリとそう呟いた。

 彼女自身、今まで気づかなかったようだが、過去の戦闘とは違い随分と余力が残っている筈だ。


「私も……いつもより回復魔法の使用回数が少なかったお蔭で、随分と余裕がある。これなら、すぐに連戦しても多分大丈夫……」


 前衛を務めるクリークとダレンも、いつもと違う状態に気付いた様だ。


「そう言えば俺も、今回は回復してもらう回数が少なかったな……ってゆーか、俺一回も回復して貰わなかったんじゃないか!?」


「僕も勇者様の指示で、随分と思いっきり動く事が出来ましたよ! モンスターと肉迫してるのに、攻撃を受ける機会が少なかった様に思います!」


 漸く違いに気付き、お互いに再確認した彼等の視線は、自然と俺の方へと向けられた。

 眩しい……キラキラとした光をその目に宿す新米冒険者達の視線は、今の俺にとって眩し過ぎるんだ……。

 何を話してくれるのかと、期待に膨らむその表情を見ると、もう話をしない訳にはいかなくなる。


「……今、お前達が倒した魔獣は、時間を掛ければここに居る全員がソロで倒せるレベルの魔獣だ。しかし、思った以上に時間が掛かった事に、不信感を持った奴もいるだろう。だが、それも仕方ない事なんだ。戦闘スタイルを変更して、まだ間もないんだからな。それぞれの動きも違って来る。さぞかし戦い辛かっただろうな」


 イルマ、ソルシエ、ダレンがバツの悪そうに苦笑いを浮かべる中で、クリークだけがウンウンと頷いている。よっぽど動き辛かったのだろう。

 こうやって若い奴らの前で講釈を垂れるなんて、まるでどこかの先生みたいだな……まったく柄じゃない。


「だがジョブには、そして人それぞれには、適材適所ってのがある。誰が、どんなジョブに向いているかというやつだ。半人前のお前達に、今のジョブが合ってるかどうかなんてまだ分からん。だから、今与えられた役割を、このパーティで百パーセント熟せるようにするんだ。そうすれば、以前とは見違える程の強さを発揮する事が出来る。それこそ、現在の自分達では到底かないそうにない魔獣にだって、互角以上に渡り合う事が出来る。余り知られていないが、これをパーティの『トータルレベル』と言う」


「おおっ!」と、俺の目の前に座る生徒達から感嘆の声が上がる。

 反応がイチイチ初々し過ぎて、なんだかこっちが恥ずかしくなって来た。

 俺にもこんな時期ってあったっけ?


「……まー、そんな名称で論じる事等しなくても、各々がパーティ内で自分の役割をこなしていけば、自然と身に付く事なんだけどな」


 余りにも居心地が悪くなって来たので、少し意地悪な言い方をしてみた。

 しかし昨日とは違い、そんな言い方をされても、噛みついて来る者はいなかった。

 それどころかクリーク等は、「へへへ……」と苦笑いをして頭を掻いている。

 気持ちが前を向いているから切り替えも早いのだろうが、いつまでも思い悩む大人な俺にしてみれば羨ましい限りだ。


「トータルレベルは個々のレベルとは関係ない、パーティの強さを指すものだ。今、お前達のレベルを平均すればだいたい7程度だろうが、パーティとして熟練度が上がれば、レベル10の魔獣にさえ勝つ事が出来る様になる。さっき、お前達に戦闘の指図を細かくしたのは、それを良く把握して貰う為だ」


 彼等の目には、俺の言葉を疑うと言う要素は微塵も含まれなくなっていた。


「ダレン」


「はいっ!」


 それが証拠に、もう本当に俺の生徒でもあるかの様に、俺が名前を呼ぶと大きな声で返事を返し立ち上がり、直立不動の姿勢で俺の声に耳を傾けている。


「戦闘ではもっと前に出ろ、もっと敵に肉迫するんだ。それがお前の持ち味だろう? お前が前衛だ」


「は、はいっ! 分かりましたっ!」


 俺がそう指示を出すと、彼は満面の笑みで大きく返事をした。

 彼はその性格から、自分の力を必死で抑えていたのだろうが、どれ程四苦八苦したかは簡単に想像出来る。

 クリークとは形が違えど、彼こそが完全攻撃型の戦士ジョブなのだ。

 その彼に力を抑えて立ち回らせるなど、戦力低下以外の何物でもない。

 彼の笑顔には、それを理解して貰えた嬉しさも含まれているんだろうな。


「クリーク」


「はいっ!」


 クリークも今や素直なもんだ。

 こうやって明るい笑顔で大きな返事をする彼の表情は、正しく少年のそれであり、これが彼本来の素顔なんだろう。


「お前は中衛だ。ダレンとて戦い続けていればダメージも負うし、息も切れる。その時、お前がその防御力でダレンとの間に割り込み、彼の後退を手助けしつつ戦闘を維持するんだ」


 しかしこの役目は、若い彼には大いに不満だったろう。

 華やかに見える前衛に比べ、縁の下の力持ち的な中衛は、クリークの目にはとても地味に見える筈だ。


 ―――そして彼の顔にはそう書いてあった。「不満です」……と。


「お前がこのパーティの要なんだ。重要だぞ、やれるか?」


 だが俺の、彼に対する扱いの熟練度はかなり上がっていたのだ。

 どう言ってやれば、彼の自尊心をくすぐれるか。

 今となってはそうする事等、造作もない事だった。


「お、おう! 任してくれよ!」


 ―――ほらな、この通り。


「次はソルシエ」


 無言で、興味の無さそうなソルシエが、眼だけをこちらに向けた。

 気の無い素振りを取ってはいるが、自分にはどんな要求が求められるのか、気になって仕方が無いと言った感じだ。

 大人ぶってはいても所詮は子供、本当の大人には隠せるもんじゃない。

 何故なら俺も、その道を通った経験者だからな。


「お前が戦闘にどう参加するのかは、お前の判断に任せる。この中で、一番冷静な判断を下せるのは、恐らくお前だけだろうからな。だが攻撃魔法の威力は、出来るだけ最小に抑えるんだ。無駄に敵対心を稼ぐ様な行動は極力控えろ。お前に攻撃が向けば、魔獣の動きもブレて、前衛が戦い難くなるからな。戦闘状況を常に把握し、攻撃魔法は極力抑えて、常に味方への指示を怠らない様にするんだ」


 だが、余りにも多すぎる注文に、彼女の表情はみるみる曇り、不満の声が漏れた。


「えーっ! なんか私だけ面倒臭くない? なんだか損な役回りの様に感じるんですけどー」


 割と本気で不平不満を唱えている。

 だが、そもそも魔法使いなんてポジションは、元来面倒臭くて損な役回りなんだけどな。


「そうだな、他の奴らに比べたら損な役回りだ。だけど、このパーティで最も頭が切れて、的確な指示を出せる素質があるのはお前くらいだ。お前なら、冷静沈着な判断が下せると思ってるんだがな」


 そんな彼女には、この言い方が効果覿面てきめんな筈だ。

 それが証拠に、彼女の頬がみるみると赤らんで、照れた様な表情に変わる。


「そ、そうかもねー。た、確かに私が一番適役かもしれないわねー」


 まー別に褒めた訳でも無く、これは客観的な事実なんだが、大の大人に面と向かって褒められる経験など余りない彼女は、随分と気を良くした様だった。


「……イルマ」


 そして、一番俺の近くで控えているイルマに声を掛けた。

 他のメンバーの様に浮かれた様子も無く、驚く程の自然体で俺の方へ顔を向けた彼女は、今この中で最も頼りになる存在に見えた。

 だから彼女には最も大切な、ソルシエの役割と同等か、それ以上に重要な事を頼むつもりだった。


「お前は僧侶で、それこそ本当にパーティの生命線だ。メンバーの回復は勿論だが、もっと全体、戦闘しているフィールドより更に広範囲に気を配る様にするんだ。モンスターってのは、目の前で戦っている個体だけが全てじゃない。ひょっとしたら二匹、三匹とリンクするかもしれない。事前に察知出来れば、戦闘を切り上げて逃げる事も出来るし、それが不可能でも備える事が出来る、分かるな?」


 俺の問いかけに彼女は無言で、しかし力強く頷いた。

 頭の良い彼女は俺が何を気に掛け、自分が何を期待されているのか、もう全て分かっているのかもしれない。


「戦闘に集中しながら、その周辺にも注意を払う。誰にでも出来る事じゃないが、とても大事な事だ。それこそ、パーティの生命線を握る役割だと言ってもいいくらいだ」


「……うん、私は僧侶だもん。メンバーの命も、パーティの生命線も、どちらも失わない様に注意する」


 俺は彼女の頭に手を置いて、ガシガシと撫でてやった。

 本当に優等生ってのは、こう言う娘を言うんだろうなー……。


「周囲に異変が感じ取れれば、いち早くそれをみんなに伝えるんだ。それが間違っていても良い。とにかく、迅速な対応が生死を分けると言っても良いからな。怖がってる暇は無いぞ?」


 彼女は俯き加減で俺に頭を撫でられ続けている。

 フードが顔に掛かってその表情が良く見えないが、顔が随分と赤くなっていた。


「……うん……がんばる」


 答えた彼女の声も、先程とは違い小さなものだった。

 ひょっとしたら、子供扱いされて怒っちまったかな……。

 俺は慌てて彼女から手を離した。


 考えてみれば、俺から見れば子供でも、彼女はもう洗礼を受けた立派なレディだったな。

 俺は、自分の迂闊さを少しだけ反省した。


「と、とにかくだ。今の話を踏まえて、今日はお前達にグルタの洞窟を攻略してもらう。今のお前達なら苦戦は無い。だが、楽に勝てる戦いも無い筈だ。それぞれ今言った役割を念頭に入れて、実践する気持ちで取り組むんだ。到達の証を手に入れたら戻って来るんだ、いいな!」


「「「「はいっ!」」」」


 四人は声を揃えて元気に返事を返して来た。

 本当に俺、先生の様だな。

 彼等は何か憑き物が取れた様に、意気揚々と洞窟へ向かっていく。

 と、イルマが小走りでこちらへと戻って来た。


「……あの……ま、待っていて下さいね?」


 彼女は、俺がこのまま帰るのではと思ったのだろうか。

 だが、ここまで偉そうな事を言っておいて後は放って帰るなど、流石の俺でも出来そうにない。


「ああ、俺はここで昼寝でもしてるよ。お前達は怪我の無い様に、気を付ける事だけ考えるんだ。いいな?」


 俺がそう言うと、彼女は嬉しそうな笑顔で大きく頷いた。


「はいっ! 行ってきますっ!」





 彼等が去ったのを確認して、俺は近くの木陰に腰を下ろした。

 盛夏を迎えて、若葉が茂り辺りを生命力が満たす季節になって来た。

 木陰は程よく涼しさを演出していて、ここで昼寝をしたら気持ちの良い事は間違いないな……何て事を考えていた。


 そしてそんな誘惑に勝てるはずも無く、俺は早々に体を横たえた。


 枝葉の隙間から見える空には、真っ白な雲が流れて行く。

 今日は間違いなく最高の一日なんだろう。


 俺のここ数年にわたる生活と言えば、魔界に行って魔王城で魔族と戦い、疲弊して帰ってくれば、部屋で静養を送る毎日。

 考えてみれば、こうやって外で横になるなんて、何年ぶりだろうか。


 昔はそれこそ、毎日の様に野外で昼寝や野宿をしたもんだ。

 懐かしく楽しかった日々。


 クリーク達は、それを今から体験するんだろう。

 彼等の旅が、彼等にとって悔いのない物になればと、柄にもない事を考えてしまった。



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