どうやら、気付かなかったようだ

 ―――コンコンコンコンコンッ!


「どぅわっ!」


 俺が寝床であるこの部屋に転移して来たと同時に、急いでいると言わんばかりに小刻みなノックの音が扉を叩いた。

 余りにもナイスなタイミングに、全く油断していた俺は思わず大きな声で驚きの声を上げてしまった。


 ―――コンコ……ッ!


 外の人物に、中に居た俺の声が聞こえたのか。

 その余りにも不可思議な驚きの声に、ノックの音がビクッと止まった。


「はいはーい……」


 俺は返事をして、ノロノロと扉へと向かった。





 結局、魔王城で一番時間と手間が掛かったのは行きと帰りの道中だった。

 二人の魔神将を倒した俺は少しの休息を取り、即座に帰路へと着いたのだ。

 敵の本拠地である魔王城の真っ只中で、本格的な休息を取れる訳も無い。

 かと言って、そのまま攻略を続けるには、流石に消耗し過ぎていた。

 俺が戦ってきたのは、まがりなりにも魔界最高の戦力達。

 如何に今回は楽だったと言ってもそれは“比較的”な話であり、こちらも大きく消耗する事に変わりはない。

 戦いで疲弊したその体に鞭打って、俺は来た道を逆行していった。

 途中、数匹の魔物に出くわし戦いを余儀なくされたが、今回は比較的穏便に魔王城を出る事が出来た。


 因みに魔王城や塔、地下迷宮ダンジョンから一瞬で地上へ脱出する……等と言う都合の良い魔法等存在しない。

 戻るには、来た道を地道に歩いて戻るしかないのだ。

 勇者や高位魔法使いのみ使える転移魔法シフトも、光の聖霊様の加護が働く場所でしか使う事が出来ず、魔界は勿論、魔力で覆われた建造物や迷宮では使う事が出来ない。

 地上に戻った俺は、「聖霊の羽根」を用いて魔界への入り口に赴き、「聖霊の証」で地上世界へと帰還した。

 そのままマルシャンの元へと訪れ装備一式を預けた後、寝床である「プリメロの街」にある自室へと戻って来たのだ。




 当然、すこぶる疲弊している。

 本音を言えば居留守を使って、そのまま眠りに就きたいところだ。

 すでに筋肉痛の兆候も出てるし、魔力の減衰から怠さが体を覆っていた。

 だが、先程の切羽詰まった様なノックの音が、俺の“勘”に何かを訴えかけていた。

 何よりも、もう返事しちまった。

 居留守を使う以前の問題だった。

 扉のノブに手を掛けて、瞬時に俺は色々と思案に耽った。


 大家さんだろうか?

 しかし、家賃は向う数年分、先に納入済みだ。


 では、退去を迫られるのだろうか?

 だが部屋で大騒ぎを起こす様な真似もしない俺は、どちらかと言うと優良な利用者だと言えるだろう。


 金払いは良いし騒ぎも起こさない。


 近隣とのトラブルも無い。


 大家さんに何か文句を言われる様な事は無い筈だ。


 ついでに言えば、近隣とトラブルを起こす様なコミュニケーションも取らないんだけどな……ははは……。


 そんな自虐気味な思考を働かせながら、内開きのドアをユックリと開けた。

 そこに立っていたのは、クリークのパーティメンバーであり僧侶のイルマだった。


「おー……イルマか……久しぶりだな……どうしたんだ?」


 俺の発した言葉は先程までの疲れもあって、彼等の知っている様に気だるげで覇気等なかった。

 勿論、それにイルマが気にした様子は無い。

 だが彼女の表情は別の事に気を掛けている様で、何処か蒼ざめており、よく見れば肩で息をしている。

 扉の外は既に薄暗く、もうすぐ夜の帳が降りて来るだろう。

 少なくとも今からパーティを組んでどこかに行くと言う事は、余程特殊なクエストでもない限り有り得ないだろう。


 それに夜のモンスターは、昼とは打って変わって凶暴になる。

 夜行性の魔獣は勿論、そうでない魔物も好戦的になり力が増す。

 これには色んな説が合って定かではないが、月の明かりが原因だとか、夜に立ち込める魔素が作用しているだとか、夜の聖霊の影響である等と様々だ。

 兎に角、余程腕に覚えのある冒険者でも無ければ、例えプリメロの街周辺であっても夜に出かける事はしない。


「ハァハァ……良かった……勇者様……ハァハァ……助けて……助けて下さいっ!」


 余程必死に走って来たのか荒れる息遣いに言葉を途切れさせながら、イルマは絞り出す様にそう告げた。

 引っ込み思案で照れ屋なイルマが、今は俺の目をしっかりと見つめて懇願している。


「……どうした? 何があったんだ?」


 俺は出来る限り、優しく声を掛けた……つもりだった。


「ごめ……ごめんなさい……あの……その……」


 だがその言葉を聞いたイルマの肩はビクリと大きく震え、答える声も少なからず怯えている。

 表情も先程とは違い、怒られていると思っているのだろうか、恐れているかの様になっている。


 ―――俺はかなり傷ついた……。


 そりゃー、さっきまで魔界で戦闘状態にあったんだ。

 多少気分が昂ぶっているのは仕方ないし、その感情が言葉に混ざっても仕方ないだろう。

 しかし、ここまで少女を怯えさせる俺の言葉って一体……。

 だが、そう長く落ち込んでもいられなかった。

 今は、イルマの話を早急に聞く事が先決だ。


「……ユックリと話すんだ」


 まるで幼子を言い聞かせる様に、俺自身もユックリと、そしてハッキリとイルマに言い聞かせた。

 勿論、出来る限り、ありったけの優しさを込めた……つもりだ。

 だがそれが功を奏した様で、イルマは先程よりも随分と落ち着いた様になりユックリと口を開いた。


「私達……勇者様に指南を受けた次の日から、街の外で経験を積む為に、魔獣や野獣と戦う事にしたんです」


 を“指南”だと受け取ってくれるなんて、イルマはやっぱり良い子だな―……。

 俺としてはただ単に、俺がクリーク達とパーティを組まない理由をハッキリとした形で教えただけなんだけどな。


「……でも……何日経っても、どれだけ魔獣を倒しても、思っていた様に強くならなくって……」


 そりゃーそうだろう。

 ちょっと戦っただけで、一足飛びに強くなるはずがない。

 勿論一気に、効率よく強くなる方法は……ある。

 今の俺にはその方法も分かっている。

 だがそれは、苦労をして辿り着いた修練方法だ。

 おいそれと他人に伝授するなんて出来ない。


「……それで今日……クリークが……街の周辺だけじゃなくって、遠出をしようって言い出して……」


 それも悪い話じゃない。


 俺がクリーク達と別れてから、三週間以上経っている。

 如何にレベル上げが思う様に進んでいなかったとしても、それだけ時間を掛ければある程度レベルは上がっている筈だ。

 それなりに力もついて来ただろうし、思い切って冒険をしてみるのも悪い話じゃない。

 そうやって活動範囲を広げていくのも、冒険者の醍醐味なんだから。


「……で、何処に向かったんだ? 今のお前達なら“グルタの洞窟”辺りか?」


 グルタの洞窟は、駆け出しの冒険者が初めて体験するには打って付けの、初心者向け地下迷宮ダンジョンだ。

 ダンジョンと言っても地下一階のみで構成されており、広さもそれほどない。

 魔獣や野獣も、それ程強い個体は生息していない。

 ただ、その洞窟自体が魔獣の巣穴としての役割も果たしており、当然長居出来る様な場所では無い。

 出来るだけロスをなくし、可能な限り迅速に行動して、攻略目標を達成する必要がある。


 ここで低レベル冒険者達は、ダンジョンの雰囲気と、その立ち回り等を経験するのだ。

 最奥の祭壇には、ドヴェリエ王国が用意した「到達の証」が備え付けてあり、それを持ち帰れば、一度だけ換金出来るシステムになっている。

 資金繰りに厳しい初心者パーティには、有難い話でもあるのだ。


「……いえ……トーへの塔……です……」


 恐る恐る口にしたイルマの返答は、俺の予想に反していた。

 そして、それに俺は絶句した。


「……イルマ……お前のレベルはいくつなんだ?」


 本来、どれだけ立場に上下関係があろうと、レベルの詮索はマナー違反とされている。

 そしてレベルは自分と、登録しているギルドのみ知る事なのだ。

 レベルが他者に知れても、そう大きな問題になる訳では無いが、中には低レベルを標的とした盗賊紛いの冒険者も存在し、低レベルパーティが手にしたアイテムや金銭を狙う者もいる。

 そう言った事が起こらない様に、レベルの公表は極力避けており、それは仲間内であっても例外では無かった。

 勿論、厳しく制限されている訳では無いので、話すかどうかは個人の判断に委ねられるのだが。


「……レベル6……です……」


 やはり恐々と、俺に自分のレベルを打ち明けるイルマ。

 その数字は、俺が想像する範疇だった。


 レベル1から初めて、三週間前後ならレベル4、5程度。

 最初からある程度レベルがある者でも、レベル6、7だろうか。

 当然例外もあり、何らかの修行を長く修めていた者や高い知識を最初から有している者はその限りでは無い。

 ただ、パーティとして行動している以上、いずれそのレベル差も自然に淘汰される。


 最初から飛び抜けて高いレベルを持つ者が居たとしても、パーティメンバーのレベルに合わせて行動していれば、高いレベルの者は低いレベルの者が追いついて来るのを待つ形となる。

 それを避けるには、高レベルの者は自身のレベル帯と近い者達をメンバーとするべきなんだが、結局の処は誰とパーティを組むかなんて個人の自由となるのだ。

 そんな例外はとりあえず横に置くとして、俺の見立てでは彼等のパーティで一番レベルが高いのは、既に武術をたしなんでいたダレンか。

 その次が、事前に魔術の知識を持っていたソルシエ、次いで修道士であるイルマ。

 クリークは俺が見た限りでも初心者だった。

 恐らく彼が一番レベルも低く、レベル1からのスタートだったろう。


「……クリークのレベルは知っているのか?」


「彼は……レベル5だと言っていました……」


 これもまた予想通り。

 例えもし、基礎体力を事前に付けていたとしても、それがレベルに直結する訳じゃ無い。

 どちらかと言うと、戦闘技術とか戦闘理解度が重要になるんだ。

 そこから考えて、以前手合わせした感じだとクリークの戦闘技術は初心者に毛が生えた程度だった。


「……それでクリーク達は、トーへの塔へ向かったのか?」


 俺は、努めて平静を装ってイルマに問いかけた。

 だが、実際はかなり焦っている。

 いつの間にか俺は手に汗を握って、強く拳を握り締めていた。

 今の彼等に、トーへの塔は荷が重すぎるのだ。


「あの……私は止めたんですけど……クリークが聞いてくれなくって……それでソルシエ達も彼に付いて行ってしまって……」


 残念ながら、クリークは「強くなる方法」に辿り着けなかった様だ。

 そして、それは他のメンバーも同じで、彼等は焦りから、最も安直な方法を選んでしまったのだろう。


 つまり、より強いモンスターのいる場所へと……だ。


 若さ故の過ちと言うものは誰にでも存在する。

 だが、一生の過ちとなってしまっては取り返しがつかない。


「……それで、イルマ……お前はなんで、ここにいるんだ?」


 いくら抑えているとは言え、俺の声に若干の怒気が含まれた事と、俺の言っている意味がすぐに理解出来なかった事で、イルマの挙動は不審なものとなる。


「……えっ……何故って……」


「……クリーク達が塔へ向かう……間違いなく魔獣との戦闘になるだろう。その時、傷を負った仲間を、一体誰が回復するんだ?」


 努めて平静に、優しく問い掛けたつもりだが、俺の言葉にイルマは焦りの表情を浮かべ、眼が落ち着かずに中空を泳いでいる。


 しかしこの状況……。

 傍から見れば、どう見ても幼気いたいけな少女を言葉攻めにしている、中年男性の図式にしか見えない……な……。


「……あっ……」


 絶句して言葉が続かないイルマ。

 自分の判断が間違っていたのかと、そう思ったのだ。

 涙を堪えているのか肩を震わし、消え去りそうな声で「ゴメンナサイ」を呟いている。

 だが、俺は彼女を責めるつもりは毛頭ない。

 むしろ知って欲しかったのだ。


 ―――「パーティ」とは何も、「一緒に戦う仲間」と言うだけの軽い意味では無いと言う事を……。


 言わば一蓮托生。

 生きるも死ぬも、全員一緒を誓い合う仲でなければならない。

 そうでなければ危険な冒険で、互いに背中を預けられる仲に等なれる筈もなかったのだ。

 俺は、俯いて後悔の念を口にし続けるイルマの肩に、ソッと手を掛けた。

 ビクリと彼女の肩が跳ねる。

 更に怒られると感じたのだろうか。


「……だが……さすがイルマだ。思った通り、冷静な判断力と、仲間の為に取れる行動力がある」


 その言葉でイルマの顔が跳ねあがり、潤んだ瞳で俺を見た。

 彼女の美しい碧眼が涙に滲んで、まるで聖蒼の宝石サファイアの様だった。


「……真っ直ぐ俺の所へ知らせに来たのは正解だったな」


 そして俺は、肩に掛けていた手を彼女の頭に乗せて、ワシャワシャと撫でてやった。

 それまで沈んでいた彼女の表情に、明るく優しい笑みが回復する。


 彼女の判断は間違っていない。

 今回の事案は、間違いなく救援を要する事態だろう。

 そしてその救援を乞う相手が、勇者である俺であった事に間違いは無い。

 だが、俺も今さっき帰って来たばかりだ。

 下手をすれば、行き違いになっていたかもしれない。

 イルマはその判断力もさる事ながら、冒険者に必要な“運”も持ち合わせているのかもしれない。


「さぁ、手遅れになる前に、クリーク達を助けに行くか」


 俺は出来るだけ力強く、イルマにそう告げた。


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