暴走メニーナ
―――翌日早朝。
エノテーカの見送りを受けてエレスィカリヤ村を発った俺は、村の西方にそびえる御山にある、“龍の墓場”へ向かい街道を進んでいた。
問題なく事が全て済めば、今日の夕方には戻って来る事が出来る予定だ。
勿論、何事も起こらなければ……だが。
御山の麓までは、特に何事も無く進む事が出来た。
所々で出現した魔獣もレベルの低い個体ばかりで、どの魔物も三十分と掛からず倒す事が出来た。
そもそも、今回魔界に来た理由は「魔龍の骨」を手に入れる為じゃ無い。
これはあくまでも物のついであり、本来の目的は魔王城の攻略だ。
こんな処で体力や気力、魔力を消費している場合じゃ無いんだ。
そう言った意味で、道中に現れるモンスターに
大きく時間を取られる事も無く、御山の麓までやって来れた。
問題はここからの道中だ。
魔龍がその最期に定めた御山であるだけあって、この山に生息する魔獣はここまでの道中に現れた魔獣とはレベルが大きく違う。
俺であっても、倒すのに結構な時間と労力を必要とする。
出来れば戦闘は避けて進みたいところだ。
―――その為には……。
「……メニーナ。付いて来てるんだろ?」
俺は振り向く事無く、背後の茂みに向かい問い掛けた。
ガサガサと茂みを掻き分ける音がして、そこからメニーナがバツの悪そうな顔で現れた。
「ははは……なーんだ、バレてたのかー……」
乾いた笑いを発する彼女に、俺は振り向くと大きく溜息をついた。
そんな俺の態度を見て、彼女は居心地の悪そうに身を
彼女がひょっとしたら付いて来ているのではないかと言う事は、村を出た時から懸念していた事だ。
昨日も今朝も姿を見せなかったし、道中も時折それらしい気配は感じていた。
ただ、ハッキリとその気配を感じさせなかったのは大した技量だと思うけど、その為に俺は、倒す必要のない魔獣を倒して行かなければならなかった。
俺一人なら、身を隠し逃げの一手を取る事で面倒を最小限に抑える事も出来たんだが、チラホラと感じる彼女の影に不安を感じてあえて魔物を駆逐したんだ。
後に続いているかもしれない彼女の、安全を確保する為に。
どうせ、途中で声を掛けても応える訳じゃない。
見つけたとして、帰る様に言ってもどうせ従わない。
従ったと見せかけて、どうせ後を付けて来る。
彼女の行動パターンが容易に想像出来たから何も言わずにいたんだが、ここから先はそうもいかない。
「でも勇者様はやっぱり強いねー! 途中で出て来た魔獣なんか、あっとゆー間に倒しちゃうんだから!」
彼女が何とか「その一言」を回避しようとしているのは、殊更に明るく話題変換に取り掛かった事から想像出来た。
「……帰れ」
だが、ここから先は進むだけでも容易じゃない。
俺は彼女の避けていた言葉を、あえて口にした。
「嫌だもん」
「ここからは危険だ」
「知ってるもん」
「お前の安全を保障出来ない」
「別に良いもん」
俺の言葉に、ノータイムで拒否を被せて来る。
彼女にも俺がそう言うだろう事は予想の範囲で、先に答えを考えていたんだろうな。
「長老とエノテーカに怒られるぞ」
「うっ……」
だが、殺し文句のこの言葉には、流石にすんなりと答えられなかった様だ。
如何に彼女でも、親代わりである長老と、兄の様に接してくれるエノテーカには頭が上がらない様だ。
「今ならまだ安全に帰れる。二人に心配かけたくないんだったらこのまま帰れ。いいな?」
彼女が安全に付いて来れる様に、そして一人でも無事帰れるように、ここまでの魔物をわざわざ倒して来たんだ。
ここまで付いて来た気持ちは分からない事もないけど、やっぱり帰る方が良いに決まってる。
「お願いっ! 絶対邪魔しないから、私も連れて行ってっ!」
だが、彼女の気持ちは変わらなかった。
大きな目に涙を一杯溜めて懇願されてしまった。
正直メニーナにこう言われると、俺としてはひじょーに弱い。
「だ……だめだ。魔龍だって出て来るかも知れないんだ。死ぬかもしれないんだぞ」
彼女の勢いに押されている俺の反論は、自分でも自覚出来るほど弱かった。
本当は怒鳴ってでも言い聞かせる方が良いんだろうけど、どうも彼女に対してはそんな荒っぽい事が出来ないんだよな……。
それに、ここで強引に追い返したり、この場に置いて行ったとしても、恐らく彼女は俺の後を付けて来る。
それだけはハッキリと確信しているんだ。
結局、村を出る時に彼女を見つけて居残りを承諾させなかった時点で、こうなる事は決まっていたんだと半ば観念した。
俺が、彼女の勢いに防戦一方でそんな事を考えている間も、彼女は涙目でこちらに訴えかけていた。
時折「ううー……」と唸り声をあげている。
俺が首を縦に振るまで、この攻防は収まりそうになかった。
「……わかった……ただし戦う事が目的じゃない。俺の言う事に反論しない事と、余計な口を開かない事が条件だ。いいな?」
溜息交じりに、俺は彼女の同行を承諾した。
「……うん。うんっ! わかったっ! ありがとうっ!」
彼女は激しく頷き、大喜びで俺の条件を受け入れた。
目の前で、飛び跳ねて喜ぶ彼女を見れば微笑ましい事この上ないが、どうせ俺が出した条件を守る筈がないと諦めてもいた。
いや、彼女が守るつもりの無いと言う事じゃない。
テンションが上がり過ぎて、隠密行動がとれないだろうなー……と確信めいたものを感じていたんだ。
しかしこのところ、やたらと少年少女に慕われるんだが、どこかで変なフラグでも立ってしまったんだろうか……。
それまで大きな起伏も無く、なだらかだった街道とは打って変わって、龍の墓場に続く山道は険しさを増していた。
単に傾斜が厳しいと言うだけじゃない。
狭い山道に、大小様々な岩石落石が放置され行く手を遮っている。
植物は殆ど見かける事が無く、稀に立ち枯れた木が周囲をおどろおどろしく演出していた。
ただ俺は何度か来た事があるお蔭で、それ程苦も無く登って行ける。
それよりも注意が必要なのは、周囲に蔓延るモンスターの存在だろうな。
だが今俺は、通常よりもユックリと山道を進んでいる。
理由は言うまでも無く、同行者の存在があるからだ。
後ろを振り返れば、ワクワクした表情を湛えたメニーナが、足取りも軽く俺の後を付いて来ていた。
その姿を見て、俺は大きく溜息をついた。
もしこの事が長老やエノテーカに知れたら、どれほど憤慨して責められるか想像するのも恐ろしい。
だがもしあのままメニーナを放置して、結果勝手に付いて来た挙句、彼女が危ない目に遭いでもしようものならやっぱり俺が責められる……。
結局あの時点で、俺が取れる選択肢は殆ど決まっていたんだ。
そう考えると、溜息の一つや二つ三つ四つ付いても仕方ない事だろう。
「もぅ、なーに? 溜息ばっかり付いてると、幸せが逃げて行っちゃうよ?」
振り返った俺の視線に気付いたメニーナが、俺の気持ちを知ってか知らず、無邪気にそう話しかけてきた。
少なくとも、彼女自身がその“不幸の根源”だと言う事を自覚していないようだ。
「……もう逃げ出す不幸も残ってないよ……」
苦笑と諦めを織り交ぜた溜息と共にそう答えた。
深く考えずに出した言葉だったけど、よくよく考えてみれば中々的を射ていると、また苦笑が漏れた。
予期せず仲間達と別れ、聖霊様からは放置され、街の人達からは引きこもり勇者扱い……。
ここ数年で良かったと思える事って、ほんと無かったよなー……。
俺の言葉に、流石に答えを返す事が出来なかったメニーナが閉口して会話が途切れた。
その後は黙々と山道を進む。
彼女は、決して遅くない俺の足取りに良くついて来た。
しかも、まだ余力がある様に感じられる。
特に鍛え上げられた様には見えないのに、この山道を苦も無く付いて来るところ見れば、彼女が高いポテンシャルを備えている事が十分に伺える。
それに彼女は周囲への好奇心に溢れていると同時に、警戒を怠っている様子が無い。
それが未熟ながら自然と行えている所も、彼女の能力が高い事を示している。
長老やエノテーカには申し訳ないが、結構冒険者としては高い適性があるんじゃないかと思える。
彼女の動きや気の配り方は、特にこの山道を進む事に措いて、非常に役立っている事は間違いない。
もしここで魔獣に見つかり戦闘となったら、その気配や魔法の反応を察知した他の魔獣が寄って来る事は十分考えられる。
それも魔獣だけならまだしも、ひょっとしたら龍の墓場にやって来ている魔龍が
もしそうなったら俺は今回、魔王城の攻略を諦めなければならなかっただろう。
そう言った意味で彼女の動きは、俺としても満足出来るものだった。
今見た限りだけなら、その潜在能力は恐らくクリーク達よりも高いと思う。
流石は魔族と言う事かな。
「もう少しペースを上げても大丈夫か?」
彼女の雰囲気から、疲労や苦労は感じられない。
俺の問いかけは、それを確信しての事だった。
「だいじょーぶ! 任せてよっ!」
案の定、決して虚勢では無い返事が明るく返って来た。
俺は彼女に頷いて、少しだけペースを速めた。
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