中ボスアルアル

「ふぅー……」


 溜息と共に目覚めるなんて、寝起きから気が滅入ってしょうがないな。

 最近は滅多に夢なんて見る事も無かったけど、久しぶりに見た昨夜の夢は最悪を突いていた。夢と言うよりは回想に近いか。

 飛び起きる様な気力も体力も無い今の俺は、ノッソリユックリ体を起こすので精一杯だ。


 やっぱり自分の部屋は何より落ち着く。

 さっきとは違う吐息が自然と漏れた。

 ベッドのすぐ横にあるこの部屋唯一の窓から、カーテンの隙間を通して初夏の強い日差しが差し込んでいる。

 もうとっくに昼を過ぎている事はすぐに分かる程だ。

 案の定、時計を見れば午後一時前。

 道理で腹の中の“クウフク様”がうるさい訳だ。

 俺はモゾモゾとベッドから起き上がり、普段着に着替える事とした。

 グズグズと着替えながら、思い起こされるのは今朝見た夢……回想だった。




 魔王城の攻略を始めた俺は、およそ半日の時間をかけて、“十二魔神将”の一人である「土魔神将ゼムリャ」が守護する部屋ルームへと辿り着いた。


 十二魔神将とは、魔王城入り口から魔王の座す謁見の間へと続くルートに設置された、十二の小部屋を守護する魔王軍随一の将兵達だ。

 その力は明らかに他の魔族、魔獣と一線を画し、一騎当千と言っても過言では無い程の力を秘めていた。


 だがまぁ……うぬぼれでも何でもなく、単純な力ならば十二魔神将は俺よりも格下だった。

 事実、既に六人は倒している。

 だが何より厄介なのは、地の利が彼等にあると言う事。

 当たり前の事だが、自分の実力を更に向上させ、相手の能力を抑え込めば、力の差を縮め逆転させる事も不可能じゃない。

 俺が十二魔神将を一気に倒しきれない理由はそこにあった。

 彼等の守護するルームは、自身の能力を十二分に活かせるよう、色々な技巧ギミックが施されていたんだ。




「俺様の動きに付いて来れるかっ!」


 ゼムリャの言葉が戦端を開く合図となり、俺達は熾烈な戦いへと身を投じた。

 部屋には地面に無数の穴が開いていた。

 俺に啖呵を切ったゼムリャは、そのままその一つに飛び込んで姿をくらませたんだ。

 何か策があると思った俺は、奴が飛び込んだ穴に続こうとした。


「おーっと! 迂闊に追いかけて来て、どうなっても知らないぜー?」


 その穴から奴の下卑た声が響く。

 俺は即座に急制動を掛けて思い留まった。

 覗いたその穴の中には、すでに紫色の毒々しい煙が充満していた。

 明らかに何らかの毒を含んでいる様だった。


「この穴の中には俺様特製の毒素が充満してるのさー。このゼムリャ様以外、例え勇者だろうが他の十二魔神将であっても、みるみる毒に侵されるだろうさ。お前に俺様を追う事は無理だなー」


 奴らはまー……アホだ。

 言わなければ見事に罠の餌食となり、苦も無く勝利が転がり込んだかもしれないと言うのに、大概その罠をわざわざ説明する。

 それが奴らのウッカリなのか、それとも騎士道に近い矜持なのか、俺には分からない。

 しかし回復手段が限られている俺にとっては、非常に助かっている事は確かだった。


「手も足も出ないとはこの事だなー!」


 無数に口を開けた穴の中から、ゼムリャの声が響いた。

 穴は地下で繋がっていて、何処から声を発しており、何処に潜んでいるのか、聞こえてくる声からは分からない。

 確かに、穴の中へとゼムリャを追わなければ俺に勝利など有り得ないが、毒の充満する穴に飛び込む等出来そうにない。


「だがそんな所で潜んでいては、お前にも勝機はあるまい!」


 俺が攻撃出来ないと言う事は、奴も攻撃出来ないと言う事だ。

 そしていざとなったら、俺はこの部屋を素通りして次の部屋へと進む事も出来なくはない。


「そんな事はないなー!」


 だがゼムリャの策は、ただ潜んで時間を稼ぐと言うだけでは無かった様だ。

 俺の背後にある穴の一つから不意に顔を出したゼムリャは、そのまま魔法を発した。

 瞬時に気配を感じた俺は、咄嗟に回避行動を取った。

 奴の魔法は、さっきまで俺が居た辺りに土の槍を降らせ突き刺さった。

 すぐさま攻撃に転じる俺を見て取ったゼムリャは、即座に穴の中へと体を隠す。

 なる程、自分だけが使える穴を利用したヒットアンドアウェーか。

 確かにこれじゃあ、俺が一方的に攻撃を受けるだけかもしれないな。


「お前は俺様の攻撃をただ受けるだけ。反撃も出来ずに死んでいくのさー!」


 高らかに勝利を宣言したゼムリャが、再び俺の死角から顔を出して魔法攻撃を開始した。


「果たしてそうなるかな?」


 今度は最小限の動きで奴の魔法を躱した俺は、神速の動きで奴へと肉迫し、手にした剣を振り払った。

 突然の、恐らく奴には思いも依らなかった反撃に、慌てた様子で穴の中へと回避するゼムリャ。


「な、なんだっ!? 今の動きはっ!?」


 随分と慌てたのだろう、奴の声に余裕は感じられなかった。


「……勇者十神剣の一つ。神速剣」


 俺の言葉に、更なる狼狽したゼムリャの声が響き渡る。


「な、なんだとっ!? そのような技を隠し持っていたのかっ!」


 勿論、そんな技など無い。


 今、何となく頭に浮かんだ言葉を口にしただけで、実際は目一杯早く動いただけだ。

 だが意図した事ではないが、そのハッタリはゼムリャに十分すぎる動揺を与えた様だった。

 穴の至る所から、奴の歯噛みする音が響いた。


「貴様とて、俺を攻撃する為にはその穴から顔を出さねばなるまい? その時、俺の神速剣が貴様を捉えるのだ」


 技自体はハッタリだが、基本戦術はその通りだった。

 奴が顔を出した時、そこへ超高速で移動し攻撃する。

 それを繰り返せば、わざわざ穴の中へ入る危険を冒さなくても奴を討つ事が出来る。


「貴様―っ! 俺様を舐めるなーっ!」




 そうして長い戦いが始まりを告げた。

 ゼムリャは素早く、ランダムに、部屋の床で口を開けている無数の穴から顔を出しては、俺の死角から魔法攻撃を仕掛けた。

 その魔法で即死と言う事は無い程の威力だったが、受け続ければいずれは力尽きるだろう。

 ソロ活動の俺としては、無闇にダメージを負う訳にはいかなかった。

 そしてだんだんと、俺はゼムリャの攻撃に対応出来つつあった。

 徐々にではあったが、奴の攻撃を躱し、俺の攻撃を当てる回数が増えてきたのだ。


「お、おのれーっ! 舐めるなーっ!」


 流石は十二魔神将と言うべきか。

 ゼムリャはそんな俺にもしっかりと対応して来た。


 それまで使っていた魔法を捨て、残存魔力を無視し、出の早い高威力魔法攻撃に切り替えて来たのだ。

 更なる高速で顔を出しては魔法攻撃を行い、場所を移動してまた攻撃する。

 驚くべき素早さに、俺の攻撃が何度もかわされ、奴の上位魔法を躱し損ねてきだした。


 だが、俺もただ単に素早く攻撃している訳じゃない。

 奴が要領を得、攻撃パターンを変えた様に、俺もこの攻撃に対する反撃のコツと言うのを掴みつつあった。

 こうしてそこからは、奴と俺との高度な読み、そして駆け引きがぶつかり合った。


 ゼムリャは常に俺の死角を取る。


 それを先読みする俺の、更に先を読んで出現してきた。


 俺もその行動を読み、時には先回りし、時には奸計を仕掛けて奴に手傷を負わせていった。

 その攻防は丸一日に及び、そして遂に……。


「お、おのれ、勇者めっ! し、しかし安心するのはまだまだ早いぞっ! 俺の後ろにはまだ五人の魔神将が控えているっ! そ、それにその後ろには……まだ……ギャ―――ッ!」


 今際の言葉を漏らしていたゼムリャは、その言葉を言い切る前に、何処からか打ち出された雷撃に打たれて事切れ、塵となって消えたのだった。


 ゼムリャもそうだけど、本当に奴らから情報を得るのは簡単だ。

 こちらが問わなくても今際の時ですら、言わなくても良い事を伝えてくれる。

 奴の言葉から察するに、十二魔神将を倒してもすんなり魔王と対峙する事は難しそうだ。

 奴らの背後には更に強力な何者か、もしくは何らかの集団が控えていると考えた方がいいんだろうな……。


 やだな……二十四戦士とか増えてたら面倒臭いな……。


 兎に角ゼムリャとの戦いを終えて、俺は体を引き摺る様にして自室へと戻った。

 普通に考えても、一昼夜休む事なく戦えば相当の疲労になる。

 俺以外なら、戦いの途中でぶっ倒れててもおかしくないんじゃないだろうか。

 疲労困憊ひろうこんぱい、自室に辿り着いた時にはすでに東の空が白み始めていた。

 傍から見たら朝帰りそのままだろうし、階下に暮らす大家夫婦には間違いなくそう思われてるだろう。

 だが誰にどう思われているとか、周囲の目にどう映っているのかなんて、今の俺には関係ない。

 兎に角睡眠、ただただ眠らせてくれ。それだけを求めてベッドに飛び込んだ。




 壁に掛けられた鏡に映る自分を見つめながら、おおよそ十時間前の事を考えていた。

 鏡にはボサボサ頭の不精髭を湛えた、如何にも不審者と言う風情をした男がこちらを見ている。

 そりゃー色々と噂されるわな、これじゃあ。


「あいたたた……」


 体の節々が痛む。明らかに全身筋肉痛だ。

 丸一日、不眠不休でゼムリャを追い掛け回し、超高速の動きを取り続けたんだ。

 筋肉痛になってもおかしくない。


 ―――グゥウウー……。


 物思いに耽る事も許さず、俺の腹からクウフク様の催促信号が奏でられた。

 人間だから腹も減るが、もうちょっとご主人様の気持ちを尊重して欲しいものだ。


 ―――グゥウウー……。


 その考えをあざ笑うかのように、三度クウフク様は食料を所望した。


「わーかった……わかったよ……」


 クウフク様と言う腹の虫に答えて、着替えを終えた俺は部屋の出口を目指した。

 全身の筋肉痛と空腹を抱えた俺は、勇者と言うよりもゾンビの様に体を引き摺りながら部屋を後にした。

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